第49話 越智合闇影戦⑮

 ゆっくりと地上に降りる。足裏が接地すると同時、身体を包んでいた浮遊感がぱたりと消える。加えて、全身を稲妻のように巡っていた力の奔流も絶え、とてつもない虚脱感に襲われる。

「ぐっ……⁉」

 膝をついて、その場に倒れ伏す。何倍もの重力をかけられたかのように、身体が動かない。呼吸すらスムーズに行えない。

「はっ、はっ、はぁっ、はぁ……」

 リズムを取って吸って吐いてを繰り返す。どうにか呼吸が安定すると、身体の重さも少しはマシになっていた。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 ゆっくりと立ちあがって、空を、夜空を見上げる。

 炎壊……、と、陽壊の力で、どうにか闇壊を倒した。

「……倒した……、のか……?」

 口からこぼれたこの言葉が、果たして自分の勘なのか、不安なのか。それとも己の中の壊獣が感じ取った何か、なのか。定かではないが。

「雪南さん――!」

 辺りを見回すと、雪南さんが倒れているのが見えた。重たい身体を無理やり動かして、なんとか駆け寄り、抱き起す。意識はなかった。

「……冷たい……⁉」

 抱きかかえたその身体がひやりと冷たく、温もりを感じない。慌てて首に手を当てる。微かな拍動が感じて取れた。しかし、弱い。

「雪南さん、雪南さん! しっかり、しっかりしてください!」

「……」

 反応はない。一瞬でパニックに陥る。

 どうすれば、いい。

 そもそも何が起きているのか。闇壊に乗っ取られた影響なのか、それとも力を使いすぎたのか。戦闘の余波で何か深刻な怪我をしたのか。しかし、目立った外傷はない。

「くそ、どうすれば……!」

 そのとき、背後から俺を呼ぶ声が聞こえた。

「愛夢さん!」

「灯也君! やったんだね……って」

「助けてください、雪南さんが――!」

 一瞬目を見開いて驚いたような表情を見せた愛夢さんは、すぐに表情を引き締めて、俺の隣に膝をついた。

「雪南さん、闇壊に一度乗っ取られてたんです。闇壊は倒したんですけど、雪南さんが目を覚まさなくて」

「なるほどねぇ」

 首に手を当てて脈を確認した愛夢さんは、少し考えて、雪南さんの服の胸元をはだけさせた。

「えっ⁉ 何を⁉」

 慌てて目を逸らす。

「……やっぱり」

「え?」

「獣印のところが一番冷たい。……方法は分からないけど、力のストッパーを無理やり外してたんだ」

「どういう、ことですか?」

「雪南ちゃんは、氷壊と契約するとき、その力を五割で抑えつける契約をしてたの」

「五割⁉」

 じゃあ普段の雪南さんは五割の力でずっと戦っていたということになる。

「なんでそんな」

「雪南ちゃんのお母さんも、同じようなことになったって聞いた」

「――!」

 雪南さんのお母さん、そして空幻さんも、同じように闇壊の力で殺し合わされたらしい。つまり、そういうことだろう。

「雪南ちゃんのお母さんは、凍死だったらしいんだ。壊獣の力が暴走して、その力に身体が耐えられなかったって」

「そんな……」

「だからそうならないように雪南ちゃんは五割の力なんだって聞いた」

「でも、じゃあ今のこれは、その五割を超えたことで身体が耐えられなくなったってことですか?」

「多分」

「どうすれば雪南さんを助けられるんでしょう⁉」

「……分からない。こんなこと、普通はあり得ないから……」

 焦りと悔しさの混じった愛夢さんの横顔を見て、言葉を噤まざるを得なかった。

 今、自分に出来ること、何か。

「何か――ッ!」

 拳を握りしめる。

 そのとき、はたと気が付いた。

「そうだ……!」

「どうしたの?」

 炎を灯そうと身体に呼びかける。しかし、力が戻らない。

「くそ……っ!」

「そっか、灯也君の力なら温められるから、もしかしたらもしかするかも、なのか」

「はい……。でも、さっきの戦闘で力を使い切っちゃった、みたいで」

 踏ん張っても、逆に力を抜いても、身体の内の炎が燃えるような、術力を使うときの感覚が戻ってくることはなかった。

「もう一回、力を貸してくれ――!」

 心の底から願うように言葉を振り絞る。

 すると、自分の中に自分じゃない何かの存在を感じた。

「――!」

 一瞬で消えてしまったその感覚だが、俺はその糸口をしっかりと掴んだ。

 そしてもう一度、心の底から。

「力を、寄越せ――ッ‼」

 叫ぶと同時に掲げた腕が、かっと熱くなる。骨と血管に、痺れるように力が巡る。

「……! やった!」

 微かな、本当に微弱な力だったが、しかしはっきりと身体に術力を感じた。

 そのまま、包み込むように雪南さんを抱きしめる。

「雪南さん、起きてください!」

 この力が炎壊のものか陽壊のものかは分からないが、身体に感じる熱をそのまま雪南さんを抱く腕に巡らせて、全身全霊で力を込める。最早誰のものか、どんな力かなどは関係なかった。重要なのは、雪南さんを救える力が俺にあって、そしてそれを今使えているということだけだった。

「雪南さん!」

「雪南ちゃん!」

 例えここで燃え尽きて、二度と力が出せなくなっても構わない。

 今この瞬間、目の前の救いたい人を救えないのならば、どんな力があっても意味はない。

 抱く身体と、握る手に、願いを込めて、力を込めて、呼びかけ続ける。

「目を覚ましてください!」

 反応は変わらない。

 俺の見立ては甘かったのか。それとも力が足りなかったのか。

 ギリ、と奥歯を噛みしめる。

 諦めようとする心を踏ん張る。

「起きろ! 神山雪南‼」

 スタジアムに響くような大きな声で、叫ぶ。

 そのとき。

 ぽす、と。

 握っている方とは反対の手が、力なく、俺の胸を叩いた。

「――!」

「よびすて……なんて、……なまいきに……なったもんね……」

 その声は、か細く、今にも消えそうな炎のようだったけれど。

 しかし、確かに、はっきり、しっかりと、俺の鼓膜を震わした。

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