第5話 初デート


 今日の清楓さやかのヘアピンは、いつもの黒いものではなく、ちょっと大き目で端っこに小さな白い花がついている。

 彼女にとってのおしゃれポイントであった。


 何処に行くのかわからなかったので、どんな服装にすべきか悩んだけれど、彼が見た普段着に近い方がいいだろうと膝丈のモスグリーンのキュロットスカートに白いニット、上着を羽織っただけの普段着に、ちょっとだけ斜めに下げるピンクのポシェットが余所行き仕様。荷物はあまり入らないけど女の子らしい小ぶりさで、デザインも可愛い目のお気に入りだった。


 約束の場所で、約束の時間より十分早め。早すぎず、遅すぎずの清楓さやかなりのベストタイミング。


 待ち合わせは駅前の、真友まゆとも良く使う謎の銅像前。

 腕時計を見ようかなと左手を上げかけた瞬間、後ろからガバッと覆い被されて、思わず悲鳴を上げかけた。


「驚いたか?」

「びっくりするよ、いきなりだもん」


 首だけ回して後ろを見ると、間近に見覚えのある、ちょっと意地悪そうな微笑み。

 彼は以前会った時と、そう変わらないラフな服装。上着が同じだから、同じに見えてしまうのかもしれない。


「可愛くして来てくれたから」


 男は体を離しながら、清楓さやかを真っ赤にさせるセリフを吐く。ドギマギしてしまっている少女の手を引いて、壁際の通行中の他人に邪魔とならない場所にいざなう。


「何処に行きたい?」

「私、入れる場所が限られてるから」


 男は笑うとポケットから、何やら色々な雑多な物を取り出した。


「左腕を出して」


 素直に清楓さやかが左腕を男に向かって出すと、窪崎くぼざきはその手首に、ブレスレット状の装置を付けた。ペンで手書きで数字が書いてあったり絶縁テープが貼ってあったりと、彼女の頑張ったお洒落を台無しにしそうなものだ。


「診断結果カードを貸してくれ」


 訝し気にする少女を無視して、男は要求だけを突き付け続けるが、これにも少女は素直に応じる。窪崎くぼざきはカードを受け取ると、そのブレスレット状の物に端末を繋ぎ、カードをスライドさせて登録の作業を手際よく行った。

 カードを少女に返すと、上着の袖を引いてそれを隠す。


「ちょっと、見た目は悪いが」

「これなあに?」

「個人用のリミッターだ、プロトタイプだが」

「リミッターなの?」

「とりあえず、PSIサイセンサーには引っかからなくなる。ただし、内蔵の電池が切れるまでだけどな」


 少女の顔がパッと明るくなる。


「何処でも入れるの?」

「お姫様はどこに行ってみたい?」

「え、わからない、考えた事もないから」


 彼女にとって、入れない場所は存在しないも同然だった。あると思うと、ただ辛いからだったが。


「お子様コースと、大人コースのどっちがいい?」


 あ、この人はきっと悪い大人だ、と清楓さやかは直感した。


「お子様コースでお願いします……」


 ちょっと屈辱だけどそもそも女友達以外と、外で男性と会う事自体が初めて。父親や祖父とさえも、一緒に出た事はないのだから。

 窪崎くぼざきは、少女が背伸びをせず、見栄も張らなかった事に、可愛らしさを感じて爽快感に似た気持ちを抱く。


「わかった、お子様コースで」


 手を引かれて歩き出す。


 清楓さやかは、彼が接触テレパスであることを完全に失念していたが、読まれて困るような気持ちもなく、ただ楽しみと初めての経験のドキドキと、今後の期待と寂しさが全くない今の状況の幸せだけが満ちていた。

 窪崎くぼざきの方も、彼女の心を読もう等とは思ってないようで、彼の考える一般的なお子様コースのデートが始まった。


 診断カード持ちの超能力者が入れない筆頭の娯楽施設と言えば、遊園地。ビックリしたりドッキリしたりで、咄嗟に超能力の暴発事故が起こると大変だからだ。

 ただ、彼女は絶叫系の怖い乗り物がそもそもダメで、先に乗ってる人達の悲鳴を聞いて近づけもせず、観覧車を楽しむとか回転ブランコを楽しむとかその程度になったという。

 この日の彼女の一番のお気に入りになったアクティビティは、犬がマスコットのこの遊園地らしく、あちこちに木造のログハウス風の犬小屋が建っていて、それを巡るスタンプラリー。


 とにかく、雰囲気だけでも楽しくて。寒い日なのにアイスを買ってもらったり、マスコットキャラから風船を受け取ったり。見た目だけが可愛い味はそこそこのランチセットを食べて。二人で写真を撮ったりもした。


 おやつはホットドッグを半分こしたのだが、自分でケチャップとマスタードを好みの量でかけられるスタイルだったから、清楓さやかはソーセージが見えなくなるまでケチャップをかけ、食べてる時にこぼしてしまい、お気に入りの白いニットにケチャップの染みがついてしまったりも。

 それでもずっと笑顔でいられるほど、はしゃいで楽しい。この時間が永遠に続けばいいのにと思う程に。


「そろそろ、電池が切れる頃だな」

「そっか」


 最後にお土産としてマスコットキャラの茶色い柴犬の、一番大きなぬいぐるみを買ってもらって彼女はご機嫌だ。

 あまりにも大きいから、窪崎くぼざきが持ってやろうとしたのだが、彼女は自分で持つと聞かなくて抱えると前が見にくそうなのに、元気に抱えて歩く。


 お子様コースを堪能した彼女は最初から最後までお子様そのもので、男を苦笑させた。

 帰り道でリミッターが電池切れのエラー音を立てたので、彼がそれを取り外す。

 それは、この楽しい時間終了のお知らせのアラームでもあった。


 清楓さやかの顔に寂しさが浮かび上がるのを見て、窪崎くぼざきも少し、切ない気持ちになってしまった。一緒にいてやりたいという思いもあるが、彼にこのような子供に関わっている余裕があるかといえば、ない。


 マンションの入り口まで送り届けると、お互いになんとなく別れがたい気持ちもあるにはあったが。


「今日はありがとう、楽しかった」

「それは何よりだ」

「また、遊んでくれる?」

「時間が出来たら、な」

「そっか」


 窪崎くぼざきは、少し控えめな笑顔を彼女に見せる。


「メッセージはいつでも。無精なりに返事はしよう」


 ぱっと少女の表情が明るくなる。

 男は彼女の耳に顔を寄せて、囁く。


「またな」


 彼女は思わず耳を押さえて、真っ赤になってしまうが、それを見て窪崎くぼざきは口元だけで笑う。

 片手を挙げて立ち去る彼を見送って、買ってもらったぬいぐるみを抱きしめた。


「どうしよう、ドキドキする」


 ああ、これがもしかして、恋っていうやつなんだろうかと思うと、まどろっこしく開く自動ドアのゆっくりさも許せてしまったし誰もいない冷たく暗い広いだけの部屋に入っても、心が熱くて気にならない。


 この日から彼女は、夜はぬいぐるみを抱きしめて眠る。

 ぬいぐるみは、ポチと名付けられた。


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