第50話 日常守護戦線
闇の壊獣、闇壊と、その力を持った壊術師、神縣玄導によって引き起こされた越智合事件から時間が過ぎた。
様々な方面からの協力もあり、越智合とその周辺での出来事は大規模な事故として処理された。民間人の被害者がゼロであったことが幸いし、その後も壊獣の存在や壊術師の存在については相変わらず秘匿され続けた。
しかし、壊術師、特に新人戦に参加していた術師の被害者は圧倒的に多く、過去の資料を見ても、類を見ないほどの被害者を出した。
神縣玄導については、既に倒れ、その死体もなかったことから、この件の首謀者であったという情報は一部以外には伏せられ、病死した扱いとなった。いがみ合っている四家をまとめるためにも、神縣家の名前が必要であるという判断だった。
「灯也! 置いてくよ!」
「いや、ちょっと、まって、くださいよ……」
俺は、相変わらず神宮灯也として、清さんのところでお世話になっていた。
「自分から私のリハビリに付き合うって言ったんだから、先にへばっちゃだめでしょ」
「それは、そうなんですけどね……? いくらなんでも、朝四時から市内一周は……、しんどいですよ……」
雪南さんは、闇壊に乗っ取られた後遺症で術力が大きく落ちていた。一時はこれ以上戦うことも困難であると思われたが、当人の希望で、もう一度戦線復帰するために大変なリハビリをこなすこととなった。
「いや、流石は雪南さん……。敵わないです……」
「何言ってんの。今は灯也の方が強いでしょ」
俺の中の力――、炎壊については、やはりよく分からない。ただ、あのとき陽壊が言っていたことは真実のようで、俺の中には炎壊と陽壊の二つの壊獣が一つの壊獣に混ざり合った状態で存在しているらしい。だからこそ、膨大な力を持ち、通常の炎以上の、一瞬で敵を灰燼に帰すような力があった。
「そのはずなのに、普通に昨日組手一本も取れなかったんですけど……」
「そりゃああんなゆるゆるの攻撃に一本取られるほど腐っちゃいないもん」
結構ガチでやったんだけどなぁ、と内心思いつつも、それで一本も取れなかったのは事実なので、悔しいような、雪南さんが元気で嬉しいような気もする。
「さてと、帰るよ。学校遅れちゃう」
「ひい、ここから走って帰るのか……」
家に戻ると、清さんと、もうひとつ知らない靴があった。
「こんな朝に誰でしょう」
「さぁ? 愛夢さんでもないね」
客間に顔を出してみると、そこには愛夢さんより少し年上の、女性がいた。鋭い目つきでこちらを窺う様子に、少し萎縮する。
「あ、お帰り、二人とも」
対照的に、清さんのいつも通りの朗らかさが一層際立って見えた。
「こちらは神内葵さん。神内家の五人姉妹の長女さんだね」
「神内――」
その言葉で心臓を掴まれ、同時に潰されるような感覚に陥った。
「貴方が、神宮灯也ね」
低く鋭い声。
「はい」
神内家の、しかも姉妹の長女が来たとなれば、香澄さんの話であるとは容易に想像がつく。しかし、ふっと頭に浮かんだ彼女の気の抜ける笑顔に、なんだか緊張もほぐれたような気がした。
「越智合新人戦では、末妹がお世話になったようで」
「香澄さんには、すごく親切にしてもらいました。……それなのに、俺は……」
新人戦での俺の暴走、そして香澄さんを殺したという事実は、さらにごく一部の術師のみしか知らない。無益な争いの火種になりかねない、と言われて俺は黙らざるを得なかった。隠さなくてはならない辛さ、そしてそれを背負って生き続けること。それが俺の贖罪であると自分に言い聞かせ、飲み込むことにした。
「俺は、香澄さんを救えなかった。見殺しに、しました」
「……」
葵さんの表情は変わらず、じっと俺を見つめる。
俺もその視線を外さず、曲げることも逸らすこともなく見つめ返す。
ふっと葵さんは息を吐き、目を閉じた。
「あの子は、私たち姉妹でも落ちこぼれ。正直、いてもいなくても同じ存在。あの子の死によって、神内家としては微塵も損失はないと言い切れるほどに」
「――!」
吐き気のように上って来た怒りを飲み込み、歯を食いしばった。
「そんなあの子の死に顔を見ると、とても穏やかな表情でした」
