第5話 科学者たち
北国。
雪の降り積もる北海道。
小樽阪上研究所。
小さなビルを丸ごと研究施設として使っているそこは、薬剤関連をメインに研究を進めており、大手製薬会社との関係も深かった。
すでに過去形になりつつあるが。
「ルーミス製薬の太田さんが、来年度の資金援助を凍結したいと言ってきた」
髭面の四十代半ばの白衣の男ががっかりしたような顔をして、数人の研究員がいる部屋に入るなり言った。それを聞いた研究員の反応は様々で、仕方ないという顔をする者もいれば、怒気をみなぎらせる者もいる。
「うちも、リミッター開発の方をやってみるっていうのはどうですかね」
眼鏡で痩せ型の男が言う。
「畑が違い過ぎるでしょう」
この中で一番若そうな二十代の男が続けて言う。
「春日部超能力研究所の研究員から、そっち方面の情報も得られるのでは?」
「いやぁ、流石に工学系は特許でガチガチだから難しいだろう」
「あいつは承認欲求の塊だから、ちょっと煽ったら出すんじゃ?」
「いや、俺達は俺達の専門分野でやった方がいい」
男達は頭を突き合わせて苦悩する。
「ルーミス製薬は、俺達に何を期待しているんだろうか?」
「やっぱり、今の流行りは超能力関連だろうな。ニュアンスとしては強化系を欲してそうだったが」
「あそこも大分、株価が落ちてますからね……超能力関連で国の興味を引きたいってところでしょうか」
彼らは今まで、健康食品的なサプリメント系を主にやってきていたが、近年はそのような物が効果が薄く、気分程度のものであるというのが知れ渡り、少し検索すれば効果がないというコメントが並ぶ状態で、もはや商品価値がなかった。
最近は、寿命が延びる薬、若さを取り戻すエキス、不老不死の妙薬ついに完成! というような、より怪しいフレーズの物しか提供できていない。
これでは大手製薬会社も、手を引きたくなって当然であろう。
時代が欲しているのは、人類が新たに手に入れた超能力に関するもの。
強化する方向でもいいし、抑え込む方でもいい。なんでもいいから、超能力に関わる薬というのが人々が手に取る要素で。
CM等では「疲労、飲みすぎ、超能力の使いすぎに」というようなフレーズがついてみたりと、”超能力”という単語が付くだけで売り上げは大きく違う。
最低ランクの超能力らしい超能力でなくても、自分は超能力者だからという雰囲気が味わえるだけでも違うのだ。
しかしそのような薬の開発・製造にはどうしても超能力の発生原理を紐解く必要があるが、現在は学者達が必死に解明作業をしている状態。色々な理論が生まれては消え、どれが正しいのかひとつひとつ試してはつぶすを繰り返し、小さな歩幅の一歩一歩を刻んでいる。それがこの時代だった。
医学的には薄々、これが関係しているのでは? という推論が出てはいるが、何せ超能力を持つのは人類のみ。動物実験が出来ないため治験も出来ずで、薬剤関連の進歩度はかなり遅い。超能力学会と医学会、厚生労働省の厳しい審査を経てやっと多少の人体を使っての実験が行われるが、たいていは科学者や医師自身が、自らをこっそり実験台にしているという状況である。
薬と違って、リミッターの作成は比較的容易だった。脳細胞から出る電気信号を相殺する事で、超能力の発動効果が抑えられるというのがわかっているので、その電気信号のパターンさえ手に入れられれば、相殺する電気信号を送る機材を作ればいい。
現在は小型化と省電力化がとにかくテーマになっている感じで、薬剤に比べると五歩はリードしている。
しかしなぜ、脳細胞がそのような電気信号を出すのか、どの区画の細胞なのかが
「……言いたくはないが、ルーミス製薬のやつ、去年の薬害事件の原因を、俺達に押し付けようと思ってるのではないかとも思えるんだよな」
「金のかかる研究所を潰せて、一石二鳥ってか」
「大人しく生贄の祭壇に乗ってたまるか!」
「ここはひとつ、我々の底力を見せておかねば」
口ごもっていた眼鏡の男が、意を決したように立ちあがり、最近自分が作った計画書をプリントアウトして他の研究者たちに見せた。
「この薬剤に、チャレンジしてみないか?」
それを覗き込んだ研究者たちが色めき立つ。
記されていたのは一種の麻薬。脳細胞が超能力の発動に関わっているなら、脳を興奮状態にすればいいという単純な発案を起点とする。
「おお、これが出来るなら」
「しかしこれはデータが……。かなり実験がいる」
「その辺はもう、力技で何とかするしかないだろう、我々の資金力では」
「犯罪はまずいぞ」
「そこはなんとかしていこう」
目線を交わし合うと、これに賭けるしかないと全員が覚悟を決めたようで、誰が何を担当していくかの相談が行われた。
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