第6話 昼食会
「いやぁ、日夏先生お久しぶり!」
昼食会の会場とされるレストランの前で声をかけられて、
人懐っこくて陽気そうな、六十歳ごろの禿げあがった恰幅の良い男が、その汗を拭きながら立っている。秋の肌寒い日だったが、随分急いで来たようだ。
「これは鈴木所長。春日部超能力研究所の新型リミッターの話、聞いてますよ」
「おお、耳が早い! うちには優秀な研究員がいますからね。だいぶ小型化が進みましたよ。コストは相変わらずですが」
二人は連れ立って世間話を続けながらレストランに入り、軽く手を挙げて、他の出席者に挨拶をする。
このレストランは飲食店としては珍しく、
「優秀というと、ライザ・ジェットギンズ女史ですか」
「いやぁ、とんだ女狐だったようで……」
「それは穏やかではありませんな。
「もうそこまで耳にはいってましたか、参った参った」
「惜しい人材を手放したものですな」
「彼の事もご存知で?」
上着をスタッフに預け、男達は続けて案内された席に隣合って座ると、日夏は目線だけを鈴木所長に向けた。
「私の講演会で、鋭く痛い質問で責めてきた、印象深い男ですよ。まぁ、あんな若造に負ける程は
「あいつ、そんな事をしてましたか。本当に強引な奴で」
「一介の研究員にしておくのは、惜しい探求心の持ち主かと」
恰幅の良い男は、その存在感のある腹を邪魔そうにしながら、ズボンのポケットからデータディスクを取り出した。周囲を伺い、
「日夏先生を見込んで。これを預かってもらえませんか」
「これは?」
「
「わたしなら、良いと?」
自嘲気味な日夏の笑いに、鈴木は若干の怯みを見せたが、こればっかりは彼を頼るしかないという感じで、更にデータディスクを日夏に向かって押しやる。
「あなたは”学会”において、正義の人ですからね。悪用しないと信頼できる人は、なかなか見つからんもんですよ」
「正義か……」
更に自嘲を深めたように、目を閉じて静かに笑う。
かつて、超能力学会において、汚職と代表者選出の不正行為に関し、日夏は真っ向に対立した過去があり、一度は煙たがられて除籍されるに至ったがその信念を貫いた。私情を一切差しはさまない公正さが有名となり、学会としては自浄能力がある事を社会的に見せるために、再び彼を学会に迎えるしかなく、彼は現在この場所に戻っている。
「そういう事で、頼みます」
「わかった、付き合いの長い君の頼みだからな。相変わらず強引だ」
データディスクを受け取ると、胸ポケットからケースを取り出し、そこに入れると再び戻す。
「強引と言えば、
「何かありましたかな、研究所の方で」
周囲の様子を若干気にしてから、聞こえるかどうかの更なる小声で、鈴木所長は耳打ちするように言う。
「研究データを逐一、報告するようにと。特許も絡むのにそんな事できませんって」
「国としては、超能力に関する情報をすべて管理し尽くしたいんでしょう」
「まさか、Aランクを作る方法を模索してるんじゃないでしょうね」
「超能力が発現した原理がわかれば、作る事ができる可能性が出てきますからね。考えてはいるだろうと思いますよ。他国ではすでにその動きがありますし、遅れを取るわけにはいかないでしょう」
「とりあえずは情報の集約ってところですか、参ったなぁ。出したくはないが」
昼食会は始まっており、目の前に料理が次々と並べられ、昼間から飲んでいる面子もチラホラ見受けられる。隣で鈴木所長は、バクバクと食べ始めており、料理はどんどんその口に吸い込まれていく。彼は日夏に、自分が管理をするには頭の痛かったデータを渡した時点で、全ての問題は解決したという感じであって、食欲が戻りましたよ! と言わんばかりだ。
裏表がなくわかりやすい性格のこの男を、日夏は嫌ってはいない。
「日夏先生は、どうなんですか?」
「何がですか」
「超能力の発現の原理、目星がついているという事は?」
「私は医者ですからね、そういう研究はしとらんのです」
鈴木所長は好奇心のまま適当に口に出したが、自分で言っておきながら、医師の目線でこそ原因がわかるのではないかという気もしていた。
超能力は、人類が一歩先に進化した、というのが定説になっている。
ウィルス原因説が有力だ。太古の昔から、ウィルスは常に人間の遺伝子に影響を与え続け、実際現在の遺伝子にはウィルスからの由来も多い。
超能力の発現が取りざたされ始める十数年前に、世界規模でウィルス感染が蔓延した事もあった。それが何等かの影響を与えている可能性は否定できない。
「何かわかったら、僕に真っ先に教えて下さいね」
食べながら、恰幅の良い男は小気味よく笑った。
「君に一番に知らせるよ」
水を飲みながら、こちらは遠い目をした。
病院に戻った日夏は、預かったデータディスクの中身を確認しようとしたが、厳重なプロテクトがかかっていて、見る事は叶わなかった。
「預けておきたいが、見せるつもりはないという事か」
鼻で笑うと、データディスクをパソコンから抜き取り、机の上に投げ置く。
「
顔を思い出し、興味深い、という表情がうっすらと浮かぶ。あまり表情を変える事のないこの医師が表情を変える程、面白い男。
孫娘の脳裏に、その顔が見えた時は随分驚いたが。
日夏は上着のポケットから、携帯が義務付けられている自分の診断結果カードを取り出して一瞥し、再び鼻で笑う。
”非接触テレパス Bランク”
彼の超能力は、医師としては便利過ぎる能力であった。だが止めどなく勝手に流れ込んで来る周囲の情報を自分の思考と切り離すには、高い知力と相当の胆力がいる。ほとんど全てのBランクの非接触テレパスは
だが人の考えが勝手にわかってしまう事に精神的な負担はあり、彼は病院では院長室に閉じこもっている事が多いし、家族とも距離を置いて来た。
「さて貸しが一つに担保も一つ。あの男は恩を返すタイプかな?」
不敵な微笑を閃かせ、データディスクを引き出しにしまい込んだ。
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