第3話 メッセージ


 あまり超能力を使ったという実感はなかったのだが、ヴィルケグリム症候群という持病を持つ清楓さやかは、大事を取ってCT等の検査を受けていた。


 この病気は超能力に関わる脳細胞が変質していく、もしくは変質した脳細胞が増えて行く病気と言われており、薬で進行を抑えていても通常より組織が脆くなるのか、超能力の多用で出血を起こす事があり危険であった。

 この病気を持つ子供は通常より超能力が強めの傾向があるし、超能力が世に発現した同時期に発見された事もあり、病気の解明によって超能力の発生原因のヒントが見つかるかもしれないと研究はされているのだが、治療法は今のところ変質が開始される神経幹細胞を根本的に入れ替えるしかないという。

 胎児と異なり、大人の持つ成体神経幹細胞は分裂回数が少なく異常が生じてもそれほど大きな問題にならないのだが、ヴィルケグリム症候群ではどうやら胎生期神経幹細胞と同様の分裂をするのではないかと言われ、変質が劇症化しやすいという仮説が立てられている。


 そんな病を持つ清楓さやかではあったが、結果として脳の方は問題なく、背中の打ち身のみだったが一泊の入院。


 真友まゆが泣いて怒って、どれだけ心配したかを激しく訴えていたが迎えが来てしまい、先ほど帰った所。その心配を受けて清楓さやかは自分がどんなに危険な事をやったかを思い知り、今更だが震える程怖くなっていた。


 患者のカルテは今年に入ってからの分のみで、チェックが終わったからと早々に病院に返却されて大事には至らなかった点には安堵した。しかし、祖父は褒めてくれるでもなく叱ってくれるわけでもなく、顔すら見に来てくれなかった。

 検査中に一瞬だけ姿を見かけたが、画面を数分見ていただけで行ってしまい。


 それが何とも寂しくて。背中も痛いが胸も痛むという感じ。


 誰も自分を愛してくれていないようで、親友の真友まゆに依存してしまいそうなのも怖かった。だが、それも良くないとわかってはいた。親友として長く付き合いたいなら、距離感も大事だ。

 真友まゆも時々だが、清楓さやかから距離を取る事がある。


「寂しいなぁ……」


 一人で生きていけるようにしなければと、思いはするが、寂しいものは寂しい。本当に何かペットでも飼いたい所だが、もし病気が悪化して入院が続くような事があれば世話ができなくなるから実際はとても難しくて。

 ネット上で飼育できる電子ペットも、ロボットも、なんとも物悲しい気もするし。

 抱いて寝る、ぬいぐるみの一つでも買ってみるのが関の山と言った感じだ。


 寂しくてたまらなくなった彼女はカバンからクリップフォンを取り出しすと、ベッドに横になったまま、小さな画面を操作して器用にメッセージを打ち込む。

 最初は真友まゆに、今日のお詫びとおやすみの挨拶。

 ポコンと既読がついて、即返事があった。


『今度、無茶したら絶交だからね!』


 という文字に、プンスカ怒るウサギのイラストが画面の上に立体でピコピコ踊っていて、思わず清楓さやかは笑ってしまった。返信に『了解でござる』というコメントのついた、超リアルな戦国武将の写真に、陽気な動きが付けられた立体イラストを送った。


 宛先のリストをスクロールし、しばしの躊躇の後、今まで送った事のない相手の名前を選択してメッセージを書き込む。

 なかなか実行キーが押せなくて、結局は長々と書いた文章を消してしまった。

 そのまましばし、画面を開いたまま。

 

