第6話 別たれる獣道
眠っている間に
『明けましておめでとう』
たった一行だけど彼の方からメッセージがもらえたのが嬉しくて、単純だとは思ったけど気の利いた言葉が思いつかず、同じ挨拶を返した。
返事はないだろうと思いつつも、
一日中パジャマでいるつもりだったけども、今日も働いているであろう
昼食代わりにメロンパン。クッキー生地の部分がポロポロ崩れるので、彼女は袋を寄せながらガサガサと音を立てながら食べていた。
家族がいる人ならきちんとお正月って感じの食事なのかなあと思いながら。
そんな素朴な昼食中に、テーブルの端に置いた携帯から、ポコンっとメッセージの到着を知らせる音がした。ぱっと手に持って画面を見ると、
『夕方になるが、初詣に行かないか?』
『行く!』
嬉しくて即答してしまい、少し後悔をしてしまう。自分もヤキモキしているのだから少し返事を遅らせてじらし、あいつにもソワソワさせるべきだったのではないかとも。
数度のメッセージのやり取りで、待ち合わせ場所と時間を決め、少女は着ていく服を選び始めた。
いつもヘアピンで留めている横髪は、編み込みをして小さなリボンを付ける。少し背伸びして、色がほんのりつくリップクリーム。
持っている中で一番お気に入りの赤い膝丈のスカートに、肌触りの気持ちいいフワフワの白いニット。寒さ対策に辛子色のダッフルコートで。赤いポシェットに、カード類を詰め込んで。
姿見の鏡に全身を映し、少しだけ早く家を出る。
早めについた待ち合わせ場所に、
「今日は少し、大人っぽいな」
「そ、そうかな」
そっと指で彼女の唇に触れる。
「色がついてる、うっすらだが」
「わかるものなの?」
「わかる」
彼とのこういうちょっと気恥しいやり取りが、心を浮つかせる。
混雑した境内も手を引いて人混みにもまれないよう、守って歩いてくれるし、全く優しさがないという人ではない。強引に目的に向かって
お参りを済ませ露店を冷かして、軽い夕食を食べて暗くなった公園を少し散歩していた時、急に彼が立ち止まった。
その目線の先に美人で色っぽい感じの抜群のスタイルの大人の女性。金髪碧眼の、いつか見た事のある人が立っていた。
「何故ここに」
「あらやだ、だってここは毎年二人で来ていた定番コースじゃない」
その言葉を聞いて、少女の心に少しささくれが出来る。
それが、”仲の良さ”を相手に気付かせないためのように思えたため、少女の胸はチクリと痛む。
「何の用だ、今更」
腕を組み、憮然と言い放つその言葉には相手への好意は感じられない。
女は無言でバッグから一枚のデータディスクを出すと、彼に向かって色っぽくウィンクしてみせた。
「ご挨拶ね、あなたのために骨を折ったというのに。あなたが
「何だって!?」
「あなたは私が裏切ったって言うけど、不正や法律違反は見逃せないわよ。それはマサもわかってるでしょ? 私の方が裏切ったと思っているなら、心外だわ」
「ライザ……」
女は数歩、歩み寄って
「お嬢ちゃん、ごめんなさいね。この人は私の彼なの、もうずっとね」
そして改めて
「誤解は解けたと思っていいかしら。ひどいわよ、私があなたのためにと思ってやった事なのに、当てつけにこんな子供と浮気なんて。妬かせるような駆け引きをするなら、もう少し嫉妬しちゃうような娘を選んで欲しいわ」
女は男の上着の袖をグイっとつまんで引き寄せると、
そして改めて少女の方を向く。
「こいつほんと、手段を選ばないでしょ? あなたも傷つけられたんじゃない。マサが興味があるのはあなたじゃなくて、残念ながらあなたのお祖父さんの方なの」
「ライザ!」
鋭く女を諫める
少女は震えて一言も発せず、一歩も動けずにいた。
――なんて滑稽なんだろう。そうだ、彼はこういう人だった。
「その
「
少女は数歩彼を見つめながら後ずさりをすると、踵を返してその場から走って逃げだしてしまった。ライザは満足そうにそれを見送り、男に向かって微笑む。
「お帰りなさい、マサ」
微笑む女の両隣りに屈強な用心棒的な体格の男が一人ずつ、更に
「無関係な彼女を帰してあげて正解だわ。そういう頭の良さが好きよ。この後はちゃんと、二人だけの時間だから安心してね?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
少女は泣かずに家まで帰って来た自分を、褒めた。
ソファーを見ると彼がそこに体を横たえていたあの日の思い出が蘇って来るのがすごく嫌で、着替えもせずにソファーもテーブルも、軽くはないけど頑張って必死に使っていない部屋に押し込む。ドアを閉めて完全に目に入らないようにすると、リビングは完全に家具のない空間になっていた。
寝室に入り上着を脱いでハンガーにかけ、ベッドの上の柴犬のぬいぐるみをつかんでリビングに投げ捨てた。
ぬいぐるみは数度跳ねて壁に一度ぶつかると、腹を上に向けた状態で止まる。
ポシェットから携帯を取り出し電源を切って引き出しの一番下の段に投げ入れ、その上に本棚からつかみ出した何冊もの書籍を積み上げ閉じる。
髪に結んだリボンを取ってゴミ箱に投げ入れてからベッドに身を投げると、枕に顔をうずめて声を殺して泣いた。
超能力が弱くて、本当に良かったと思った。もし強い力だったら、今頃家の中は滅茶苦茶になってしまっていたと思う。
怒りや悲しみで、力を暴走させてしまう人の気持ちがわかってしまった。こんなの我慢できるはずがない。涙すら、一度流れ出してしまえば、自分の意思では抑え込めないのだから。
「バカバカ、ポチのバカ!」
――本気になった自分もバカだ! 本当にバカ!
自分と相手を、とにかくバカだと罵り続けた。
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