第8話 未来の夢
「明日は学校があるし、そろそろ、宿題をやっておかなきゃ」
「手伝ってやろうか?」
「世話になってるからな」
彼女はそのシチュエーションにわくわくしてしまった。
家で誰かに勉強を見てもらうのは、とにかく初めて。古い映画やドラマのシーンで、子供が母親や父親に「これなんて読むのー?」等と無邪気に質問をしたりするアレ。すごく憧れていた。
年齢差としては兄に勉強を教わる、という感じになるが。
「うん!」
こんな事で、ものすごく彼女が嬉しそうに返事をしたのが、
「おまえの学校は、まだ紙なのか」
「電子版もあるよ。でも勉強するのには、私は紙の方が好き」
「俺もそうだ」
ノートはいわゆるタブレット端末だが、テキストは紙。学校から宿題として出されるプリントも紙だった。書いたり消したりの痕跡で、きちんと自分で考えて答を導き出しているかを確認するために、あえて使われている。
最近は何でもネットで検索すれば、すぐに答えが見つかってしまうので、思考の過程もきちんとこなしているかを確認するためには手書きの痕跡が必要で、いつまでたっても学校では紙が廃れないのだ。
「ここわかんない」
「何処だ?」
身を乗り出して、彼女が指さす問題を読む。高校生としては中々の難易度の数学の問題。
「解けるところまで進めてみろ」
「んと」
彼女は途中まで式を書き、やっぱ違うと消し、また書き始めるが数行ほど書いてそこで止まる。
「深読みしすぎだ」
「よし、合ってる」
「ねえ、これは?」
「ド・モルガンの法則か。これはだな……」
家庭教師のような感じで、学習が続く。
「全体的に
「そうなの?」
「テストでは変にひねらずに考えた方がいいが……」
「研究者向きの思考回路だ。好奇心も強いし、その方面に進むといいかもだな」
「そうなの?」
「将来の夢的なものは、まだないのか」
「うん、何も思いつかない」
宿題を終えて、ぱたぱたとテキストを片付ける
「ポチはなんで探偵になろうと思ったの?」
「資格もいらないし、持ち歩くものもない。なのに調査は出来るからだ」
「えっ、探偵ってそうなんだ」
「
「公安委員会の認可?」
「そう。守るべき法律はあるが、特別な試験がある訳ではない。お手軽だろ?」
「もしかして、ポチは元々は探偵ではないって事なの?」
想像以上に彼女の思考が鋭くて、
「元々は研究員だ。超能力の研究をしてた。他所に情報を流したという冤罪でクビにされたがな。理由が理由だから、他の研究所でも拾ってもらえない。今やってる調査が終わったら、大学の研究室に戻れないか打診してみるつもりだが」
お手上げといった感じの仕草をして語る彼を、
「冤罪って、晴らせる? 本当は、研究員でいたかったんじゃないの?」
「それはそうだな。俺は何故、超能力が発現し、そしてそれがどう人類に影響していくのかがとにかく知りたい。研究所は、それを調べる事に専念できる場所だったから。それがわかれば次の研究に繋がる」
「私も、知りたいな。ずっと何でだろうって思ってたから」
「そういえば、またポチって呼んでるな」
男は笑う。心を読まなくても、彼がそう言った時の彼女の顔に”下の名前で呼び合うのは恥ずかしいです”と書いてあった。とにかく面白くて
「別れた彼女は、何て呼んでたの?」
「マサ、と呼んでたかな」
「ふぅん……」
なんとなく、元カノと同じ呼び方をするのは
「ポチはいつまでうちにいるの?」
「もう動けるから、明日帰る」
「そっか」
「
そんな複雑な表情をする
「本物の犬を飼うといい」
「うん、そうする……」
「メッセージ用のIDを交換しよう。電話番号も教えておくから、いつでも連絡をくれ。会いたくなったら呼んでくれていい」
「ほんと?」
「ああ」
翌朝早く、彼は出て行ってしまった。
少し狭く感じたいつもの部屋が、また広さを取り戻す。
がらんどうの、冷たくて、静かな、寂しい部屋。
自分は人との縁が薄いのだと、改めて少女は感じる。
孤独でも生きていける強さを身につけなければと、
彼女は寂しさに耐えながら、一人で生きる未来しか思い描けない一匹の狼。
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