第2話 そして満ちゆく月


 PSI管理局サイかんりきょくに戻った富沢とみざわの傍に、局長の時田が歩み寄って来た。


「女の子の誘拐の原因が、超能力目当てなんだって?」

「はい、Aランクの可能性があって」

「Aランク!?」


 驚く時田に黙っている訳にはいかず、事のあらましを掻い摘んで報告した。


「実際にAランクかどうかは、わかりませんよ? 理論値ですから」

「可能性がある、という事か。しかし今まで、その可能性すらなかったからな」


 顎に手をやり考える仕草をする時田に、富沢とみざわは嫌な予感がした。


「局長。未確認ですし、個人情報ですからね?」


 とりあえず釘を刺す。


「だが、Aランクとなると、話は変わって来る」


 時田は富沢とみざわとまっすぐ相対しその眼差しを若い部下に向ける。


 その目線を受けて彼は改めて考える。もし、清楓さやかがAランクに到達しているというような事があった場合、彼女はどうなるだろうか。


 初めてのAランクとして、あがたてまつられるような事は絶対ないだろう。

 危険重要人物とされるか、それこそ実験動物が如き扱いの可能性がある。各国が欲しがる存在でもあるから国際的にも危うい。


 断じて彼女をそんな目に合わせるわけにはいかない。他の患者も同様の危険があるし、Aランクを作るためにあえて今後は症状を薬で抑え込まないという方向に向かう恐れも出て来る。この情報は秘めるべきだと富沢とみざわは考えたが、時田はそう考えない。


「これは、上に報告すべき案件だ」

「局長!」


 富沢とみざわにしては珍しく強い口調だったが、時田はお構いなしだ。


「兼ねてより、Aランクに関する情報は、直接報告する事になっている」

「まだ、未確認ですよ。フライングもいいところです」

「わかってからでは、遅い事もある」

「行かせませんよ?」

「ほう? どうするつもりだ。何処かに閉じ込めるか? 手錠で椅子に縛るか? おまえがそんな不法行為をするとは思えないが」


 薄く笑う時田を後目しりめ富沢とみざわは無言で自らの机に向かったので、時田はその隙に自席に戻り上着を手にした。

 富沢とみざわパソコンを開いて何やら軽く作業をし、リターンキーを最後に力強く押す。

 そして改めて出かけようとする時田と出口の間に割って入るように、その身を移動させた。


「合法的に止めて見せますよ」


 再び向かい合う二人の時間を邪魔するように、電話が鳴る。


 端っこの方で二人のにらみ合いをビクビクとしながら見ていた新人局員が慌ててその電話を取り、恐る恐る時田に声をかけてきた。


「あの……局長……人事委員会からお電話です、すぐに来るようにと……」

 

 それを聞いた時田は、富沢とみざわの顔を驚いたように見る。


 そしてゆっくりと愉快そうに笑った。富沢とみざわもニヤリと笑い返す。人事委員会は、公務員にとっての労働基準監督署のような機能を持つ。


「そう来たか。くそ、やってくれたなおまえ」

「半日ぐらい、こってり絞られて来てください」


 そう言うと彼は移動して、時田の出口までの道を開いた。


 彼はこの部署に配属になってからの勤務表を人事委員会に送ったのだ。

 即電話があった辺り、相当ひどい勤務状態だったという事である。


 こうして彼は、時間稼ぎに成功した。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 車は都市部の雑居ビルの立ち並ぶエリアに入る。あと数年もすれば再開発のメスが入りそうな古いコンクリートの区域で、狭苦しく、薄汚い。

 その中のオフィスビルの中に仮設の研究所は移転されていた。新規に個人名で借りたから、早々に足が付く事はない。


 清楓さやか窪崎くぼざきの時と同じ、爆薬付きのリミッターを首に付けられ、粗末なパイプ製のベッドに横たえられた。毛布等はない。


 男達の後ろについて一緒に部屋を出ようとしたライザだったが、前を歩く男がいきなり振り返ったので女は驚いて思わず立ち止まる。

 金髪女を見下すように眺めると男はそのままライザを強く突き飛ばしたので、彼女はよろめくように部屋に押し戻された。


「何するのよ!」

「おまえは優秀な研究者という話だったが、他人の能力に寄生していただけというのがよくわかった。役立たずめ。ここでその子供の世話でもやってろ」


 ドアは閉められ鍵がかけられる音がし、金髪の美女は慌ててドアノブをガチャつかせるが開くはずもない。


「何故、私がこんな扱いを受けなきゃならないのよ! 出しなさい!」


 慌ててドンドンと強く叩くが、当然の如く無視された。


「寄生していたですって? これまでの成果は私の実力よ! 実力なんだから!」


 ひたすら叩き自分の優秀さを訴え続けたが、彼等にその叫びが届く事はなかったようだ。ひとしきりドアを開けるべく奮闘したが、無駄な努力であった。


「寄生……」


 頭を掻きむしりフラフラと清楓さやかの横たえられたベッドの脇に置かれたパイプ椅子に、どさっと勢いよく座る。


 今までの研究成果や、賞や特許の一つ一つを彼女は思い出していた。

 どれもこれも、こうしたいな、これが知りたいなと、ちょっと甘えるだけで、あとはまとめるだけの状態にデータもアイデアも全て揃っていて。

 自分が調べ、考え、整え、一から作り上げた物が見つからず、驚愕してしまった。


「嘘よ……そんな」


 昔、誰かが言った、”あぶく銭と同じで、容易に得た物は、簡単に失われる”という言葉が、何度も頭の中を木霊こだましていく。


 そして付き合っていた頃の窪崎くぼざきが、自身が接触テレパスであることを彼女に告白したその日の事を思い出した。


「何度、言葉で言っても伝わらないみたいだから。俺は、接触テレパスでランクBだ。これから俺の気持ちと本心を見せるから、きちんと自分で気づいて欲しい……」


 差し出される右手。

 ライザはその手を取れなかった。

 彼が自分の真実の姿を突き付けるのが怖かった。

 見たくなかった。

 そしてそんな自分の弱い心を読まれるのが嫌だった。


――私は、彼にとっての、高嶺の花のままでいたい。


 憧れの、先輩のままでいたかった。


 だからその手を振り払って、逃げ出したのだ。


 自分だけを追いかけてくる子犬のようだった彼が、あっという間に誇り高く強い狼に育ったその姿を見続けるのも辛くて。


 逃げ出したのだ。


 逃げ出したのだ……。


 それで、過去も、未来も、変わるはずがないのに。


 その場から逃げ出す事だけが彼女に出来た唯一の事だった。

 彼女が選ぶのは、いつも逃げる道。



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