第5話 大晦日


 院長室をフラフラと清楓さやかは出て行った。

 どう気持ちの整理をつけたらいいのか。


 彼女は父の死について親友には何のとがもないと思っているし、そもそもきっかけを作ったのは父の方である。もしそうしなければ、真友まゆの方が死んでいたのだから。

 清楓さやか自身が何かしたわけではないが自分の家族が彼女を殺しかけ、望まぬ手術を受けさせたのだ。こちらの方こそ合わす顔がない。


 とりあえず富沢とみざわの求めていた情報はわかった気がする。手術を受けた、私立富士見女学院に通うCランクの十七歳はおそらく真友まゆ。しかしそれをそのまま彼に伝えるのは抵抗があった。何故、それが知りたいのか。仕事上の理由というのは完全な嘘ではないように思えるが、個人的な願望の方が強いように思われた。

 彼は公私混同を避けるタイプのようなのに、それでもなおと言うところに切実な思いが見え隠れしていて。

 もし真友まゆだとわかったら、彼女に何かするのでは? という考えもよぎってしまう。


 相談したいが、相談相手が思いつかない。

 誰がいつどんな手術を受けたかなど個人情報の最もたるものだろうし、それを漏らしていいものかどうか。

 帰りの電車の中で、心が迷い続ける。


 考えぬいた末、彼女は富沢とみざわ自身に相談する事を決めた。彼は真面目で公正な人であるし理性的でもある。正直なところ窪崎くぼざきに比べて圧倒的に信頼していい相手のように思えるのだ。


 帰宅してすぐに、メッセージを打ち込む。


『手術を受けた子がわかりましたが、心情的にお伝えしにくいです』


 正直な気持ちを書いて送信。個人用のメッセージIDだったので、おそらく仕事中は見られないだろうと思ったのだが、既読がすぐについた。

 そしてすぐに返信が来る。


『君が辛いなら、無理に聞き出そうとは思っていないから』


 おそらく彼にも迷いがあるのだろう。それでも彼女の心情の方を優先してくれていた。しばし時間を置いて、もう一行のメッセージが届く。


『もしかして、調べている過程で、何か辛い事があったのだろうか。もし、そうなら申し訳ない』

『事故死した医師は、父でした』


 その告白に既読がついて、間がしばしあった。


『今、一人で自宅にいるのかな?』

『はい』

『こんな時間だが、そちらに行ってもいいだろうか』


 清楓さやかは、少し迷ったが、承諾の返事をした。

 小一時間程でインターフォンが鳴り、富沢とみざわが来た。スーツではなく、いつもは横分けだったがシャワーを浴びた後髪をセットしていないという感じで、前髪は正面に下りていた。普段着でこのような髪型だと随分と若く見えて、二十歳にも満たないようにすら見える。


 いつもと違う出で立ちだった事で彼女を驚かせてしまったのかと、富沢とみざわは慌てて釈明する。


「丁度、帰宅してシャワーを浴びた所で、日夏君からのメッセージが入ったからそのまま出て来てしまったんだ。ごめんね、まさか被害者が君のお父さんだったとは知らず。辛い事を思い出させてしまって……」


 彼は、これを直接謝罪したいと思い駆けつけたようだった。

 清楓さやかは首を振ってそれは気にしていないと返事をした。

 二人は向かい合ってソファーに座り、話をする。


「あの、どうして、手術を受けた子が知りたいんですか」

「……その手術で」


 一瞬の躊躇の後言いかけて言葉は淀み、彼は手に持つそのクリップフォンから一枚の画像を選ぶと表示させて清楓さやかに見せた。それは少年少女が写る一枚の写真画像で、眠そうな顔の少年は若き日の目の前にいる青年で間違いなく、その隣には一人の女の子。


