第3話 小さな群れ


「そういえば、富沢とみざわさん、お仕事は大丈夫なんですか?」


 テーブルの上に、お菓子をいろいろと広げて、ちょっとしたパーティのような感じになっている中、両手に女子高生状態だったスーツ姿の男は、今いる状況がちょっとおかしい事に気付いて、若干の赤面を見せた。仕事を休んで、自分はいったい何をやっているのだろうと。家で寝ているよりは、明らかに有意義だとは感じているが。


「出勤はしたんだが、上司が休めというので今日は休んだ」

「せっかくのお休みに、働かせてごめんなさい」

「いや、休めてるから」

真友まゆは帰らなくて平気なの?」

「今日は泊まるって連絡しちゃった! お布団に入れてね」

「いいけど」


 ちらっと富沢とみざわに目を向けた。ライザの事を聞きたいのだが、無関係な真友まゆを傍に置いては、聞きづらいし、彼も言いにくそうだった。


「おにいちゃんは帰らないの?」

真友まゆったら、富沢とみざわさんをそんな呼び方してるの?」

「まんざらでもない、って顔をしてるからいいかなって思って」


 くすくすと笑う少女を見て、改めて彼を見ると、確かにまんざらでもない、という顔をしていた。


「ほんとだ」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 倉庫内には仮設の研究所が作られていた。配線は剥き出しで、いかにも即席と言った感じだが、機器類は色々と取り揃えており。

 そのパソコン類の並ぶ机の前の椅子に、白衣で眼鏡をかけた窪崎くぼざきがいて、何故か金髪碧眼の美女は、そんな彼の膝の上に横座りをしていた。

 彼の眼鏡のレンズには、モニターの反射だけが映り込み続け、女の方に向けられる事はない。


「作業の邪魔をしたいのか」

「あら、こうして作業をするの、好きだったじゃない? マサ」


 悪戯っぽく、色っぽく、その指を男の唇に添わせる。そしてその指は滑り、首元につたっていく。たどり着いた彼の首には、ややいかめしい首輪。


「悪趣味だ」

「いいでしょ、このリミッター。貴方に似合うわ。無理に外そうと思わない方がいいわよ? 爆薬入りだから」

「本当に悪趣味だ」

「こうでもしないと、触れ合えないじゃない、私達」


 窪崎くぼざきは、何をされても女の顔をなるべく見ないようにして、画面だけを見続ける。


――おまえが俺に、触れられないだけだろう。


 自分を接触テレパスと知ってからも、素直に全力で自分に飛び込んで来る少女の事を考えると、目の前にいる女には魅力を感じなかった。昔はもっと素直で素敵な理想の女性だったはずなのに、自分を接触テレパスと知った途端、露骨に避け始める有様だった。その時に一気に心は冷め、目も覚めた。確かに過去は、夢中になった時期はあったが。


「重いんだが」


 こう言われて、女の顔がカッと赤くなり、パッと膝から飛び降りると、男を睨みつけた。


「ほんとにデリカシーがないわね!」

「そんな物、学校で習ってないからな」


 無表情にキーを叩き、画面を見続ける。


「今夜中にレポートを上げておいてね!」

「徹夜しろっていうのか」

「しなさい!」


 女は怒りながら部屋から出て行くと、窪崎くぼざきのキーを叩くペースは露骨に遅くなって行き、そして手を止める。


「ネットに繋がってない状況じゃな、いったい何が出来るっていうんだ」


 清楓さやかは大丈夫だろうかと、彼はそればかり考えてしまっていた。きっと自分に失望しているのだと思うと、胸も痛む。

 そしてライザ達のやっている事は明らかに非合法で、今、自分はまさにその手伝いをさせられつつある。データがない今、ろくな事は出来はしないが。

 現状はのらりくらりと、自分の理論をまとめたレポートを書いているという状態でお茶を濁していた。


「結局こんな風に犯罪者になるんだったら、清楓さやか相手の法律違反をしておくべきだった」


 なんとか逃げ出す方法を考えているが、この首に着けられたリミッターが面倒な代物で。

 見張りもいないし、防犯カメラの類も即席なここには見当たらない。だがこのリミッターはおそらくGPSもついていて、追跡が容易なんだろう。そして彼女が言った通り、爆薬の気配がある。

 無理やり外してもドカン、いざとなったらボタン一つでドカン、というのは勘弁願いたかった。


「自分の命を人質に取られるのは、気分のいい物ではないが」


 清楓さやかがもし一緒に捕らえられ人質にされていたら、言う事を聞くしかなかった気が彼はしている。それが回避だけでもよっぽど現状はマシだ。


「はぁ……俺も焼きが回ったな」


 そろそろ夕刻だった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 富沢とみざわ清楓さやかの寝室にあるパソコンを借りて、何かを作業していた。


「結局、うちで仕事してる気がするあの人」

「ワーカーホリックって言うんだっけ、ああいうの」

「そろそろ晩御飯作る? 食材をあまり買ってなくて」

「私、何か買ってこようか?」

「一緒に行くよ?」

清楓さやかは今日倒れてるんだから、家でじっとしてて」

「えー、宅配でもいいし」

「大丈夫、ちゃちゃっと行って来るわよ」


 さっと上着を手に持って、エレベーターに彼女は髪をなびかせて向かった。

 それを見送ると、そーっと清楓さやか富沢とみざわの傍に寄る。


「何かわかりました?」

「湾岸倉庫が怪しいな、都内であの研究所の関連施設はここしかない」

「助けに行った方がいいと思います?」

「そういう案件かもしれないが、公的には無理だ」


 窪崎くぼざきは過去に無茶をしすぎて、PSI管理局サイかんりきょくではすでにほぼ犯罪者扱いだし、研究に戻りたがっていた彼の事だから、自主的と判断される可能性も高い。

 現状、ライザ達が犯罪行為を行っているという証拠もない。

 富沢とみざわの今まで得た情報と勘では、彼は拉致され、研究を強制されている状態にあり、それは結果的にAランクの製造に至る可能性を感じている。今すぐではないだろうが。


「とりあえず、様子だけでも見て来るのはダメでしょうか」

「気にはなるが……」


「気になるなら、三人で行っちゃいましょ? ほっとくと清楓さやかが一人で行っちゃうだろうし」


 ぎょっとして二人が振り返ると、長い髪のお嬢様が、ニッコリとほほ笑んでいらっしゃったという。


 彼女は、二人が何か自分に内緒でこっそり会話したがっているのを感じ取り、仲間外れにされてたまるかと、外出したフリをして即戻り、ちゃっかり全てを後ろで聞いていた。


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