第7話 公務員
最新鋭のオフィスビル群の中、最近建築された建物。何をケチったのか、外観のデザイナーが設計時にいなかったようで、武骨な質実剛健という真四角な建物として仕上がっていた。流線形の建物が立ち並ぶ首都の中では、逆に芸術的に見えてしまうという。
来るべき超能力社会に向けての整備が整う現代、この建物もここにある部署も、全ては進化する人類の未来のためにという建前でこの中に揃うが、実際は大部分が政治家や官僚の天下り先、腰かけ先になっている。
まともに稼働し多忙極める部署は少ない。
全人類に超能力が発現したといっても、ほとんどの人が自覚のないEランク。それは
Dランク以上は人口に対して三十%。無視できる人数ではないが、これに合わせて完全に社会を変えるには足りない、というところ。
結局は七割の人間に合わせ、三割の超能力者らしい超能力者が、七割の彼らに迷惑をかけないように、という方向性で社会の整備は進んでいる感じだった。
ランクの高い能力者が、ランクの低い能力者を見下す風潮もあれば、その逆もあり、なかなか混沌としている。誰かを見下したいという心理を持つ者がいる限り差別が無くなる事はないが、まだこの時代はどちらが上でどちらが下という事までは固まっておらず、個々人の感情でそれらは決まっていた。
「
短い茶髪を横分けにした、少し眠そうにも見える一重瞼の垂目気味の男に、部下らしき鼠色のスーツの男が、報告データのカードを手渡す。
「お疲れ」
短い労いの声をかけ、立ち去る部下に軽く手を挙げ終えると、胸ポケットから携帯電話を取り出す。
現在の携帯電話はクリップフォンと呼ばれており、大きさは昔ながらのカードサイズだ。これより小さくすると、さすがに使いにくい。
3thLEDで立体が表現できるようになり、4thLEDでは不透明を表現できるようになった。青色LED誕生の時代からLEDの進化は著しくもはや別物と言ってもよかったが、新たな名称を付けられるには至っていない。
4thLEDは五年前の実用化で、まだ大型化が出来ていないが、携帯電話では使用され、これが一般的になりつつある。
先ほど受け取った報告カードと、クリップフォンを重ね、左手の親指をスライドすると、A4サイズ程の画面が表示される。本物の紙がそこに展開されたかのようだ。
後は右手を使って、画面の頁をどんどんめくるようにスライドさせる。
事故を起こした子供の超能力診断の結果の項目で、手が止まった。
「化け物はみんな、リミッター付きの檻に入れて閉じ込めておけばいい」
嫌悪感も露わに、思わず口につく。差別的どころか、憎しみが籠められた言葉。
「物騒だな、
その声を聞かれた事に驚いて慌てて振り返ると、後ろには深い彫りの端正な顔立ちに、高身長、美しくシワを刻み込んだ白髪交じりの男が立っていた。若い頃は随分と浮名を流したと聞き及ぶ、ロマンスグレーの渋い中年。
その男を前にして、
「時田局長、いつの間に」
「集中すると周りが見えなくなるのは、相変わらずだな、ほれ」
差し出されたコーヒーを、若い
「飽きたから辞める、なんて言うなよ?お前は
「自分の何処が、向いているのかわかりませんが?」
「そういうところさ」
秘密組織めいたこの部署に入ると、はしゃぐ者は多い。やっているのは淡々と、超能力者が起こした事件事故の記録と調査がほとんどだ。
そして、超能力に関する情報の統制と管理。
とにかく超能力に関する案件については、この局が一挙に担う。
最近、管理以上の事を期待されているような気さえ、し始めてはいたが……。
「流石に、一般市民に発砲するのは容認できないがな」
「あいつが一般市民ですか。危険思想のテロリストですよ」
「もし、例えそうであっても、裁く権利はおまえにはないぞ」
「この世にいない方がいいやつでも?」
「働きすぎだ、おまえは疲れているんだよ」
とにかく頑固で、一本気。特に語りはしないが、超能力者にひどい目に合わされた過去があるというのが、ありありとわかる高ランク者への憎しみ。
国家公務員という職責になければ、こいつこそテロリストになるのではないかと思わせる片鱗すらあった。なので時田としては、この部署に縛り付けておきたい。優秀な部下を、みすみす犯罪者にするわけにもいかないからだ。
「なぁ、最後に休みを取ったのはいつだ」
「休みを取っても、する事はありませんから」
「何かをするのが休みではないぞ。何もしない、体と頭を休ませる日を取れと言っているんだ」
立ち去る上司の後ろ姿を見送って、
その目的で取りだしたはずだったが、指を数回スライドさせ、本体のフォルダに入れた画像ファイルを開く。数枚の画像をしばし眺め、眩しそうにしばし見つめていたが溜息をつくと目を閉じ、次に瞼を上げた時は、いつもの眠そうな表情に戻っていて、報告の続きを見始めた。
公務員という立場は、しがらみが多い。
法律の縛りもきつい。
行動の制限、所轄の区切り、管轄などで思うように身動きが取れない事が多い事は彼を苛立たせていた。
彼はこんな組織からいつか抜け出し、一人になりたいと思っている一匹の狼。
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