第4話 夜の影


 誰もいなくなったPSI管理局サイかんりきょくの局室で、富沢とみざわはモニター画面を見ていた。


 各研究所に、研究データ提供を申し出ていたが、そのほとんどが拒否される中、上からの命令に逆らえずやや非合法ではあるが協力者を得て、秘密裡に情報を集めているのだが、専門分野の情報はとにかく難しくて公務員としての一般知識しかない富沢とみざわでは、仕分けするのも一苦労。

 今日もなんだかんだと、残業をしている。


 生真面目過ぎる性格も災いしており、わからないなりに必ず一度はすべてに目を通しているせいもあるのだが。見ても理解できないのだから、見るだけ無駄にも関わらず、彼はついそういう事をやってしまい、かける時間の割には成果は少ない。


「研究者連中も、国のやつらも、相当に頭がおかしいな」


 誰もいない部屋で、独り言が漏れる。


 超能力研究は、この能力を今後どう生かすか、暴走事故を減らすかに留まる事はなく、種類を増やす事や、更に強い力にするにはどうすれば良いか、という方向性の研究が多くなっていた。

 そして国としても、それを望んでいるような気配も感じられる。

 

 すでに武力を前提とした戦争は減っており、今はそのほとんどが情報戦という感じであるから、物理的な念動力テレキネシスはあまり重要視されておらず、どの国も秘密裡な移動が可能なテレポートと、相手の心を読めるテレパスについては、随分とその強化に興味津々といったところだ。


――人に考えが読まれるなんて、ゾッとする。


 富沢とみざわには、そのように心を読み、読まれる社会が明るく美しい世界等と到底思えない。

 だが、危険思想の犯罪者がすぐ見つけられるだの、詐欺等の撲滅に繋がるなどの、大層な美しい理由が付けられて研究が進んでいた。


 自分の心がいつ読まれても困る事がない、清廉潔白な人間でいるつもりなのだろうかと。


 それに差別も助長するだろう。

 テレパス自身も不幸だ。今もただでさえ人の心を読むという事で避けられている人間は多い。テレパス能力者は、大抵がその能力を秘匿している。テレビ等で披露されるのは、念動力テレキネシスの力自慢だ。


 持つ者と、持たざる者と、超能力はどちらも不幸にする気さえする。それを更に強化しようなどとは愚行ではないかと富沢とみざわは思うのだが。

 思うだけで、一介の公務員にこの流れを変える事も出来るはずもなく。



 先日のカルテ盗難の犯人は、北海道にある研究所の研究員に雇われた者であった。その研究員は逮捕したが、他の研究員も関わっていたかは不明なまま。柏ひなつこども病院だけでなく、複数の小児科医院のカルテ盗難に関わっており、医療現場の超能力者関連の治療記録を随分と研究者は欲していたようだった。医療現場では、個人情報の漏洩にはかなり神経質になっており、どんな能力者がどんな治療を受けたか検査結果はどうだったかは全て非公開。患者に危害が加えられるような事があったり、差別を受けるようになる事を当然の事だが全力で忌避する。それも将来ある子供の事である。患者も家族も、秘密にしたいだろう。


 ヴィルケグリム症候群の、国内唯一の手術が行われたのが、柏ひなつこども病院である事を、PSI管理局サイかんりきょくという特殊な職場にいる富沢とみざわは知っていたが、一般的にはどこの病院で行われたかは知られていない。それぐらい、医療情報は厳重なのだが、やはり研究する立場からすると合法的には得られない、深部的な情報が欲しいようだ。

 ある種、人体実験をした結果が見られるようなものであるし。


 一区切りをつけて、モニターの電源を落とすと、富沢とみざわは立ち上がり、ブラインドの隙間から隣のビルの灯りを見ようとしたがガラスに映る自分の姿が邪魔で、外は見えなかった。


 仕方なく引き返し、胸ポケットからクリップフォンを取り出すと、画像フォルダからいつもの画像を開いてみる。

 十五歳の頃の富沢とみざわ少年と、十四歳の少女が、制服姿で並んで笑顔で写っていて、彼は少女の顔をじっと眺める。


歌奈かな、お前は本当に、承諾したのか?」


 写真が答えてくれるはずもなく、しばし苦しそうにそれを見つめていたが、目と画面を同時に閉じるとポケットにクリップフォンを戻し、上着を掴み上げ、やっと帰途についた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 薄暗いが、豪奢な家具の並ぶ書斎のソファーに、真友まゆは座り、その対面には父親が座っていた。

 彼の銀縁の細いフレームの眼鏡は知的ではあるが、冷たい印象もある。


「もう、あそこの孫娘と付き合うのはやめなさい」

「パパにそんな命令する権利はないわ」


 彼女は憮然とし、普段は存在を無視する癖にこんな時だけ父親面をする男に、怒りを持って答えていた。


「聞き分けなさい」

「友達を選ぶ権利は私にある、パパが選んだ人とだけ付き合えというの?」

「ダメなのは、日夏だけだ」

「一番の親友よ、なんで?」


 男は立ち上がって棚から、ウィスキーの瓶を出すと、小さなグラスに溢れるぎりぎりまで注ぎ、薄めもせずに一気に飲んで、濃さにしばしむせた。


「パパ?」

「……あの病院は、お前をモルモットにしたんだぞ、許せるものか」


 怒りを込める口調に、真友まゆは困惑した。


「おまえも、十七歳。真実を知ってもいい頃だ」


 父親は決意したように、昔話を始めた。

 話は彼女が生まれた時期まで遡り、二時間に及んだ。

 聞き終えた真友まゆは顔色を失い、俯くしかなかった。


「いいな。もう、あの子とは付き合うな」

「……はい」

「私達が、お前と距離を置かざるを得ない理由も、理解してもらえたか?」

「ええ」

「私達は、怖いのだ。傍にいるという事が」


 少女は素直に頷き、唇を噛んで耐えた。


 自室に戻ると、ベッドに座り、枕元に置かれた小さな引き出しから、手品の練習に使っている小道具をいくつか取り出す。

 器用に四つの玉を出したり消したりしながら、超能力なしで不思議な光景を作りだしていた。


 この手品は、自分が先に退院してしまい、病院に取り残された親友を楽しませるために始めたのだった。ハンカチが次々と出て来るような、簡単な手品でさえ、とても喜んで何度も何度も見せて欲しいと甘えてくれて。

 目を閉じれば眼裏まなうらに、親友の笑顔が貼りついている。

 

 涙がその瞳に溜まりはじめ、手が滑ってしまい、玉は床に落ちて転がると、壁に当たって止まったが、しばらく揺れていて。いつしかその揺れは、涙のせいになる。

 少女は両膝に手を握って置いて、声を殺し、静かに涙を落とす。

 苦い涙だった。

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