第8話 遠吠え


「なかなか出なかったわね。クリスマスをお楽しみだったかしら」


 研究室の中で、モニターを眺めながら、金髪の美女は嫌味っぽく口にする。

 彼女も研究に没頭しており、季節のイベントや年末年始の休暇は固定ではなく、気ままに休みたい時に休むという感じで勤務していた。


『いつも通り、超能力犯罪者を追いかけまわしていた』

「今日は何人逮捕したのかしら」


 女は再び刺のある発言をしたが、富沢とみざわは真面目に返答する。


『射殺しかけたのが一人、……手錠をかけたのが一人』

「あらあらご活躍ね。警察官よりも検挙率が高そう」

『嫌味が言いたくてかけてきたのか?』

「ヴィルケグリム症候群の手術を受けた患者の情報、少し入ったから知らせておこうかと思って。また今度にする?」

『いや、聞かせてくれ』


 即答があり、ライザは安堵した。最近は所長も一般所員も、他の研究員も、彼女に他所他所よそよそしい感じで、自分が必要とされなくなるという漠然とした不安を抱きつつあった中、ライザからの情報を切望している相手がいるという事は自分の存在が認められていると思え、安心感に繋がっていた。


「現在十七歳、女の子だそうよ。私立富士見女学院に通う女子高生で、名前はまだわからないけど、ランクはC。これで絞り込めるんじゃないかしら」

『お嬢様か。金で権利を買った、といったところだろうか』

「それはどうかしらね」


 ヴィルケグリム症候群の手術は、国外では何件もあるのに、日本ではまだ一例に留まる理由はドナーの少なさもあるが、何より倫理観の問題がある。

 脳の生体移植で、幹細胞を含む部分を移植するのだ。今後患者の中で増殖する脳細胞が、そのドナー由来のものとなるとすると、患者は患者のままなのか、ドナーに乗っ取られるのか、わからない状態になってしまう。やはり個人が個人であるという認識を持つには、脳がその本人であるという事が条件の一つになって来るのだろう。


 科学者的な立場から見ると、細胞は細胞であって、記憶などで個人が確定すると思えるのだが、一般人から見ると、随分と抵抗があるはずだった。

 現在のヴィルケグリム症候群は、薬を飲んで気を付けて生活をすれば、死ぬような病気でもないと聞くから、そんなリスクを抱える覚悟で手術を望む人間がいるかどうか。しかもドナーはそれをきっかけに死亡するわけだから、この部分でも心理的負担は大きいはず。


『それだけか?』

「今のところはね」

『わかった、ありがとう』


 用件が終わると、電話が切られた。

 手にしたクリップフォンを、ライザは冷たく眺める。


 モニターの画面を切り替えて、自分の仕事を進めるが、この研究所でエースであったはずの彼女はついに、同僚の一人に開発を一歩先行されてしまった。

 試作機が作成された事は知っていたが、瞬く間にに実証実験を行ってデータを収集し終え、最終の調整に入っているという。あまり存在しないとされる複合能力者のデータを得たらしく、よくそんな協力者を見つけたものだと所長が肩を叩いて彼を賛美していた。

 ライザも卒業した大学の伝手を頼り、学生から協力者を募っていたが、まだ見つかっていない。


 彼女のこれまでの人生は順風満帆だった。


 美しく魅力的な彼女には協力してくれる男性も多く、教授も取引先も親しくしてくれていたし、こぞって知り合いになりたがってくれた。学生の頃はそんな感じだったが、研究所に入ると一気に空気が変わる。常にお互いがライバルといった感じで、足の引っ張り合い、牽制のし合いで、ライザとお近づきになりたいからと、ほいほいと軽く協力する人間は一気に減り、彼女の評価は頭打ちになってしまい。

 自分の実力が、学生時代にもてはやされていたほどではない事を、ライザは認めたくない気持ちでいる。今までの評価も、自分の実力だったと信じたい。


 ライザには窪崎くぼざきが羨ましい。彼女が躊躇するような強引な事も彼はどんどんやってのける。付き合っている頃は、その強引なやり方で彼女の研究の後押しもしてくれていた。


 そしてふと、彼女は思う。窪崎くぼざきが自分の元に戻って来てくれたら輝いていた頃の自分を、また取り戻す事が出来るのではないかと。

 自分勝手であるという自覚はあるが、現状打破にはそれが近道に思えて。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 富沢とみざわは電話を切ると、胸ポケットにクリップフォンを仕舞いこむ。今日ほど、電源を切っておけば良かったと思った夜は初めてだった。


 先ほどまでの、少女との時間が思いのほか楽しかったようで、ライザからの電話でそれを台無しにされた気分もあり。メールやメッセージは、データとして証拠が残るのであの女は使うのを嫌がり、電話をかけて来る事が多い。


 しかしまさか機密中の機密であるだろう、患者の情報が断片的にでも手に入るとは思っていなかった。どのような伝手で入手したのであろうか、という点も気にならなくはない。


 超能力者の医療情報として、管理局として確保しておきたい情報ではあるが、彼は個人的にもこの手術については詳細が知りたかった。


 とりあえず車を呼んで局に戻り、部下から送信されていた、この日の暴走事件の報告書に目を通す。

 

「えっ! あの力でCランクなのか!?」


 物量的にも、Bランクはありそうに見えたのだが……。

 使用された薬物の成分調査の依頼書を準備すると、手早く送信し、薬物の出所も同時に洗うよう、警察への協力要請も出した。


 彼は椅子に体を沈み込ませ、両腕を組んで考えるが、年末年始も間違いなく同様の案件が発生しそうな予感が生じる。


「薬で強化したりが、出来るものなのだろうか? もしできるとしたら、手軽な分、厄介そうだが」


 超能力を人類の進化だと人々は言うが、己の力を牙とする凶悪な獣が増えているだけのように思えてしまう。本人の意図しない暴走は、事故として気の毒な部分もあるが、自らの意思でとなると本当に犯罪者でしかない。

 兼ねてから念動力テレキネシスは戦争には使われないと言われて来たが、今夜のように周囲の物をすべて武器と出来る点を考えると、そうは言ってられないような気もする。

 もしAランクのテレパスが誕生すれば、国家機密ですら容易にハックされそうな予感もして……。


「高ランクな超能力者に問題があるというより、それを利用して活用してやろうっていうやつに問題があるのか……?」


 中途半端な超能力の暴走事故や、安易な超能力犯罪が増えれば、再び”超能力者=犯罪者”の図式が出来上がり、迫害が始まるだろう。

 しかし一気に超能力者がその力をって地位を築けば、超能力者が支配する世界が出来上がる。


 富沢とみざわには、今が時代の未来に向けての分岐点のように思えて来た。


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