その2




 すると爆煙の中に一筋の穴ができ、その後に黒煙を吹き飛ばした。

露わになる、人の形をした灰色の巨体。あれこそが闇来だ。その周りには3人の女の子達。




「……あの女の子達を戦闘不能にすればいいんでしょ」


「下だ。雪永、下」


「下、って何?」



 白音の目が黄金になっている。雪永に見えていないところまで、その黄金の目には映っているようだった。



「あのぬいぐるみ、みたいなウサギ。あれが持っている光るハートを破壊しないとあの女の子達に力が供給され続けるから、あれを破壊できれば、こっちのもん」


「下ね。はー……だる」



 雪永は気怠げに呟いてから闇来の下をイメージして、瞬時に移動した。




 着いた場所は大通り。けれど人の気配はない。みんな、逃げたのだろう。


 空を仰げば、闇来の灰色で埋め尽くされている。胸糞悪い、と雪永は舌打ちをして横断歩道に横たわる女の元へ近づいていく。




「雪永!止まって!」



 タンッとコンクリートと靴がぶつかる音。



 雪永の前にピンク色の髪をし、レースの短いドレスを身に纏った女の子が降り立った。

 その表情は可愛らしい格好とは裏腹に険しい。



「何?退いてくんない?」


「退かない!貴方を倒すの!」


「君に俺が倒せるとでも言うの?」



 女の子は一歩を強く踏み出し、胸元のハートに触れると手の中にステッキを出現させ、雪永へ向け振りかざした。



 それを難なく交わすが、女の子は諦めず何度も同じ動作を繰り返す。






「なんでそこまでして戦うの?」


「守りたいものがあるから!自分勝手にもほどがあるよ!自分の都合で世界を消しちゃうなんて、そんなのおかしい!おかしいことにはずっと抗っていかないと駄目なの!」


「でもさ、君、5分後には死んでるんだよ?それなら苦しいことなんて今すぐやめて大切な人と過ごすべきじゃない?」


「世界は終わらせない!諦めない!」


「……へぇ、すごいね。圧倒的な力を前にしてもその心は健在なんだね。尊敬するよ」



「はな、してっ!」



 雪永は微笑を浮かべながら、女の子のステッキを掴んだ。必死でそれを振り切ろうとするが、雪永がそれを許さない。



「君、そのうち絶望するよ。頑張ったってどうにもならないことが、この世界には山ほどある。諦めなければなんでも叶うわけじゃない。光ばっかり見ていると目が眩んで大事な場所が見えなくなるよ。ねえ、闇は全部悪いものだと思ってるでしょ?」




「あなたの言葉なんて聞かない」


「そもそもどうして闇があると思う?闇がないと生きていけないからだ。自分を守るために嫌なことがあれば悪態をついて、頭の中で苛つく奴らを何度も殺す。光と闇で心の均衡を保ってんの。……ああ、でも、光しか受け付けない君達にはわからないか」



 反論する目で下から雪永のことを鋭く見つめる女の子の力を横へ流すと、「わっ」と驚いた声を出しながら女の子は倒れてしまった。




「ゆきちゃん!」


 と、誰かが名前を呼ぶ。高く可愛らしい声のほうへ目を向けると、白音が言っていた通り、ウサギがその短い手で必死に光るハートを持っていた。


黒く真ん丸い目には涙がたまり、雪永に倒された女の子へ駆け寄ろうと小さな歩幅で一生懸命ふわふわの足を動かしている。



「こっちに来ちゃ駄目!私は大丈夫だから!」


 彼女と雪永の目が合う。




 ゆき、と呼ばれた彼女は心の底から雪永を嫌悪する目で雪永を完全な悪として見据えていた。




——ああ。と、雪永はズボンのポケットへ手を入れてその目を受け入れようとする。


俺は、「名前が似ているな」と自然に思ったけれど、彼女はそんな思いなんて感じていないのだろう。




 上司から圧を受けながらこんなにも仕事を頑張っている俺は悪なのかな?

よく知りもしない女の子から鋭い目を向けられ、悪い心しか持っていないとみなされている。

 悪人が、悪の心しか持っていないと本当に思っているのかな?


 悪の心って、何?他人を蹂躙したい欲とか、見下す唇とか、そういうことを行おうとする心のこと?

そんなん、みんな持ってるのにね。外面にそれがどれほど見えているかどうかで善悪が決まるなんて馬鹿らしい。



 この女の子は光が、きっと柔らかく温かい思いやりとかっていう気持ちが全てなんだろうな。前を向いて、笑い合って、それで。



「……っ、ははっ」


 雪永は片手で顔を隠して俯き、肩を震わせて笑った。


 根本の部分が、きっと違う。でも、だからってどうしてそんな目を向けられなきゃならない?本当、意味わかんないよ。




「ねえ、君」


「……な、何!あの子に手は出させない!私にだけ攻撃するなら」




「あと地球消滅まで5分きったらしいけど、こんなところで油を売ってていいの?」




 余裕のない彼女と目を合わせると、雪永は目を細めて笑った。


 その言葉か、その表情か、彼女は意外だというようにきょとん、とする。


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