声にも、表情にも、仕草にも、悲しみや怒りの色は見られない。本当に、香澄さんの死に対して感情的になることはないのだろう。しかし、明確に浮かんでいる感情の色があった。
「驚きました。家の中で見るあの子は、いつも何かに囚われ、それに突き動かされているような、どこか血走った眼を、獣のような焦燥の表情にのせて、へらへらした態度で誤魔化していたので」
香澄さんに対してのその評価は、俺も驚いた。気の抜けた彼女の表情の裏に、そんな焦りや苦しみを感じることは、俺はなかったからだ。
「別人のように穏やかに死んでいて。きっと、肩の荷が下りたのだろうと。それは、悔いのない死である証拠です」
俺にはわからない。兄弟がいないし、家族として思いやらないその状態が当たり前であるということが、わからない。妹が死んで、怒りも悲しみもないことは、きっとおかしいことだろうと、思う。でも、この二人が紛れもなく家族であり、姉妹であったという証拠は、香澄さんも姉を見ていて。そして姉もまた、香澄さんを見ていたという事実で、充分なのかもしれない。
「あの子の死に際に何があったか、など聞いても仕方ありません。死んだ者は戻りませんし、そもそも死ぬということは敗北したということに他ならない。であれば、その者の弱さが原因です。しかし、あのような穏やかな表情で死んでいたということは、きっと、彼女にとって納得のいく死にざまだったんだろうと思います」
新人戦が過ぎたということは、夏休みも終わったということ。
朝から走ったせいで身体は既に疲労困憊だが、それでもどうにか学校へはたどりついた。新人戦があったことで、なんだかすごく懐かしいような、久しぶりなような、そんな気持ちで教室の扉を開く。
「おう、おはよう。灯也」
「おっす」
巧翔に手を挙げて挨拶を返す。
耳をどこへ向けるか迷うような喧騒の中に立つと、そこが平和であり、日常であるということを思い出す。笑い声や、大きな話声は、ついこの間まで立っていた戦場とは程遠いもののように感じた。
「なぁなぁ、知ってるか」
いつもの興奮したような調子で詰め寄る巧翔に苦笑で返す。
「何がだよ」
「越智合のスポーツセンターあるだろ。あそこで大規模な事故があったって」
ギクリと反応する身体を抑えつけ、平静を装って返答する。
「あ、あぁ。ニュースでやってたな」
「あれ、実は事故じゃないらしいぞ?」
「へ?」
「人が戦っているところを見た、っていう噂があるんだよ。しかも、格闘技とかじゃなくて魔法みたいに不思議な力を使ってさ!」
「漫画の見過ぎじゃないか?」
「いや。これが本当にしても嘘にしても、俺はちょっと興味あるね」
「なんでだよ」
「だって、ロマンだろ? もしかしたら、謎の組織が人知れず俺たちを守るために戦っているのかもしれない!」
末恐ろしくなる妄想力だった。ほぼ正解である。
そのとき、ふと、気が付いた。日常と乖離した場所だと思っていた戦場は、実はそんなことはなかったのかもしれない、と。
俺たちが戦場に立つから、この日常がある。それを知らない人にとってはただの別世界でも、実際に戦う俺たちからしたら、決して別の世界などではなく、実際にこの世界で起きていること。そしてそこで戦うから、守られる日常がある。
そう考えると、友人が一般的にはアホみたいな話を、目を輝かせて語っているこの日常を守るために戦うのは、悪くないと思えてきた。
「まぁ、そうかもな」
「……珍しいな、お前がそう言うの」
「そんなことないだろ?」
「あるよ。……さては、お前何か知って――」
「あ、ほら、チャイム鳴ったぞ。座れ座れ」
「おい、誤魔化すなよ!」
そしてその日の夜。
「調子はどう、灯也」
「大分いいです。雪南さんは?」
「私も大丈夫。さて、張り切っていくよ!」
月明かりと、街の明かりの狭間。丑の刻の宵闇の中。
人知れず駆ける影は、人知れずに人を守る。
「――はい!」
力強く足を踏み込む。
今日も、日常を守るために。
了
美人な先輩とひとつ屋根の下、全力ブッパで化物を灰にする生活 鈴龍かぶと @suzukiryu
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