その3



「油って……。だ、誰のせいでこんなことになっていると思ってるの!」


「あいつでしょ?」



 雪永が迷いなく闇来を指差すと、彼女は信じられないという顔をして喉から悲鳴に近い声を出す。


「あ、あいつ!?あれ、あんたの仲間でしょ!」



「……いや、まあ、そうだけどさ。俺は地球消滅までの残り5分、オルゴールが聞きたいわけ。だから仕事抜け出そうとしてたのに。君は?世界を救うことよりも大事なことないわけ?」



 雪永は近くのガードレールに寄りかかり、髪を耳にかけながら訊いた。彼女は呆然と雪永を見つめている。



「世界を救って、大事な人たちを守るの……。」


「でも、もし救えなかったら最期大事な人に会えなくなるんじゃない?」


「わ、私たちは『もし』なんて考えない!絶対に世界を、救って」


「『世界を救う』は君の使命でしょ?それを取ってみなよ。何が残る?何が大事?」


 彼女は勢いよく顔を上げて何かを言おうとしたが、唇を閉じて不安そうな顔をすると俯いてしまう。

その後に聞こえた、小さな声。


「……家族、友達、ベランダで育ててる苺」



「それ以外はどうなったって構わないでしょ?私の大事な人たちだけは助かって。これが本心じゃなかったら人間じゃないよ」


「そんなこと、思ってな……。」


「そう?俺は、思うけどね。オルゴールだけは残ってほしい、って」


「他の人はどうでもいいなんて、酷い悪だよ!」




 言葉に必死で抗おうとする彼女は微かに震えていた。


 雪永はふらふらと立ち上がった彼女へ近づき、睫毛をはためかせ顔を近づける。




「ゆきちゃん!逃げて!」



 ウサギの悲痛な声が響く中、雪永は硬直する彼女の髪に触れ、ゆっくりとキスを落とし。







「自分の心から目を背けることこそ、本物の悪だ」









 しっとりと落ち着いた声で、雪永はその深い黒の瞳に彼女を閉じ込めるように見つめた。



 彼女が雪永に目を奪われる最中、二人の女の子が空中から降り立ち「ゆき!」と名前を呼ぶ。





『待て、小娘たち。雪永!早く倒せ!』


 背後から闇来の重圧を感じ、雪永は彼女から目を逸らして深く溜め息を吐いた。それから闇来を見上げて。







「ちょっと今、大事な話してるんですよ、闇来様。根本的に違う人とはわかり合えないのか、知ろうとしているんです。それに、今この子に『悪』について話しているので、」





 雪永がふわりと微笑み、闇来に向かって手を振り上げる、と。



『ぐああっ!!』


 雨が逆再生されたように、雫がコンクリートから闇来へ鋭い槍さながらに向かって当たった。







「これで多分、消滅まであと5分くらい、伸びたね」






後ろで闇来が叫び声を上げる中、雪永はもう一度彼女へ向き直って甘い囁き声で誘う。








「——……さあ、話をしようか」




 そう言って、雪永は綺麗に微笑んだ。


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あらがう、悪 葉月 望未 @otohana

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