第5話 道は作られる

 男二人はソファーに横になり、朝までの仮眠を取っていたが、先に目覚めたのは富沢とみざわの方で、起き上がると早々に帰宅のための身支度を整える。その気配にもう一人も目を覚ました。


「帰るのか」

「仕事があるから。いったん帰って着替えないといけないし」

「大変だな、公務員は」

「夕べ飛ばしたお前の首輪を、証拠として確保してくる。GPSチップをつけておいたから、部下が拾ってくれているかもしれないが。あんな非人道的なリミッター、それだけでも逮捕案件になりそうだ」

「色々とすまない」

「お前のためにやってるわけではないから、勘違いするなよ」


 上着を羽織っている最中に、大事な事を思い出す。


「そうだ窪崎くぼざき、今日は引きずってでも、日夏君を柏ひなつこども病院に連れていって診察を受けさせて欲しい、あそこに主治医がいるだろう」

清楓さやかがどうかしたのか」

「昨日の昼、救急搬送されてる。持病の悪化が酷い」

「何だって?」


 窪崎くぼざきの表情に、この男が少女に並々ならぬ感情を抱いている事を、富沢とみざわは感じ取り、表現しがたいが、自分の心に僅かなざらつきを覚えた。


「とにかく頼んだ」

「わかった。もし結果が知りたいなら、連絡先を教えてくれ」


 エレベーターに向かいかけていた富沢とみざわの足が止まり、静かに引き返して来る。


「犯罪者と連絡先の交換とは。ゾッとするが、仕方ない」


 二人はお互いの連絡先を伝え合った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 少女二人が、ぽやぽやとした顔で起きて来た所、すでに富沢とみざわはおらず、窪崎くぼざき清楓さやかに以前も借りた古い型のノートパソコンで、何か作業をしていた。


「あれ? 富沢とみざわさんは」

「仕事があるからと言って帰ったぞ」

「本当、ワーカーホリック」


 顔を洗って身支度を整えた後、女の子二人はきゃぁきゃあと楽しそうに、朝食の準備をしていた。彼女達は本当に仲が良いが、最近まで距離を空ける事になっていたことを、窪崎くぼざき富沢とみざわから聞いて知った。

 あの眠たげな顔の公務員は、窪崎くぼざきよりも清楓さやかの悩みを聞いているようで、心がざわつく。彼女は自分を好いてはくれていても、そういう方面で頼れる相手とは思われていないのだ。今までやってきたことを考えれば当然だと自嘲し、これから挽回して行くしかないと思っている。


 簡単な朝食を終え、コーヒーを飲みながらのひとときに男は口を開いた。


清楓さやか、頼みがあるんだが」

「なぁに? 犯罪じゃないよね?」

「おまえの祖父と会わせて欲しい」

「おじいちゃんに?」


 清楓さやかは明らかに躊躇をした。そもそも会いたくも無い状態でいるので、頼み事をしたくないからだ。


「おまえもついてきて欲しい。俺らが話をしている間、診察を受けろ」

「え? なんで」

「私もついていくわ。一緒に検診受けようよ、昔みたいに」

真友まゆは、病気じゃないじゃない」

「病気が隠れてないかを、調べるために受けるのが検診よ」

「それもそっか」


 清楓さやかは祖父にメッセージを送る。約束なしで行って、また嫌味でも言われたらたまらないからだ。ついでに検診を真友まゆと受けたい旨も伝える。


 まだ八時前だったが既読が付き、そっけない了承の返事が届いた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 院長室での面会となり、窪崎くぼざきは老医師の前に立っていた。狭苦しいキャビネットに埋め尽くされた、研究室のような部屋。


「来た理由を話さなくても、貴方はわかっておられるでしょう?先生」

窪崎くぼざき君は相変わらずだ」

「あなたもお変わりなく。今日も勝手に心を読みますか?」


 かつて講演会での質疑応答で、二人は派手にやり合った過去がある。普段ならそんな時に超能力を使わない日夏であったが、あまりにも攻撃的だった窪崎くぼざきをやり込めるため、少々彼の心を読んで先行するなどをした経緯があった。

 老医師は、フッと軽く笑い、左腕を掲げて見せた。


「春日部超能力研究所の新作リミッターの、データを取得中だ。鈴木君の頼みはなかなか断れなくてね。運が良かったな、青年」

「奴に、何か弱みでも握られているんですか」

「ああ見えて、憎めない男だ。特許を取得しての収入にしか興味がない。あそこまでわかりやすい男というのも珍しい」

「まだ太るつもりなのか、あいつは」


 動くたびの腹の揺らぎを思い出して、ちょっと気分が悪くなる。

 老医師は椅子から立ち上がると、窪崎くぼざきの元に歩み寄って来た。


「そういう訳だから、きちんと用件を口に出してもらえると有難い」

「ヴィルケグリム症候群の手術の際に、患者の方から摘出した脳細胞はどうされましたか。あなたの事ですから、きちんと検査済でしょう。そこから何か、わかったのでは?」


 日夏は手を後ろに組み、また一歩、窪崎くぼざきに近づく。お互いの手が触れあうような至近距離だ。


「リミッター開発の研究者である君が、生体に興味があるのかね」

「原理がわからないと、良い装置は作れませんので」

「私は医師だ。病気の原因を突き止めるための検査はする。その検査結果を、君に見せる義理はないし。そういえば、以前の恩も返してもらっていなかったな」

「抗生物質の件はどうも。だが頼んでいない事で恩を着せられましても」


 お互いが鋭い目線で睨み合うと、医師は静かに胸ポケットから一枚のデータディスクを取り出した。


「鈴木君から預かっている、君のデータのバックアップだ」


 反射的に窪崎くぼざきがそれに手を伸ばすが、スっと医師はそれを胸ポケットに戻した。


「お互い、情報を交換する価値があるとは思わないかね?」


 しばし視線を交わし合う。


「……あなたも、超能力の発現は、退化と見ていますか」

「退化という、進化。そう感じている」


 医師はそう言うと自分の机に男をいざない、その机の上のモニターを3D立体表示モードに切り替えると、脳の構造図を投影した。


「超能力に関わる脳細胞は、古い脳と言われる大脳辺縁系と、新しい脳と言われる大脳新皮質系の間、前頭葉側に薄い膜のように発生するという事は君も知っているだろうが」

「はい」

「成体神経幹細胞は、新たな神経細胞を作るが分裂する回数には制限があり、そのペースは遅い。この超能力に関わる脳細胞の分裂増加は、程なくして頭打ちになる。おそらく我々の世代ではBランクが上限だろう。Aランクはこれから進化の過程で生まれて来ると思われる。この層の厚みがせばAランクの出来上がりだ」

「薬を使って、Aランクを作るというのは?」

「不可能。無駄な努力だ……と言いたい所だが、超能力に関わる脳細胞を興奮状態にする事により、一時的に強化されたように見える状態には出来るだろうな」


 窪崎くぼざきは両腕を組むが、先程までの太々ふてぶてしい無法者アウトローの様相は取り払われていて、その顔は完全に研究者。好奇心と、未知に立ち向かう強い意思が溢れだし、その雄々しいまでの姿を見て、日夏は嬉しそうに目を細める。


 その探求心は、道無き道を行く。誰がが通れば、後ろに続く者が現れる。そうやって新たな道は築かれるのだ。


 日夏は窪崎くぼざきの中に、最初の一歩目の足跡を印すであろう力強さを見出していた。


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