第5話 大晦日
院長室をフラフラと
どう気持ちの整理をつけたらいいのか。
彼女は父の死について親友には何の
とりあえず
彼は公私混同を避けるタイプのようなのに、それでもなおと言うところに切実な思いが見え隠れしていて。
もし
相談したいが、相談相手が思いつかない。
誰がいつどんな手術を受けたかなど個人情報の最もたるものだろうし、それを漏らしていいものかどうか。
帰りの電車の中で、心が迷い続ける。
考えぬいた末、彼女は
帰宅してすぐに、メッセージを打ち込む。
『手術を受けた子がわかりましたが、心情的にお伝えしにくいです』
正直な気持ちを書いて送信。個人用のメッセージIDだったので、おそらく仕事中は見られないだろうと思ったのだが、既読がすぐについた。
そしてすぐに返信が来る。
『君が辛いなら、無理に聞き出そうとは思っていないから』
おそらく彼にも迷いがあるのだろう。それでも彼女の心情の方を優先してくれていた。しばし時間を置いて、もう一行のメッセージが届く。
『もしかして、調べている過程で、何か辛い事があったのだろうか。もし、そうなら申し訳ない』
『事故死した医師は、父でした』
その告白に既読がついて、間がしばしあった。
『今、一人で自宅にいるのかな?』
『はい』
『こんな時間だが、そちらに行ってもいいだろうか』
小一時間程でインターフォンが鳴り、
いつもと違う出で立ちだった事で彼女を驚かせてしまったのかと、
「丁度、帰宅してシャワーを浴びた所で、日夏君からのメッセージが入ったからそのまま出て来てしまったんだ。ごめんね、まさか被害者が君のお父さんだったとは知らず。辛い事を思い出させてしまって……」
彼は、これを直接謝罪したいと思い駆けつけたようだった。
二人は向かい合ってソファーに座り、話をする。
「あの、どうして、手術を受けた子が知りたいんですか」
「……その手術で」
一瞬の躊躇の後言いかけて言葉は淀み、彼は手に持つそのクリップフォンから一枚の画像を選ぶと表示させて
「ドナーとなったのが、この子だ。僕の妹で、
「少し重い話だから……これ以上聞きたくないと思ったら言って欲しい」
「わかりました」
たまたまその日、彼は進学の件で教師に呼ばれていて彼女だけが先に帰途についていた。
その帰りの事故。
頭の悪い高ランクの超能力者が、近年ではほとんど使われなくなった運転操作が必要なクラシックなガソリン車を面白半分で超能力で操作し、運転を誤った。
妹をその車の下に巻き込んだ上、爆発炎上。
彼女はなんとか救出されたが、全身大火傷の重症。脳は無事で意識はあるのに、目も見えず、耳も聞こえず、口もきけない状態に陥ってしまった。
「その状態を悲しむ両親に、医師がとんでもない提案をしてきたんだ」
「提案?」
「ヴィルケグリム症候群の、ドナーになる提案だ」
「火傷は治るレベルではなく、このまま生存しても辛い一生になってしまう。生き地獄を味合わせるぐらいなら、安楽死。そしてその死を無駄にしないために、こういう選択肢もあると」
話を聞く
「五人のテレパスが来て、テレパスを使って
声に嗚咽が混じり、数滴の涙が膝に落ちる。
「僕は反対したんだ、だけど両親が承諾してしまった。止められなかった、本人の意思だからって」
「本当に、本当に承諾したのだろうかと、ずっと……」
ハッと我に返ったように、男は平静さを取り戻し彼女から体を離す。
「醜態をさらしてしまった、つい」
「手術を受けたのは、私の親友。この間、話を聞いてもらった、仲たがいした子だったみたいです」
これまでの話を聞いて、
「今、その子は元気なんだろうか」
「うん、病気もせずに元気いっぱいだよ」
「そうか……そうなんだな……そうか」
両手を顔に当て、気を取り直そうとしているのがわかった。
「謝罪に来たのに、こんな、申し訳ない」
「辛い話をさせてしまって私こそ」
「今まで人に話した事はなくて。だが、少し楽になった。聞いてくれてありがとう」
彼は立ち上がると上着を羽織った。
「こんな遅い時間までごめん、常識がなかった」
「帰ります?」
「明日……いや今日も仕事だから」
「働きすぎでは?さすがに」
心配そうに少女が言ってくれるのが嬉しかった。
「これがなかなか、慣れるもので」
少女の頭をポンポンと二度軽く叩く、いつもの子供扱い。
「明けましておめでとう」
「あ、おめでとうございます」
年越しが一人ぼっちじゃなかった事に少女は気づいて、この一年の幸先は悪くないと思ってしまった。
あの手術で、幸せになれた人はいるのだろうか、と。
そして超能力は、不幸を呼ぶばかりで、幸せを作りだす事なんてできないのではないかと。
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