「ドナーとなったのが、この子だ。僕の妹で、歌奈かなという」


 清楓さやかは祖父の説明を思い出す。提供したドナーは、それをきっかけとして死亡するという事を。


「少し重い話だから……これ以上聞きたくないと思ったら言って欲しい」

「わかりました」


 富沢とみざわ少年と妹の歌奈かなは同じ中学校で一学年の差。部活も同じだったから帰宅時間もよく揃っていた。妹と下校するのは気恥ずかしくもあったが、薄暗い道を一人で帰すなという父の言葉もあり、よく一緒に帰っていたのだ。

 たまたまその日、彼は進学の件で教師に呼ばれていて彼女だけが先に帰途についていた。


 その帰りの事故。


 頭の悪い高ランクの超能力者が、近年ではほとんど使われなくなった運転操作が必要なクラシックなガソリン車を面白半分で超能力で操作し、運転を誤った。

 妹をその車の下に巻き込んだ上、爆発炎上。

 彼女はなんとか救出されたが、全身大火傷の重症。脳は無事で意識はあるのに、目も見えず、耳も聞こえず、口もきけない状態に陥ってしまった。


「その状態を悲しむ両親に、医師がとんでもない提案をしてきたんだ」

「提案?」

「ヴィルケグリム症候群の、ドナーになる提案だ」


 うつむいたまま、苦しそうに言葉を紡ぐ。


「火傷は治るレベルではなく、このまま生存しても辛い一生になってしまう。生き地獄を味合わせるぐらいなら、安楽死。そしてその死を無駄にしないために、こういう選択肢もあると」


 話を聞く清楓さやかではなく話をする富沢とみざわの方が耐えがたく辛そうに見え、少女は彼の隣に座りなおし男の背中をさすった。


「五人のテレパスが来て、テレパスを使って歌奈かなに説明とその意思確認をした。そして、あいつが承諾したと言ったんだ」


 声に嗚咽が混じり、数滴の涙が膝に落ちる。


「僕は反対したんだ、だけど両親が承諾してしまった。止められなかった、本人の意思だからって」


 富沢とみざわは顔をあげて清楓さやかを見た。そして彼女に思いっきり抱きついた。抱きしめたというよりは、頼るために縋りついた。


「本当に、本当に承諾したのだろうかと、ずっと……」


 清楓さやかはずっと、富沢とみざわが落ち着くまで、背中をさすり続ける。やがて大晦日の零時を告げるアラームと、遠くで花火の上がる音がした。

 ハッと我に返ったように、男は平静さを取り戻し彼女から体を離す。


「醜態をさらしてしまった、つい」

「手術を受けたのは、私の親友。この間、話を聞いてもらった、仲たがいした子だったみたいです」


 これまでの話を聞いて、富沢とみざわ真友まゆに何かするとは思えず、彼はただ真実が知りたいだけなのだと知り、清楓さやかは真実を伝える事を選択した。


「今、その子は元気なんだろうか」

「うん、病気もせずに元気いっぱいだよ」

「そうか……そうなんだな……そうか」


 両手を顔に当て、気を取り直そうとしているのがわかった。


「謝罪に来たのに、こんな、申し訳ない」

「辛い話をさせてしまって私こそ」

「今まで人に話した事はなくて。だが、少し楽になった。聞いてくれてありがとう」


 彼は立ち上がると上着を羽織った。


「こんな遅い時間までごめん、常識がなかった」

「帰ります?」

「明日……いや今日も仕事だから」

「働きすぎでは?さすがに」


 心配そうに少女が言ってくれるのが嬉しかった。


「これがなかなか、慣れるもので」


 少女の頭をポンポンと二度軽く叩く、いつもの子供扱い。


「明けましておめでとう」

「あ、おめでとうございます」


 年越しが一人ぼっちじゃなかった事に少女は気づいて、この一年の幸先は悪くないと思ってしまった。

 富沢とみざわが帰宅した後、清楓さやかはベッドに入って考える。


 あの手術で、幸せになれた人はいるのだろうか、と。

 そして超能力は、不幸を呼ぶばかりで、幸せを作りだす事なんてできないのではないかと。


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