『ポチ、今、暇?』


 短いメッセージに書きなおし、送る。暫く待ったが既読は付かない。

 とても残念な気持ちになって、電源を切ろうとした瞬間に既読になった。


『今は大丈夫。どうした?』


 彼女はそれだけで、ふんわりと温かい気持ちに。暗い病室で、携帯電話の明るさだけがそんな彼女の顔を照らしている。


『怪我の具合、どうかと思って』

『全く問題ない』

『ならよかった、それだけ』


 既読はついたが、返事はなかった。他に話す事もなく、今日の出来事を彼に伝えても仕方ないしで。


『今度の日曜、空いてるか?』


 随分時間が経ってから、続きのメッセージが来て、その内容に清楓さやかは目を疑った。慌てて返事をする。


『予定はないよ』

『先日の礼がしたい、遊びに行こう』

『行く、行きたい』


 その後もメッセージをやり取りし、時間と待ち合わせ場所を決め、おやすみの挨拶をして、メッセンジャーアプリを閉じた。

 しばらく清楓さやかは、経験した事がないぐらい、心臓の存在感を知る。


「デートの約束みたい。本当にこんなに心臓がドキドキするんだ」


 自分で言って、自分で気恥しい。真っ赤になって、顔が熱い。さっきまでの寂しさは吹き飛んで、今度はワクワクして、ベッドの上を転がる羽目になってしまっていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



窪崎くぼざき、おまえメッセージを送るような相手がいたのか」

「いたらしい」


 この夜、彼は研究所の元同僚と飲んでいる所に清楓さやかからのメッセージが入っていた。

 向かい側に座る男は、加賀谷という名でどこか軽薄で不真面目そうだったが、見た目とは裏腹に真面目で正義感の強い男。ライザに

コーヒーを差し入れようとしていたあの男だ。


 飲み相手をそっちのけで、大きな手でてしてしとメッセージを打ち込む男の姿が珍しくて、加賀谷は思わずその様子を、職業柄かじっくりと観察してしまう。


「すまない、待たせたな」

「いや、面白い顔が見られて良かった」

「面白い顔?」

「にやにやしてたぞ?」

「マジか」


 心底驚いた顔をしたのも当然で、実際は表情は全く変わっていなかった。だが、どことなく嬉しそうな雰囲気は漂わせていた。


「まぁ、それはさておき。お前のデータだが」

「外からやっとアクセス出来たと思ったら、全部消されてたぞ」

「所長が、ある程度バックアップしていたらしい」

「鈴木所長が?」


 思わず、前のめりになってしまい、コップを倒しかけて、慌てて抑える。


「お前、所長を豚野郎呼ばわりをしていたことを謝罪すべきだな」

「あいつ俺の釈明に一切、耳を貸さなかったんだぞ?」

「今は、ライザの方を訝しんでる」

「じゃあ所長が、俺のデータを持っているのか」

「それが、誰かに預けたらしくて」


 しばらく窪崎くぼざきは唖然とした顔をしてしまったが、椅子に深く腰掛けなおすと、息を長く吐いて言った。


「あの豚野郎め」


 彼としては、他の研究所に行くにしても、大学に戻るにしても、今まで積み上げた研究成果のデータが欲しい。

 だが所長としては、他所にもっていかれてたまるかという所なのだろう。


「お前のその口の悪い所も、強引なところも嫌いではないが」


 加賀谷はグイっとビールを飲み、ゴトっと音を立てて机に戻すと、相手の男の顔をじっくり見る。


「目的のために手段は選ばないという態度は、少し考え物だな。もうすでに痛い目に合ってるから、強くは言わないが」


 窪崎くぼざきも多少の自覚があったのか、思わず相手から目を逸らしてしまっていた。しかしその時何か思いついたように、すぐさま加賀谷に目線を戻す。


「おまえのリミッター試作機の稼働試験、手伝ってやろう」

「そりゃ有難いが、どういう風の吹き回しだ」

「色々と情報をもらっている礼だと思ってくれればいい」

「恩に着なくていいという事か、交渉成立だな。手続きをしておくが、いつだ?」

「今度の日曜日に」

「OK」


 春日部超能力研究所の現研究員と元研究員は、グラスを軽くぶつけて情報交換の交渉成立を祝い合った。


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