第5話 接触テレパス
駅前の薬局に行き、祖父からもらった処方箋を使い調剤してもらって受け取る。
抗生物質に炎症止めの三日分。どう考えても、かすり傷の
「ただいま」
「おかえり」
このやり取り。
些細な事だが、彼女はすごく憧れを持っていた。
くすぐったくて、少し楽しい家族ごっこ。
彼女は洗面所でパパっと手洗いとうがいをして、リビングに戻るが、黒いTシャツ一枚の男が不機嫌な顔をしている事に気付いた。
「どうしたの?」
「どうやら完全に失恋したみたいだ」
男からは悲しさや残念さ、寂しさは全く見て取れず、ひたすら怒りを持っているという様子で、失恋した人間の態度とは到底、思えなかった。
「彼女、いたんだ」
それ程、感情が籠っていない口調で少女が言うのを聞いて、男はふっと目線を
「いなさそうか?」
少女は数歩、男に近づくと、まじまじとその顔を見て考える。
顔立ち良し、体型良し、頭も悪くなさそう。強いて言うなら、ちょっと貧乏そう? 我儘で強引なところは、甘えん坊な気もする。
「年上の女に、可愛がられるタイプ!」
ビシっと指を突き付けて、宣言した。いきなり指を目の前に突き付けられて、
男はその突き付けられた指を右手で掴むと、続けて左手で彼女の二の腕を掴んで、
「きゃっごめん」
しかし男はそれを狙っていたようで、腕を掴んだままで間近になった少女の顔を、見つめる。
彼女は思わず、先ほどの感想を反芻し、更に”荒っぽい”という意見を付け加えた。
「なるほど、それがお前の俺に対する印象か」
――そうだ、この男は接触テレパス!
「勝手に人の心を読むのはどうかと思うの!」
「テレパスに、心を読まれない方法を教えてやろうか?」
「え? そんな事できるの?」
「できる」
男はソファーに座ったまま、一旦距離を取った少女を軽く手招きする。抗いがたい好奇心が沸いて、
今度は一切の強引さはなく、男はそっと
「この怪我は?」
「かすり傷だから」
「ほら、出来た」
「え?」
少女はきょとんとした顔をするしかない。
「何でもいいから、喋るといい。テレパスの思考は、耳から入る音の方が優先されるから。黙ってると読まれるぞ」
「そうなんだ」
「しかしなんで、こんな怪我を」
「駅前で、超能力の暴走事故があって」
男は、少女から手を離すと腕を組み、少し考え事をする様子を見せた。
「大規模な?」
「うん、それなりに。現場に、スーツ姿の人が来てたよ」
考え事をする
「そこにいた奴の顔、覚えているか?」
「一人だけ、目が合ったよ」
「見せてもらってもいいか?」
「うん」
「ありがとう」
「どういたしまして?」
男の顔を確認し終えた
だが、テレパスに対しては大多数が拒否反応を示す。彼はそれを知っていて、ずっとその能力を伏せて生活していた。愛し合っていると思っていた彼女に、ついにそれを告白をした途端、態度を
相手の気持ちより、己の保身に走る女。
だが
だから手酷い裏切りの別れ方をしても、ただ腹が立つだけだという。
だが、この少女は全く違う。接触テレパスと知った上でも態度は変わらず、まっすぐに飛び込んで来るのだ。戸惑いもあるがそれが心から嬉しいとも思えてしまう。この感情がとても新鮮で心地よさがある事に多少の戸惑いも感じてしまったが。
そんな風に長々と考え事をしている間に、目の前から
「いつも自分の分だけだから、大したものは作れないの」
男の前のローテーブルに置かれたのは、インスタントのコンソメスープとオムライス。卵の上にはケチャップで、”ポチ”と書いてある。
彼女の卵の上には、ハートマークがたくさん書いている。
「オムライスが好きなのか」
「ケチャップの味が好き」
口の周りを真っ赤にして、子供のようにもぐもぐ食べる少女。
食後に、先程処方された薬を男に差し出した。
「どうしたんだこれ」
「おじいちゃんに会いに行ったら処方してくれたんだけど、私の怪我にこの薬はいらなくない? でもポチにはいるでしょ?」
ポチと再び呼ばれている事にも気づかず、
「日夏友彦……」
「おじいちゃんを知ってるの?」
「知ってる」
――あのジジィめ。
「おじいちゃんって、もしかして非接触テレパスなのかなあ」
「
「えっ、出てる?」
「出てる」
薬を飲む男の姿を見て、
「私も薬飲まなきゃ」
「何の?」
「持病があって。ヴィルケグリム症候群って知ってる?」
「知ってる」
ヴィルケグリム症候群。人々に超能力が出現しだした頃、同時期にドイツ人医師によって発見された、脳細胞が変質する不治の病。超能力発現との因果関係も疑われ、長く研究の対象になっている。
現在、薬によって進行を抑える事が出来るとされているが、それでも超能力を使いすぎると激しい頭痛が起こり、脳内出血の原因になる事も。
致死性は低いが、障害が残る可能性がある。
唯一の完治手段が脳の一部移植という、倫理観が振り切った方法のみ。しかも生きた脳を使う生体移植。人の死は脳死を以てとする現在、法律上の問題もあり、提供者が出る事も滅多にある事ではない。
頭ははっきりしているが、他の体の機能が完全に停止しているなど、このまま生存を続けても、と言う状態になった人間が安楽死を望む交換条件として立候補する事があるが、たいてい家族が反対して実現しない。
国内で手術が実施されたのは過去一例のみだという。
彼はその一例を追っていた。
いかなる立場になろうとも、その行動力と信念で、この男は一人でも真実にたどり着く強引なまでの強さを持っていて、利用できるものはすべて利用し尽くすつもりでいるという。
彼は一人であっても、孤独をものともしない一匹の狼。
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