最終章 一匹狼は群れたがる
第1話 誘拐
「先に帰っちゃおうか?」
「伝言を残しておけばいいかしらね」
事務局を覗き込み、事務長の坂崎という女性に顔を見せると、彼女は
「あらまあ、覚えてらっしゃいませんか。そうですね、まだ三歳でしたもんねえ」
「え? 私が関係あるの?」
「お嬢様が描かれたキャラですよ、あれは」
「えーーーー!?」
病院に子供達のためにマスコットキャラを、という事になったときに、
「じゃあ、結局アレは何の動物なんだろう」
「お嬢様がわからないとなると、誰もわからないでしょうね」
「
「頑張って思い出しておく……」
坂崎は優し気に微笑みながら、
「この病院は今年で創立十八年。それだけでもう、院長があなたをどれだけ、大切に大事にされているかおわかりでしょう? スタッフもみんな、お嬢様のこれからの健やかな成長を見守ってますからね」
慈愛に満ちたその顔を見て、少女は思う。なぜ自分は、一人ぼっちだと思ったのだろうと。両親がおらずとも、今までどれだけ周囲に大切にされてきたか。当たり前のようにあるものというのは、あって当然になってしまって、逆になかなか気づけないものだと、
祖父とはまた改めて、しっかり話をしてみようと思い立つ。一緒にご飯も食べに行きたいし。
坂崎に、院長室にいる
時刻は夕暮れ。冬の夕焼けは赤くて美しく、影は黒く濃い。西に向かって歩いているので、とにかく眩しくて、太陽を見ると緑の残像が見えてしまう、そんな時間帯。
歩行者に配慮するように、隣をゆっくり走っていた自動運転車のスライド式のドアが突如開き、
「え!? え、
数度まわりをキョロキョロ見たが、追いかける
「おにいちゃん!!
すぐに対応するという返事をもらいながら、必死に病院に駆け戻り、その事を坂崎に伝えると、彼女は慌てて院長室に内線を入れた。
「ごめんなさい、私、隣にいたのに、何もできなくて」
わーんと、子供のように泣き始めた
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「未成年の誘拐事件発生、緊急配備を要請する」
警察の協力を要請し、管理局でも超能力関連の誘拐事件として、すぐに各種対応を指示する。一通りのやるべき事を終えると、
公務員のような国の手足となっているだけの自分が今までずっと嫌だったが、このような時は、組織の存在と公務員という立場が心強くて頼もしい。
ずっと、纏わりつくしがらみと考えてしまっていた事が恥ずかしくなっていた。
組織が組織として動くには、ある程度の縛りは必要不可欠なのだ。
「彼女が攫われた理由に、心当たりは?」
「もし、犯人がライザ達なら、心当たりはある」
「どういう理由だ」
「あいつらはAランクを作りたがっていたが、薬は見た目だけの一時的なものだ。手っ取り早くAランクのデータを集めようとして、ヴィルケグリム症候群の患者の、脳内の超能力細胞の多さに気付いたのだと思う」
「あの子を実験台にするつもりなのか!?」
「可能性はある。現在の患者のほとんどが薬で進行が抑えられていて、薬の効かない重症患者はすべてこの病院に集約されていたが、
「あの病院から漏れたのか……」
悔しそうに
「身代金目的の誘拐と違って、相手からのこちらへのアクションは期待できないか」
小樽阪上研究所の関連施設は湾岸倉庫しか見つかっていないし、小樽の方の研究所もすでに、誰もいない状態だという。
今はとりあえず、警察の捜査網にかかるのを待つしかない形になってしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
車の中に連れ込まれた
ぐったりと眠る少女を膝の上に置き、ライザは前を見据え両脇を研究員の男が挟み込む。
「この子だけいても、どうにもならないわよ?」
「あんたはやたら、あの男にご執心みたいだが、薬のテストをするのに、理論はいらないからな。とりあえず今回はデータさえ取れればいい」
流石のライザも、
「未成年を誘拐して、ただで済むと思ってるの」
右隣の痩せ型の眼鏡の男が言う。
「早く結果を出さないと、切り捨てられるだけだ。今月中に結果を出さなければ、研究所への資金援助が打ち切られる事になっている。こっちは切実なんだ」
それに中年の髭面の男が続ける。
「Aランクが、どのような能力なのかというデータが取れるだけでもリスクを冒す価値がある。今まで誰も調べていないからな。もう資金の話だけではない。この子供は、我々の知的好奇心を満たしてくれるはずだ」
まるでカルト宗教の信者のように見開かれた瞳孔は、狂気を帯びていて、見ている者に寒気を感じさせる。
説得は難しいと知り、ライザは考える。このままだと自分も犯罪者として逮捕されれてしまう。
――こんな計画に、私は無関係だ。
目的地についたら、こいつらと別れてさっさと通報し、自分はこの犯罪に関わっていない事をアピールして、逮捕は免れたいと考えていた。
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