第7話
駅前の広場や周辺では、警察官や救急隊員が駆け回る。だが、既に人の往来が始まり、次第に平常を取り戻しつつある。
僕と響子は、広場のベンチに座り、それを並んで眺めている。
「ねぇ、岸辺」
「ん?」
響子は、少しモジモジしている。
「その。ゴメンね」
「なにがさ」
「任務とはいえ、その、色々と、させちゃって」
「なに言ってンだよ。解決して良かったじゃん。お役に立てて、何よりだよ」
「だって。私が良くても――岸辺がそうだとは、限らないし」
「なに謝ること、あるのさ?」
響子は横に首を振る。
「だって。特に、その――」
いや。その先を言わせちゃダメだ。こんなので女の子を謝らせてはいけない。
「あのさ。俺、初めてだったんだけど。その。キス、とかさ。あ、でもね――」
響子は俯く。耳まで赤くなっている。
「俺――初めてが桜庭で、良かったと思ってる」
響子は、さらに俯く。その横顔が、さらに紅潮するのが分かる。
「私もよ――岸辺で良かった」
その言葉。嬉しかったし、何よりもホッとした。
ふたり並んで俯く。僕も響子に負けず、やはり耳まで赤くなっているはずだ。
僕は横目に、響子がチラリとこちらを見たのを感じる。
「岸辺。あのね」
「ん?」
僕が顔を向けると、響子は俯く。
「その。岸辺さえ、よければ、なんだけど――」
まさか。
この僕に。
響子に告白したい、この僕に。
だけど言葉にする勇気がない、この僕に。
故に『電心』に頼ろうにも、彼女はそれをせず道を塞がれていた、この僕に。
夢にすら思わなかった瞬間が訪れようとしている。
だけどね。
そうじゃないんだ。
「ごめん、桜庭」
「――え?」
響子は驚き、顔を上げる。
「今度の土曜日――海に行かない? ふたりでさ」
僕は深呼吸する。
「海でも見ながらさ。俺、桜庭に――伝えたいこと、あるんだよね」
僕らは、しばらく見つめ合う。そして響子は、含みのある微笑みを浮かべる。
「ね、岸辺。私も、『電心』――した方がいいかな?」
よかった。伝わっている。
「大丈夫。そんなの、いらない」
「どうして?」
はにかみながら、僕の顔を覗き込んでくる。
「今度は俺が、俺の言葉で――桜庭の心に、花を咲かせてみせる」
響子の顔が笑顔でほころぶ。
「期待して、いい?」
「が、頑張るよ」
僕たちは笑い合い、ふたり空を見上げる。
どちらからとなく指がふれ、どちらからとなく手を握る。
僕らが見る空は、夕日が赤く染めていたけれど。
僕たちの心の中では。
太陽で輝く、海の上。
夏の空が、青く――どこまでも広がっていた。
<了>
そして言葉は、君の心で花と咲く 速水俊二 @hr_sunfish
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