エピローグ ~『英雄の背中』~


 赤龍とハイゴブリンによる襲撃はランド村に爪痕を残した。家は燃え、石畳の道はひび割れ、村の至るところで怪我人が倒れている。


「酷い有様ですね」

「だが君の奮闘がなければ、より酷い状況になっていた」

「いえ、僕の力なんて微々たるものです……結局、龍を倒したのもアルドさんですから」

「それは謙遜というものだ。そうだろ、みんな」


 アルドは集まってきた村の住人たちに問いかける。キラキラと目を輝かせる彼らは、カイトを取り囲んで賞賛の雨を降らせる。


「ありがとう、カイト!」

「お前のおかげで命が救われた」

「かっこよかったぜっ」


 村人たちの称賛は心から出た本音である。それが理解できたからこそ、カイトは謙遜ではなく、頭を下げることで拍手に応える。


「ぼーっとしている暇はありませんね。村の怪我人を治すためにも隣町に薬を買いに行ってきます」

「いいや、その必要はない」

「でも村の備蓄薬だけでは足りませんよ」


 村の保管庫には緊急時の薬が置かれている。しかしそれは龍の襲撃を想定したものではない。数にも限りがある。


「僕は一人でも多くの命を救いたい。そのためには薬が必要なんです」

「俺も命を救うことには賛成だ。だが薬は必要ない」

「どうしてですか?」

「忘れたのか? どうして俺たちが赤龍を討伐しようとしていたのかを」

「あっ!」


 龍の血はあらゆる傷を癒し、万病に対して効果がある。幸いにも一頭分の血は村人全員に分け与えても余るほどだ。


「みんな、この龍の血を怪我人に飲ませてくれ!」


 アルドが村人たちに指示を出す。だがいきなり血を飲ませろと命令されても、妄信して動き出すことはできない。


「俺も丁度怪我をしていたからな……頬の傷をよーく見といてくれ」


 ハイゴブリンとの闘いで負った傷なのか、アルドの右頬には噛みつき跡が残っていた。赤龍の死骸に近づき、その血を啜ると、傷が最初からなかったかのように消える。


「こんな風に血を飲むだけで傷を癒せる。さぁ、みんな急いでくれ」


 アルドの身体を張った証明で、村人たちは龍の血の効能を信じた。カイトもまた、赤龍の血を飲むことで、伝承通りに傷を癒すことができると知り、ガッツポーズを作る。


(これなら妹の病気も治るはずだよね)


 赤龍の血を今すぐにでも妹に飲ませたいと、焦りが態度に現れる。そわそわとした動きに、アルドは気づいたのか、ふっと笑みを零す。


「妹のところに行ってやれ」

「で、でも」

「村の魔物は討伐できたのは君のおかげだ。ならほんの少しくらいご褒美があっても、誰も咎めたりしないさ」

「…………」


 妹の元へと向かうことをアルドは許してくれたが、怪我人の治療に精一杯な村人たちを放って、一人だけ我儘を貫くことができなかった。


「おーい、カイト」

「ヤマト……それに……」


 ヤマトの傍にはカイトの妹がいた。腰まで伸びたブラウンの髪と、儚さを感じさせる青白い肌。震える足をゆっくりと動かしながら、カイトの元へと歩いてくる。


「へへへ、どうだ。お前の妹は俺が守ったぜ」

「ありがとな。助かったよ」


 病気で苦しそうにしているものの、妹に外傷は見受けられない。ヤマトは彼との約束をきっちり守り抜いたのだ。憎い相手だが、それでも妹を守ってもらったことは事実だ。素直に礼を伝える。


「兄さん、私……ごほっ……」

「あまり無理するなよ」


 口から血の混じった咳を吐く。一刻でも早く治してやりたいと、彼女を龍の死骸の元まで連れて行く。


「頼む。この血を飲んでくれ」

「ど、どうして?」

「この血には癒しの力があるんだ。お前の病気が治るかもしれない」


 カイトは真摯な瞳を妹へ向ける。精悍な顔つきへと変貌した兄と、転がる龍の死体。二つを関連付けた彼女は、努力を無駄にしないためにも、首を縦に振る。


「私、飲むわ」

「なら僕が飲ませてやる」


 カイトは龍の血を手の平で掬うと、それを妹の口に流し込む。口の端から血が流れ、ポタポタと石畳の床に血の雫が落ちる。


「身体が熱いよ、兄さん!」

「大丈夫か!?」

「あ、あれ? でも胸に感じていた痛みが消えて……」


 妹の顔色が次第に優れていく。龍の血の回復効果は、伝承の通り、病気にも効力を発揮したのだ。


 病気を克服した妹は血混じりの咳を零さなくなる。目尻には涙が溜まっていた。


「兄さん、私、心臓が痛くないよっ!」

「ははは、やったな!」


 妹の病気が治ったと確信し、二人は抱き合う。その様子をアルドは微笑ましげに見つめていた。


「俺はそろそろ行くよ。色々とありがとう」

「僕の方こそ。アルドさんにはお世話になりました」


 アルドとの別れが近づいていた。カイトにできることはただ頭を下げることだけ。自分の人生を変えてくれた英雄に感謝する。


「僕もいつかアルドさんのようになってみせますから!」


 カイトは背中を向けるアルドに想いを伝える。すると彼はその呼びかけに答えるように手を挙げた。


「ははは、やっぱりアルドさんはカッコいいや」


 立ち去る時までアルドは英雄だった。いつか彼に追いついてみせる。カイトは心の中でそう決意するのだった。

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癒しの魔剣と英雄の孫 上下左右 @zyougesayuu

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