第51話

 出会って数秒である。感情である。

 房子は何につけ、感情で結論を出してから、何故そう思ったかの理由を辿って行く質である。八崎の事も(好かん)と結論を出してから、何故そう思うのか考え始めた。名乗り終えた後は、もう言葉を継ぐ気は無い。変な間が空いて、困惑気味の八崎をよそに、房子は(好かん)理由を考える事に集中した。

 八崎も房子が何も言わない事が分かると、房子をよそに尚記に話しかけ始めた。

「それで、何をしていたの?…散歩?」

 尚記は房子を抱き支えた時に、自身の服に泥が跳ねたかどうかを見ていたらしい。体をグルリと捻っていた。

「散歩」か…八崎と言う女性は育ちが良いのかも知れない。言葉の選び方から房子はそんな事を思った。

「デート?」だと尚記と房子の関係性が確定してしまう、それは引いては八崎は、房子と尚記 二人の関係をそのように判断したと伝えてしまう事になる。二人の関係が判らない内に、二人の関係性を推測するような事を言うのは、言われた側にしてみれば邪推されたようで心地良くない。

 八崎は色々と気を遣いながらな話してくれているようだか、尚記と会話する上で「散歩」と付け足したのは、致命的な失敗であることを房子は知っている。


「はい、転びそうになったんで、助けていたんですよ」


 一見、成立しているような会話だが、八崎と言う女はもどかしい思いをしてるはずだ。尚記の答えは、八崎にしてみれば一度 聞いた内容である。

 もしも房子が八崎の質問に、房子の立場で答えるなら、

「そうや、散歩してたんけど、ハシャいだら滑って転びそうになってん、助けられておった」

 尚記の立場で答えるなら、

「はい、散歩していたんですけど、房子さんがハシャいで転びそうになったんで、助けていたんです」

 だろうか。相手の様子に合わせて、なぜハシャぐ事になったのか、その顛末も話すかも知れない。いや、相手の様子など構う事なく房子なら話したければ話す。要するに「ハシャいでいた」 普通は答える側が察して、労すること無く手に入れられるこの言葉を、八崎はどう導き出すかが尚記との会話を上手くこなして行けるかの分かれ目になるのだ。

 尚記から「ハシャいでいた」をどう導き出すかは、「抱きしめていた」ないし「抱きしめるように助けていた」のは 何故なのかを、素直に尚記の問う必要がある。

 果たして八崎と言う女にそれが出来るのか?

「何で抱きしめていたの?」そう素直に尚記に問うことが出来るのか?

 問えばそれは、「抱きしめていたことが気になる」そう言っているのと同じだ。


(公の場で抱きおうとるに、気になって当たり前っちゃ)

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2月22日にネコをひろう(分割版) 神帰 十一 @2o910

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