第6話 親友


 楽しい日曜日の翌日は、月曜日。


 だけどこの日は終業式で、いよいよ冬休みに入る。清楓さやか真友まゆとクリスマスの予定を詰めるつもりだったが、朝から親友であるはずの彼女の態度がよそよそしくて不審に思う。挨拶もそこそこに席を離れて行ってしまって。

 先日の事をまだ怒っているのかと思い、終業式が終わるまで大人しくしていたのだが。


 式が終わると真友まゆはさっさと玄関に向かい、帰ろうとした。


「もしかして真友まゆ、まだ怒ってる?」

「怒ってないよ」

「じゃあどうして?」

「別に」


 少しだけ顔を上げて清楓さやかを見るが、すぐに靴に目線を戻してしまい、履き始める。


「クリスマス、どうする?」

「家族と出かける事になったから。ごめんね、今年は一緒にいられない」

「え? そうなの?」


 家族と和解したとしたなら、それは喜ばしい事だった。


「えっと、年末年始も?」

「うん」

「冬休み中は、遊べない?」

「あのね清楓さやか、あなたもそろそろ就職か進学の事、真剣に考えた方がいいわよ。遊ぶ予定ばかり立ててないで」

「あ、うん」


 そのように言われてしまうと、遊びに誘う事などは最早もはや、出来るはずもなかった。

 口ごもり、寂しそうな顔を見せる親友を見るのは、真友まゆも辛かったが。


「メッセージは入れてもいい?」

「ええ。それじゃあね」


 お嬢様らしく優雅に手を小さく振りながら、長い髪をなびかせ、真友まゆは迎えの車に向かって行ってしまった。

 玄関で、清楓さやかは立ち尽くすしかなくて。

 そんな彼女に、他のクラスメイトが優しく声をかけてくれる。


「どうしたの。ケンカしたの?」

「ちょっと怒らせちゃったみたい」

「えー、珍しい! すぐに仲直りできるよ、ファイト」

「ありがと」


 笑顔を向けてはみたけど、寂しい気持ちが心を支配する。

 甘えすぎてしまったのかなあとも思う。

 清楓さやかと違って、彼女には姉妹もいれば両親も健在だから、もしかすると彼女に寄り添ってるつもりで、自分がおんぶ抱っこを強請ねだっていたのかとすっかり落ち込んでしまった。


 力なく歩いて帰宅すると、ベッドの上のぬいぐるみを抱きしめる。


 いつもクリスマスにはプレゼントの交換をしていて、すでに今年の分も準備済みだったから手渡せないとなると。

 彼女は机に向かうと送り状をプリントし、プレゼントを宅配で送る事にした。マンションのコンシェルジュに依頼して発送。


 翌日に到着したが、送られた荷物は届いてすぐに真友まゆの母に開封すらされずゴミ箱に投げ入れられてしまっており、それに気づいた真友まゆは後からそれをこっそり回収し、部屋で抱えて泣いた。


 彼女からの到着のメッセージはなく、清楓さやかからのメッセージに既読が付く事もない。

 そして真友まゆからは、ネットで簡単に注文できる花束が届けられた。添えられたカードは白紙で、自分が完全に彼女に拒否されている事を知った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 この時代もクリスマスは人々の気持ちを弾ませるようで、街はイルミネーションが美しく、夜遅くまで賑やかさが続く。


 古くからのクリスマスソングが流れる中、電子的に作られた幻の雪が降る。


 清楓さやかは一人ぼっちのクリスマスは初めてではないが、いつも真友まゆと何かの関わりがあった。メッセージすらない寂しさに、部屋にいるのは耐えきれず、他人でもいいから人の気配を感じたくて、夕食を買いに駅前へ出ていた。


 しかしそこは普段の喧噪とは違った異様な雰囲気で、にわかに騒然としており、遠くから警察車両のサイレンが聞こえる中でケンカをしているような声を囲んで人垣ができていた。このように他人に興味を持つ人が多く集まる事が珍しくて好奇心をそそられたが、人混みをかき分けて覗きに行く程の野次馬根性は無く、人が固まっている所を避けるよう迂回する事にして、そのすぐ隣の路地に入り込んだ。


