第五章 嵐夜
第1話 再会
パタパタと外に出られる服装に着替え、重々しくゆっくりと開く扉をイライラして待つ。そして、パッと外に出た時、自動運転なのに運転手のいる、高級車がマンションの前に止まった。
その車から、ゆっくりと少女が降りて来る。長い黒髪、意思の強そうな瞳に不釣り合いな、おっとりとしたお嬢様の顔立ち。
「
玄関の前で、久々の邂逅。
「ごめん、ごめんね
「何? 何に謝ってるの」
「お父さんの事」
「あれは正当防衛だよ、事故でしかない。
久々の親友の声。嬉しくて
「だが、娘はおまえの父親のせいで人殺しだ」
車から、身ぎれいな五十手前の紳士がゆっくりと降りて来た。丁寧に撫でつけられた髪には白髪が混じるが、その顔にシワは少なく、細い銀色のフレームの眼鏡が知的。
すぐに彼が、
長髪の少女は頭だけで振り返って叫ぶ。
「だからといって、それが
「日夏だけは許せん」
自分の言葉を聞く気すらない父親に、
「私、携帯も取り上げられて、連絡できなかったの。それなのに三学期前に転校させられるって。あなたと二度と会えないようにされるって! 最後になるならって、やっと連れてきてもらったけど最後になんかしたくない」
男はその紳士的な見た目に似合わぬ乱雑さで、
「二度と娘に近づくな」
そう吐き捨てたが、少女の様子のおかしさに気付く。それほど強く突いたつもりではなかったが、彼女は踏みとどまる事ができず、手をついて受け身を取る事もなく、不器用に背中から地面に倒れ込んでしまったのだ。
「パパ! 何するのよ」
肩を掴んでる父親の手を振り払い、慌てて
「
倒れた少女の目が少し虚ろで、しかもどんどんその体の力が抜けて行く。
「何をしているんだ!」
少女が突き飛ばされるのを見て、叫びながら駆け寄って来たスーツ姿の男は
慌てて
もう完全に目を閉じてぐったりとしている事に彼は衝撃を受け、怒りを持って突き飛ばした男を睨みつけた。
「あなた、こんな子供に何て事を」
「いや、私は、そんな強くは」
茫然と立ち尽くす役立たずの中年の紳士に、
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「随分と進行しています」
立っている二人の大人を前に、医師が説明をする。
「彼女はヴィルケグリム症候群ですね。埋め込まれているICチップの処方箋データを見ましたが、一番強い薬を使ってそれでも進行が止まってない様子かと」
それを聞いて、
「ヴィルケグリム症候群は、今は、命に関わらない病気ではななかったのかね」
「それは薬で進行が止まった場合ですよ。多くはありませんが、進行が止まらない重症患者もいますので。完治手段は移植手術のみ。今はその手術の許可も下りない状況ですから、彼女のようになっている患者は他にもいるでしょうね」
「何故、手術の許可が下りないんだ? 一度はあったのだろう?」
「ドナーが少ない事もありますが、倫理的にどうなんだという意見も多いですから。とにかく当院では彼女に出来る事はないですね。今の状態は一時的なものなので、目が覚めれば回復していると思います。主治医がいるはずなので、そちらに相談されるのが良いでしょう」
立ち去る医師の背中を、男二人は言葉なく見送るしかなかった。
「もしかして、日夏君の一番の親友というのは貴女かな」
「はい、
「そうか、貴女が」
立ち尽くしていた中年紳士も、少女を挟み込むような形で俯いたまま座り込んだ。
「
「君、何故それを!?」
「僕は、そのドナーの兄です」
「妹さんは、あなたの事を何て呼んでおられましたの?」
「おにいちゃん、と」
少女は、身体全体で彼の方を向くと、少し恥ずかしそうに、彼に呼び掛けた。
「おにいちゃん」
驚いた顔をした
「良い子に、命を使ってもらって、妹は、満足していると、思います」
それだけを精一杯、言い切った。
今もなお、提供する事を妹が本当に承諾したのか、気にはなる。だがそれを今更知っても、妹が生き返る事はもはやないのだ。それを改めて実感し、辛くてたまらないが、妹の命が無駄にはなっていないその結果が、今、この目の前にある事が彼の心の慰めになっていた。
紳士は愛娘の肩に手をまわして、涙する男性を見てはいけないというように、自分の方にその顔を向けさせる。
「
ずっと、不要な手術を強行されたと思っていた。
世界的に見てもそれほど行われていない手術で、調べるには限界もあったし。
だが、娘には必要な手術だったのだ。
手術が決まった事を周囲に告げた時、皆が口々に忠告をして来て。
「社長、今は良い薬があって、そんな危険な手術は必要ありませんよ」
「先例がろくにない手術なんて、人体実験ではありませんか」
「一部とはいえ、脳の移植でしょう? 手術後はお嬢様と言えますかしら」
……。
医師の言葉より、まわりの意見と忠告の方を優先してしまった。そちらの方が、受け入れやすかったから。
日夏は、娘を実験台にしたのではない。
自らの孫娘を優先する事無く、その信念でより重症の患者の完治のみを目指したと知った。もし手術を受けていなければ、ベッドに横たわるのは我が娘だったのだ。
あの日、日夏が「重症順」と言った事を思い出す。
そこに看護師が歩みより、
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