第48話 越智合闇影戦⑭

「『陽壊だと⁉』」

 目の前で驚いた表情を見せる闇壊。しかし、俺も同じ気持ちだった。

「『その男……、神縣玄導と言ったか。何も知らぬようだな』」

「『なんだと?』」

「『いや、とにかく、私は陽壊でもあり炎壊でもある。先ほどの問いに答えてやろう』」

 ――!

 壊獣を解放すると言った闇壊が、そのために炎壊の力が欲しいと言ったこと。

「『貴様の言うことには賛成できる。私も、人間を滅ぼすことには賛成だ』」

 ――おい、炎壊⁉

 闇壊はにやりと笑う。

「『私は――、いや、この男の身体に入っている壊獣は、神形家で長年研究されていたとある実験の副産物なのだよ』」

「『ほう?』」

「『開祖の血が濃い神形家は、しかし同時に近親での交わりを繰り返していたことで、何かしら障害を持って生まれる子供が多かった。そしてそういう子供は戦えない。そのために人間が何をしたか、知っているか?』」

「『いや。神縣の人間を中心とした壊術師たちは、皆神形家とは交流を持っていなかった。この男……、神縣玄導も、私の能力であちこちに密偵を放ち、初めて神形の生き残りを見つけたのだ。そして、その生き残りを殺した』」

 こちらの反応を窺うように煽るような調子で闇壊は話す。

 ――まぁ落ち着け。

 ――!

 拳を握り、闇壊を攻撃しようとした俺を、身体の内側から炎壊が制止する。

「『で、結局炎壊よ。お前は何者なんだ? 炎壊、いや、陽壊か?』」

「『その両方さ』」

「『両方?』」

「『神形は障害を持った血族をどうやって活かすかを考えていた。その結論のひとつが、人工的に壊獣を作ることだった』」

 ――人工的に、壊獣を作る――⁉

「『壊物、壊人と呼ばれる存在の多くは、この実験の失敗作さ』」

 そんな話は聞いたことが無かった。壊物も壊人も、最早救うことはできず、壊獣と人間の関係性の歪みが原因であるとは聞いていたが。

「『そして、この実験と並行して行われていたことがもうひとつある。それが、壊獣の合成だ』」

「『まさか、貴様はその実験で?』」

「『そう。私は陽壊。しかし、同時に炎壊ともその身を一つにしていることで、炎壊としての力を使うことも出来る』」

 ――じゃあ、お前は炎壊じゃなくて陽壊なのか?

 ――炎壊でもあり、陽壊でもある。どちらでも構わないよ。ただ、今こうして話をしている意識としての私は陽壊である部分が強いが、ね。

「『まぁそういうわけでね。さらなる力を手に入れるために壊獣の合成などを実験し、挙句その成功例として存在している私にとって、人間を滅ぼすことに異論はない』」

「『フハハ、であれば話は早い。早速この場にいる人間を――』」

 炎壊――、陽壊は、ここまで話していても一切心は動じていなかった。それは、懐獣神装として、俺と一体になったときからずっと。

「『でも、今はお断りさせて頂こう』」

「『何?』」

「『この身体の持ち主は、そこにいる女を救いたいと言った。救えるかどうかは分からないが、しかし力が必要なことは間違いない、そして今の自分ではその力はない。だから力を寄越せ、と』」

 炎壊は笑う。

「『実に傑作だ。力を貸せでも、取引をするでもなく、自分のエゴのために力を寄越せと言うのだから』」

 楽しそうに、笑いながら、闇壊に向かって言い放つ。

「『だから人間は面白い』」

 闇壊は、理解できない、と顔を歪める。

「『貴様は、実験されたこと、そしてその実験を行った人間の欲深さに怒りを覚えているのだろう⁉ だから滅ぼしたいと思う。違うか⁉』」

 その問いに、炎壊はこれまでで一番大きく笑った。

「『勘違いするな。私が人間を滅ぼしたいといつ言った?』」

「『何を――⁉』」

「『人間の欲望は留まるところを知らない。無限に肥大化し続ける。そしてそれは、いずれ他者や、人間以外の存在すらも巻き込むほどに。貴様の人間を滅ぼすという欲望の果てに、何がある? その先に、何があるというのだ?』」

 闇壊を見つめ、炎壊は問いかけるように言葉を続ける。

「『人間を滅ぼそうとすれば、人間は抗う。抗い続ける。やがて――、壊獣すら超える、怪物に成り果てるかもしれない』」

 それは確かに楽しそうに、心の底からの期待を込めての言葉だった。

「『だが、今はこの男の行く末を見てみたいと思った。お前を殺し、あの女が助からなかったらどうするのか。助かったとしたら、次はどうするのか』」

 ――炎壊、お前……。

「『今は、な。いずれ飽きたら、人を滅ぼそう。しかしそれに貴様の力など不要だ。私の力だけで十分、人間など滅ぼせる』」

「『何だと⁉』」

「『さて。灯也、話が長くなってしまったが、まぁそういうことだ。奴を殺すぞ』」

 フッと身体が自由になる。手を握って開いてを繰り返し、肩を回し、腕を伸ばす。

「ぶっ飛ばすだけだ。殺さない」

 ――まぁ、なんでもいいさ。

 わなわなと闇壊が震えているのが分かる。

「『いいだろう。貴様ら諸共、闇の果てへと葬ってやる!』」

 吠えると同時に、視界を一瞬で覆うほどの闇が襲ってくる。

 ――馬鹿め。

 ひとりでに手が動く。親指を交差させ、そのほかの指は左右の腹を合わせた。

「『陽光ようこう闇天灰燼あんてんかいじん』」

 その瞬間、周囲の闇が一瞬にして払われた。

「――これ……!」

 ――陽壊の力だ。普段は炎壊の意識が強い状態でいるせいで炎壊の力しか使えないが、一度死に瀕したことで炎壊も意識を失い、私のところへつながったわけだ。

「なるほどな――!」

「『クソ、おのれおのれおのれェッ‼』」

 次いで、闇の刃が四方八方から迫る。

 ――次はこうだ。

 心の内から聞こえる声にレクチャーされるのは非常に不思議な感覚だったが、同時にその教え通りに、まるで自分が初めから知っていたかのように、身体が動いた。

灼光しゃっこう照々着火しょうじょうちゃっか

 手を向けると同時、光の炎が放たれ、闇の刃に燃え移る。そしてあっと言う間に燃やし尽くしてしまった

「『どうなっている――、何故私の攻撃が通じない――⁉』」

「『当たり前だ。貴様の力は闇。私の力は陽。加えて、炎の力も持っている。ろくに相性も良くない人間に入った状態で、勝てるわけがなかろう』」

「『グゥウウウッ‼』」

 喉が切れるほどの怨嗟の叫びと共に、放たれる巨大な闇の顎――、否、獅子。

「『我が名は闇壊獅! 貴様らを喰らい、飲み込む闇の牙だァアアアアアアアアッッ‼』」

 スタジアムを飲み込むようなその技は、普段であれば絶望に足がすくんだかもしれない。しかし、今は違う。

 ――技だけは派手だな。

 別の心があるというのは、ある種頼もしくもあった。

 ――こちらも大技をぶつけるぞ。使った瞬間にこの力もなくなるから、これが最後だ。気合いを入れろ。

「ああ!」

 身体中に力が巡る。纏っている神装が唸る。

 声が重なる。

「『爓陽灼炎えんようしゃくえん陽炎かげろう‼』」

 まばゆい光と、全てを飲み込む炎。

 暗い夜空を、光で包み込んだ。

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