 少し奥まった所まで来た時、人々の騒ぐ声に重なり、背後でドゴンッという爆発的な音が伴って少女は振り返った。その目に、吹き飛んで来た通行止めのために設置されたバリケードが映りこむ。反射神経のない清楓さやかであったが咄嗟に伏せて、ギリギリ避ける事が出来た。それは彼女の後ろに落ちて地面で音高く砕けた。

 膝をついたまま茫然としてしまったが、悲鳴や逃げ惑う人の足音が聞こえて我に返ると、その音に混じってわけのわからない言葉を叫ぶ作業服の中年男が彼女のいる路地に入り込んで来たのが目に入る。爆音に驚いて、逃げ込んで来た人にも見えなかった。


 男の周囲にはゴミ箱や飲料ケースが次々と浮かび上がり、高ランクの超能力者であることが見て取れた。錯乱しての暴走という所だろうか。

 本能的に恐怖を感じ少女は立ち上がり、逃げようとしたが、両足を同時に出すような不器用な立ち方をしてしまい再び膝を付いてしまう。


 そんな彼女の腕を横から伸びて来た手が掴み、声を上げる暇もなく一瞬で彼女は物陰に引き込まれた。

 少女が顔を上げると、見覚えのある男が銃を構えて、清楓さやかを庇うように位置を取る。少女は名刺に書かれていた名前を思い出す。


「えっと、富沢とみざわ、さん?」

「ん?」


 名前を呼ばれて男は少女を振り返る。眠そうな一重の細い目が見開いて、心底驚いた顔をしたが声は小声。


「あっ、あの時の子か」

「何が起きてるんでしょう?」

「君は逃げなさい、テレポートできるのだろう?」

「移動できるのは一メートルなので……」

「そうなのか」


 富沢とみざわは再び、超能力を暴走させている男の様子を窺う。


「参ったな、応援が遅い。街中に人が多過ぎるんだな」


 激しい騒音がして、二人はビクっとする。狂った男が持ち上げた物を周囲の壁に叩きつけたようだった。フーッフーッという野獣のような息遣いが聞こえて来る。


「クリスマスに彼女に振られ、やけっぱちで怪しげな薬に手を出してご覧のあり様だそうだ。全く、はた迷惑な」


 軽蔑と嫌悪と憎しみを籠めて吐き捨てる富沢とみざわに、清楓さやかは少し恐怖してしまった。この人は高ランクの超能力者が嫌いなんだと感じて。


PSI管理局サイかんりきょくは、こういう危険な超能力者を相手にする事も多いため、銃を携帯する事が許されている。過去の”超能力者=犯罪者”の時代に作られた法律も生きていて、緊急時は射殺すら可能だという。実際に、射殺したという話は聞いた事はないが、この部署の存在自体が秘密めいているほどだ。実際は何度もあって、秘匿されているのかもしれないと、彼女は思った。それぐらい富沢とみざわは銃を使い慣れている様子だ。


「撃っちゃうの?」

「君も、人食い熊が可哀相と言うタイプかな?」

「ううん、もしそうなら目を閉じておこうかと思って……」

「安心しろ、一発目は麻酔弾だ。避けられたら次は実弾だが」


 中年男は、物を持ち上げては壁に叩きつけるを繰り返し、物を壊す事で憂さ晴らしをしているような様子だった。警察車両の音も近づき、警察官らしき声も聞こえて、二人がほっとしたのもつかの間、男はどんどんこちらに近づいて来る。


 富沢とみざわは一歩後ろに下がり、少女を壁に押し付けるようにして、自分の体で完全に隠し、もしもの場合に備えて庇う様子を見せ、ほんの僅かに振り向いて、再度、彼女に逃げるように言う。


「このレンガの壁は、さすがに一メートルの厚みはないはずだ、向こう側にテレポートしなさい」

「でも」

「足手まといだと言っている」

「……はい」


 少女が転移した事を確認すると、富沢とみざわは銃を構え直す。規程では一発目は麻酔弾となっているが、彼の銃は一発目から実弾だった。


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