第4話 野良犬
「おなかすいたなぁ……」
Cランクテレポート系超能力者は、飲食店への入店も出来ない。
能力を悪用しての食い逃げがやり放題だからだ。
銀行や美術館に設置されるような
宅配、屋台や店頭販売、自動販売機を利用するしかなかった。
学校から彼女が一人暮らしをするマンションまでの道中に、大きな複合商業施設が出来る予定で、そこは
ただ、現在十七歳の
この施設の建築予定地はとにかく面積が広く、夕刻になると工事現場は真っ暗で都会の中にぽっかりと暗闇の空間が出来上がっていた。
まだ古い建物の一斉解体が始まった段階で騒音防止のシートであちこちが目隠しされており、治安的にその横が通学路というのは好ましい環境ではないが、このルートが一番近道だった。
侵入者による事件・事故防止のために、一定の巡回の警備員が配置されてはいるが、解体中の広大な工事現場にセンサーをくまなく置くのはコストがかかりすぎるので、建築工事が始まるまでは雑な監視状況にある。
もしうっかり入り込んで怪我をしても、それは侵入者の自己責任でしかない。管理者や工事責任者の管理不行き届きが責められていたのは遠い昔だ。
「遠回りして、何か買って帰ろうかな」
暗い時間になってから、そこを通るのは初めてだったので、
道を変えかけた彼女の足が止まる。
「……」
――女性の……悲鳴……?
気のせいのように思えた。
しかし暗がりの奥の奥が気になってしまう。振り返って見えたその闇から、彼女は目が離せなくなっていた。
警察……を呼んで、何もなかったらと思うと通報も躊躇。自分以外には周囲に誰もおらず、そもそも何かあっても他人に無関心な人が多い。
気にするのは自分だけかもしれない。
何があったのか? という好奇心も無くはない。むしろそちらの方が、心の支配率を高めて行った。
三度悩み、そのたびに怯んで動けずにいたが、四度目の悩みで彼女は決断し区画全体を囲っているフェンスとフェンスの僅かな隙間に、その細身の体を滑り込ませた。
古い建物に残された、飛行物の衝突防止のための僅かな灯りが、月夜のように地面をわずかに照らす。
暗がりに膝を付き、
膝を付く男はラフな服装で、どちらかというと粗野な印象を受けるが、それに向かい立つ七人は、全員がスーツ姿。そのうち一人は金髪の美しい女性という不思議な取り合わせ。
そして前方に立つもう一人は短い茶髪で、その手には銃があり、
「まさか、撃つなんて」
「止まれと言ったのに、止まらないからだ」
「もうやめて!」
女は銃を持った男の腕に
その腕から手を離すと一歩前に出て
「もうわかったでしょう、貴方はここで引くべきよ」
「逃げるのか、おまえ」
「当然でしょ!? 私まで巻き込まれるのは御免だわ!」
男は、一瞬だけ残念そうに女を見たが、何かに耐えるように視線を地面に落とす。
それを見てスーツ姿の男は、再び銃を構え直し、狙いを付けると、背後に控える五人が
女が慌て、銃を持つ男の腕を掴みなおそうとした瞬間。
「!?」
彼等の傍の建物を包んでいた二階の工事用の防音シートの紐がほどけ、グワッと風を孕んだ音に、そのまま重く落ちるバサリという音が続き、七人に向かって覆い被さって来た。乾いた地面からは、同時に土埃も立ち上がる。
大きなシートはそれなりに重量があり、咄嗟には払い除ける事が出来ず、彼等は土埃にまみれながらなんとかシートを
「逃げられたか」
「もう大丈夫よ、あいつは何も出来ない。コードキーは私が持ってる」
「……次に見かけた時は、邪魔は許さないぞ」
「わかってるわ」
軽く土埃をその手で払い除け、彼等は連れ立ってそこから立ち去って行った。
地面に落ちたのは二階のシートだけ。
一階のシートは今もなお、建物を包んでいた。そのシートの真裏に、少女が一人と、男が一人。
「あなた、大丈夫?」
「降りてくれると有難いかな」
「あっごめん」
ぱっと転がって男の上から降りたが、不器用に背中から地面に落ちる。
「あいたっ」
男はそれを見て少し笑ったようだったが、続けて体を起こしかけて苦痛のうめき声を上げた。少女は頭だけを起こして男を見た。
「やだ、突き飛ばした時どこか怪我しちゃった? ごめんね私、無我夢中で」
「いや、その前に撃たれていただけだ。おまえの行動は関係ない」
男は左手で脇腹を押さえながら、今度はなんとか体を起こす。そして上半身を、右側に転がってる少女に向けると、彼女の首の後ろに手を差し入れて、片手で軽々とその体を起こさせた。
「おまえのおかげで助かった」
「どういたしまして?」
「救急車、呼ぼうか?」
「いや」
「訳ありなの?」
「そうだ」
少女は眉間に皺を寄せる。人気のない場所で一人を多勢が囲むという状況に、彼女は彼を助ける選択をしたが、もしかしたら間違えたかもしれないという疑念が心に灯る。
男は全体としては粗野な印象はあるが、その瞳は知的で、よくよく見ると精悍な顔立ちは整っており、体格も良く、今まで
それでいてここに来た理由である好奇心は、
「えっと、私どうしたらいい?」
「助ける気があるなら、拾った犬の面倒は最後まで見るべきだな」
「何それ、あなた犬なの?」
思わず少女はクスクスと笑ってしまった。
「野良犬さ」
自嘲気味な発言だったが、彼女は彼にそのような印象は受けていない。仕草も、目つきも、どこか高潔で野性的。犬というより孤高の狼といった風情だ。何があったのか知りたいという好奇心と、この男がいったい何者なのか知りたいという、新たな興味が芽生えた。
突然野良犬を連れ帰っても「元の居た場所に返しなさい」などと彼女を叱る両親はすでになく、彼女は孤独な一人暮らし。
純粋培養のお嬢様は無謀にも、傷ついた自称”野良犬”を保護する事にしたのだった。
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