第3話 超能力社会
ぱっつりと切りそろえられた前髪の長髪少女は、今しがた受け取ったばかりのカードを校舎内の靴箱の前で見つめていた。彼女はおっとりした清楚なお嬢様という顔立ちなのに、眼光がなかなか鋭くて、そのギャップが印象的だった。
そこに後ろから、明るい髪を揺らして
「
「去年と変わらず。ランダム物質テレポート、推定半径二キロメートル、Cランク」
「いいじゃん、そっちは使い道があって」
「何処に飛ばすかわからない物質テレポートなんて、怖くて使えないわよ」
彼女は触れた物を、持ち上げる事が出来る重量であれば半径二キロメートルの何処かに吹っ飛ばす物質テレポート能力があった。ただ、何処に飛ばすかというコントロールは出来ない。
がっかりした顔をしながら、彼女は言葉を続ける。
「
答えは聞かなくても解ってるけど、という雰囲気をその声に纏わせている。実際のところ、生まれ持った力が成長したり無くなったという例はない。いつも結果は変わらないのだ。
なのに毎年決められた日に診断があり、その度に診断結果カードが更新される。
そのカードは、Cランク以上の超能力者は常時携帯が義務付けられ、未所持の場合は罰金刑。
彼女達は超能力診断を受けた後、そのカードの再発行を待たなければならず、学校に居残ってすでに六時を回っていた。Cランク未満であればカードを携帯する義務がなくカード自体の発行もないため、そういう生徒は四時に下校済み。
秋の日の入りは早く、周辺はすでに真っ暗であった。
二人は揃って靴を履き替える。トントン、と爪先を地面に当てて靴を履く
「自身テレポート一メートル、
カードを見ずに、スカートのポケットに突っ込みながら言いきった。
「一メートルのテレポートなんて、歩いた方が早いって」
「でも、複合能力って珍しいんでしょ?」
「珍しくても使い道はないし、複合じゃなければDランクなんだよ? こんなショボい超能力のせいで、コンビニすら入れないなんて」
「でも一メートルテレポートで移動先をコントロールできるなら、鍵のかかった扉なら抜けられるわよ。複合じゃなくてもCランク判定になるんじゃない?」
超能力を使えば、強盗も万引きも自由自在になってしまうという事で、建物には
最近は
しかし、脳波測定を利用した超能力診断の方法が確立してからは、すべての人に、A~Eランクで何らかの超能力が存在するという事が判明し、ならばそれに対応した社会にしようとなって、
現在超能力として判明しているのは、
・手を触れずに物を動かす事が出来る
・物を飛ばすか、自分を飛ばすかのテレポート。
・心で情報のやり取りが出来るテレパス。こちらは接触、非接触の二種類がある。
「三年の鈴木先輩、Bランクの自身テレポートだって。コントロール可能で移動距離は半径十キロらしいわよ」
「えっ羨ましい! 就職先がより取り見取りじゃない」
長い黒髪の親友の情報に、少女は驚きを隠せない声を上げた。
テレポートには二種類あって、自分自身を移転させる場合と、触れた物を飛ばすタイプ。就職に有利なのは前者であり、行先をコントロール出来る場合が多い。なおかつ日常生活でも便利。しかしコントロールできないタイプや咄嗟で出来なかった場合は、飛んでみたら上空だったり地下だったり壁の中だったりで危険極まりなく、うっかり使っての死亡事故がテレポーターの場合は多い。
テレパスについては非接触の場合、自分の考えなのか周囲の思考なのかが判断できなくなり精神を病む人も多く、接触テレパスの場合も人の思考を読んでしまい、人間不信からまともな日常を送れる人は少ない。
不思議な力とされていたものが実際に使えるようになっても、古典の小説にあるようなご都合主義満載の便利でカッコイイ超能力というものは存在しなかった。
Eランクだと、本人に全く自覚がない場合がほとんどで、例えばテレパスであっても、少し空気を読むのが上手いと評される程度。
Aランクは現在存在しないとされているが、そのレベルになると兵器としての利用が可能になるので、国が強制的に管理しているのでは? とも言われている。
あくまで、噂だが。
廃れた職業もいくつかあり、手品師はもうそれを生業としている者はいない。タネも仕掛けも超能力という風になって、面白みがないからだ。趣味としてやっている者がいる程度である意味、古典芸能の一種の扱いになりつつある。
「この能力ってランダムなのかしら」
「脳細胞の分裂による、新しい皮質の生成っていう研究結果があったじゃない? 生まれつきなのは確かよね」
このような能力が人々に発現し始めたのは、おおよそ五十年前。それより以前からあった可能性はあるが、弱い能力なら気づかない人も多かっただろうし、一般的になるまでは人に知られるのを恐れて発現していても秘匿した人もいたかもしれない。
発生原因については、医学的、科学的な調査が今も続いているという感じだ。三年ほど続いた世界規模の感染症がきっかけではないかという仮説は立ってはいるが、未だ解明には至っていない。
「もう暗いし、
「ありがとう。でもいいわ、最近運動不足だから歩くつもり」
「そう?」
校門前には黒塗りの自動運転車が並び、本来なら運転手は必要ないのだが執事的役割を兼ねていて、それなりの地位の人間の送迎には運転手が存在する。
長い黒髪をさらりと揺らして優雅に車に乗り込むと、ドアをわざわざ運転手が閉める。手を振る親友を見送って、
これが、彼女の帰宅時間が遅くなった理由だった。
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