第7話 クリスマス
――とんでもないクリスマスになったな、お互いに。
超能力者は、腕や足を撃って制圧する事は難しい。特にこのように、薬物で錯乱している相手なら射殺の一択であった。おそらく滅多に発砲しないとされる警察官でも、そう判断する。
中年男が前を横切る瞬間に彼は引き金を引いたが、相手は周囲に大量の物を持ち上げており、それがランダムに動いて一発目は偶然に防がれてしまった。磁力を利用して弾を射出するタイプの銃は銃声はしないが、射出磁力構築のための電力再充填に時間がかかり、連射が出来ない。即リロードしたが、充填のモードに入ってしまっている。
「しまった」
薬物で濁った眼が、
逃げ場のない位置にいた事を
警察官が発砲したのだ。
現在は警察も、一発目は空砲ではなく即効性の麻酔弾。
次々と警察官が中年男の元に駆け寄り、
「お怪我は?」
「よく場所がわかったな。混乱した市民の人混みで、見つけてもらえないかと。警察庁はいい教育をしている」
「あの女の子が、ここだと」
発砲した警察官が、規制線のテープの向こうにいる少女に目線を向けた。
「なるほど」
心配そうに見上げる少女が、恐る恐る口を開く。
「大丈夫でした?」
「おかげ様で」
ポンポンと、以前もやったように彼女の頭を軽く叩く。
「女の子が、夜に一人で街をうろつくのは感心しないな」
「晩ご飯を買いに出て来てただけ」
「家族は?」
「一緒に住んでる人はいないから」
少女が少し寂しそうに俯いたのが、見知った過去の記憶にある少女の落ち込む姿に似ていて。
「良ければ、これから一緒に食べに行くか?」
「私、お店に入れないから」
「ああ、そうかカード持ちか」
しかし、一メートルのテレポートしかできないという彼女が、Cランク以上なのが
「不躾だが、カードを拝見しても?」
少女はごそごそとポケットから取り出すと、カードを手渡した。
「複合か……珍しいな」
そして名前が気になった。先日の事件の事もあり。
「日夏? 柏ひなつこども病院の関係者なのか」
「えっと、親戚? みたいな」
返却されるカードを受け取りながら、ぼそぼそと答えた。なんとなく、家族とは言いにくかった。
「何処も混んでるだろうなあ、まぁいいや」
少女の手をぱっと掴んで歩き出した。
雑居ビルに飲食店が多く入っている区画に来ると、男はクリップフォンを取り出し、手慣れた感じでかけ、電話相手と気さくに会話をする。
「ちょっと気分は良くないとは思うが、左腕を」
少女は首を傾げながら、言われた通りに左腕を出すと、そこにガチャリと手錠がかけられてしまった。
「えっ」
「リミッター付きだから」
ごそごそと手錠が見えないように、少女の袖の奥に押しやる。
「知り合いのやってる店で、席を取ってもらったから。好き嫌いとかアレルギーがあったかな?」
「大丈夫です」
連れてこられたのは、庶民的な良い雰囲気のイタリア料理の店だった。席を取れたのが不思議なぐらいの混雑で、カップルだらけ。
「
気さくに店員の一人が話しかけて来た。
「そういう関係ではない」
「またまた。この込み合う時期に席を確保させておいて。で? 何にする」
「何がいい?」
「お店のメニューはよくわからない……」
不慣れな感じで、落ち着かなさそう。カード持ちは飲食店での食事経験はほとんどないからだ。不便な生活を強いられている事を知り、
「好きな物はある?」
「ケチャップの味が好き」
「だそうだ」
しばしちょっとした雑談をしていたが、少女は気になった事を質問した。
「
「そうだ。実家に帰れば両親はいるが」
「こんな日もお仕事お疲れ様です」
「もうほぼ、年中無休になってる」
水を飲みながら、遠い目をして答える。
「そんなに、事件が多いですか、超能力者の」
「……増えている気がする」
「疲れてそうです、なんか眠そう」
「これは生まれつきの顔かな」
笑って答えたタイミングで、先程の店員が料理を持って来た。
「メニューには出してないが、ご所望のケチャップ味の代名詞、ナポリタンと、自慢のピザ。二人でシェアしたらいい」
小皿を数枚追加で置いて、邪魔者は消えるよと言う目配せを
「いただきます」
もぐもぐと、子供っぽい食べ方をする少女を見ながら、男も食事をする。よくよく考えると
「前も言ったが、あまり無謀な事はしないで。逃げろと言われたら即、逃げるようにしてほしい。無茶はダメだ」
「あ、はい」
少女が露骨にしょんぼりとしてしまったので、説教ぽかったかなと男は後悔したが、
「心配をかけすぎて怒らせて、嫌われてしまったみたいで」
「決めつけない方がいい。何か事情がある気がする。相手の子も何か、そうせざるを得ない辛い理由があるのかもしれないから」
自分で言ってて、自分を諭しているような気もして、
しかし、そういう力を持ちたいと望んで生まれた訳でもない、無害な彼女のような能力者に変な偏見を持って傷つけるような態度は、今後改めたいと感じている。
食事を終え、男は彼女が自分の分のお金を出そうとするのを断るのがちょっと大変だった。自分が誘った事、助けを呼んでくれた礼という事にして、やっと納得してもらったという。店を出ると、手錠を外す。
「悪かった、これしか方法がなくて」
「お店の中でご飯、初めてで楽しかったです、御馳走様でした」
「初めてだったのか」
「少し遅くなったけど、一人で家まで帰れるかな?」
「すぐそこだし、明るい人通りの多い道なので」
送ってやりたかったが、先ほどから携帯に連絡が次々と入っている事に気付いており、そろそろ無視も限界だった。
「じゃあ気を付けて」
「はい、おやすみなさい」
手を振って走って帰る少女を見送りながら、会話を楽しんだ余韻が台無しになる予感もして、面倒くさそうに電話に出た。
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