Je ne l’ai pas revue depuis lors.

 佛田ふつだは留学後、しばらく経ち、日本のある大学の教壇に立つことになった。


 佛田の専門としている分野は、日本ではあまり一般的ではない。しかし、これからますます注目される分野であることは間違いない。



 あの頃のことを思い出そうとすると、そんな記憶はないはずなのに、決まって、ぼんやりと少女の姿が浮かんできて、自分がメモ用紙に書いた本のページの、あのふたりのセリフが、彼女の声で聞こえてくるのだ。



 ――――すると、前にしか進めなくなる。



 ひとり暮らしをしている佛田は、寝る前に、毎回の講義で課している課題――ただ、コメントシートになんでも良いから書いてくれと、大雑把に出した課題をチェックしている。そう言ったものだから、ほんとうに書いてある。



《昨日、友達と遊びに行ってきました》


《今日は、とても眠かったです。昨晩、遅くまで、本を読んでいたので》



 しかし佛田は、なにかが書かれていることが、なにより嬉しかった。


 その中には、今度はこんなことを教えてほしいという、お願いのコメントがたまに含まれている。


 すると佛田は、少し予定を変更して講義をすることにしている。そういう姿勢こそ、自分が持つべきものだと信じているから。



   ――――――



《そのひとが言っていたの。あなたは人生において、二回だけ愛されると思うって。でも、ふたりから同時の愛を受けることはできないだろうって》



《あれ? もしかして、嫉妬しているのかしら。大丈夫よ。わたしを最初に愛してくれたそのひとは、もういない、わたしのお母さんのことだから…………フツダさんも、そういうところがあるのね》



《二回だけ……ほんとうに、そうなのかもしれない。フツダさんのほかに、わたしを愛してくれるひとなんていないと思う…………ううん、フツダさんにしか、愛されたくないと思うわ……》



《ずっと先延ばしにできたらな……そんな風に思っていたことがあるの。いまがずっといまのままでいいって》



《でも、フツダさんは、わたしを、その先へ連れていってくれるのでしょう? わたしの手をひいて》



《フツダさん。わたしを見つけてくれて、ありがとう》



   ――――――



 願わくは、わたしの文章が、思わぬところに行きついて、奇跡が起こりますように。…………

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メモ用紙と手紙 紫鳥コウ @Smilitary

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