最終章 せんせー井森が異世界こわした―

 その後起こったことは、あまりにも目まぐるしく過ぎ去っていった。

まず、あれだけとんでもない事件であったにも関わらず、大したけがをした生徒がいなかったことだ。

もちろん打ち身や擦り傷を負った者は多数いたのだが、入院するほどの負傷のある者はでなかった。

その上、彼らは何が起こったかを一切記憶していなかった。

ただ、『だれかの声に操られた』とか『ダンスをみんなで踊っていた』とか、訳の分からないことを証言する生徒は何人かいた。

学校で起こったこれらの事件の顛末は、すべて新谷が起こしたこととして無理やり片付けられた。

彼の家からテロ行為を想定したと思しき計画書や、かなり危険な薬品類などが見つかったせいだ。

その上、女生徒たちの卑猥な写真なども多数見つかった。

もちろん、それだけでは説明のつかないことも多数あったのだが、『王国』だの『星』だのと言った単語の意味を、警察も調査委員会も理解することはできなかった。

ただ、全てを知るはずの当の本人からは、話を聞き出すのは不可能になっていた。

彼は命こそ助かったものの、まともに会話できる状態ではなかった。

新谷とともにいた、教師の逸見・幅、そして生徒二人は、警察を含め様々な者たちから尋問に近い質問攻めにあった。

だが彼らも、あくまで新谷の暴走に巻き込まれたとだけ証言し、共犯関係などを証明する証拠も出なかった。

ゆえに、警察関係者によりおぼろげながら出された結論は、こうだった。


新谷という教師がテロ計画を思い立ち、薬品などを用いて生徒たちをかく乱させた。

しかし薬の影響を免れた逸見に通報されそうになり、自暴自棄に陥った新谷が幅と生徒二人を道連れにして無理心中を図ろうとした。

だが逸見らに自殺を阻止され、薬の影響もあって精神が崩壊した。

この説は穴も多く、とうてい世間の人々を納得させられるものでもなかった。

当然のごとく、これらのニュースはテレビやネット上を駆け巡った。

学校や近所の家にレポーターが押し掛け、SNS上では当事者を名乗る者が、嘘とも誠ともつかない証言を残していった。

しかし、どれ一つとして事件の本質を付く情報は出ず、学校関係者や教育委員会は連日その対応にだけ追われていた。


やがて、世間の探求熱も冷め始め、彼らの関心が別の事件に目が移り始めた頃。

金森と晃(ひかる)は、逸見・幅と共に近所の公園へ来ていた。

公園といってもそこは慰霊碑があるのみで、休日といえど人っ子一人いない。

彼らはその公園の片隅にある、古びたベンチの上に座っていた。

木陰にあるその場所は、時折風が吹き抜けていく。

残暑厳しい今の時期でも、それなりに快適だ。

ほかの三人が見つめる中、晃は持ってきたカバンからあるものを取り出す。

「まずは、これをお返しします」

そう言って、晃は黒いノートを幅に差し出した。

しかし幅は、静かに頭を横に振る。

「そのノートは、もう私の物ではないわ。朝霧さん、どうするかはあなたが決めて」

晃は迷うように、逸見や井森の顔を見る。

彼らも幅と同意見だというように、ゆっくりと頷いた。

晃はノートを見つめ、親指をこめかみにあてがう。

そしてしばらく黙っていた後、おずおずとこう切り出した。

「やっぱり、これは私の手には余ります。というか、誰の手にも余ると思う。だから」

晃はそこまで言って、大きく息を吐きだした。

「燃やしてしまうべき、なのかなと」

彼女は不安そうにほかの三人を見渡した。

逸見は無言でうなずき、幅は優しく微笑む。

「あなたがそう望むのなら、母も反対しないと思うわ」

「……そうですか。ラケ、じゃない、金森君は?」

「君が決めたのなら、それでいいとも思う。なんとなくだけど、アキラもそうした方がいいと言ってる気がする」

金森の言葉に、晃は納得したように頷いた。

「満場一致だな。なら、これを使え」

そう言って、逸見はポケットからライターを取り出す。

ライターを見つめ、金森はぽつりと漏らした。

「先生。晃が言いださなくても、燃やすつもりだったんじゃないですか」

「違うし。たまたまだし」

子どものように言い訳をして、逸見は目をそらす

。晃は二人のやり取りに笑みを漏らし、だまってライターを受け取る。

そして周囲に草の生えていない更地にノートを置くと、ライターの火をつけた。

「では、行きますよ。心の準備はいいですか」

「おう」

「いつでも」

「だ、大丈夫」

ライターの火をそっと近づけると、すぐにノートに燃え移った。

ちらちらと燃える赤い火は、ノートを端の方から飲み込んでいき、少しずつ灰へと変えていく。

金森は、その様子を無言で見つめていた。

表紙が丸まり、鏡の部分が真っ黒に縮れ、ドラゴンのレリーフが溶けて地面に吸い込まれていく。

それは、時間にしてみればほんの数十秒のできことだったのだろう。

やがて、ノートは跡形もなく消え去り、後に残るのは白と黒の灰ばかりだ。

金森は知らず知らずのうちに息を止めていたらしく、やっとのことで大きく息を吐いた。

すると、晃が突然立ち上がった。

「あ、そうだ」

そう言うなり、晃はぱたぱたとベンチの方へ戻り、カバンから何かを取り出す。

彼女は小さな箱のようなものを二つ持って、こちらへ戻ってくる。

そのうちの一つを、金森に向かって突き出した。

「これは?」

「開けてみて」

晃にそう促され、金森は恐る恐る箱を受け取る。

掌に納まる程度の、真っ白な桐の箱だ。

ふたを開けてみると、中には綿が敷き詰められ、これまた小さい何かが収められていた。

小指の先ほどもなさそうなそれは、白く丸まっており、どこか『お守り』のペンダントに似ていた。

「お兄ちゃんよ」

晃の言葉に、金森を含めその場にいた者全員が目をむいた。

「え!?」

「正確には、お兄ちゃんののど仏の骨。それを半分にしたものなの。もう半分はこっち」

彼女はそう言って、もう一つの箱を開けて見せる。

そこには、金森が持っているものとよく似た小さな骨が収められていた。

ただ、色は少し煤けたように黒い。

「あの事件の後に、全部話して見つけてもらったの。叔母さんも叔父さんも、かなりショックを受けてた。でも、これでやっとお葬式を上げてあげられたから」

そう呟く彼女の顔には、疲労とも安心感ともとれる色が浮かんでいる。

きっと様々なことを聞かれたに違いない。

晃は自分の箱から黒い骨を取り出すと、金森に向けて見せる。

「私たちは、二つで一つ」

「あ……」

金森も慌てて、白い骨を取り出す。

二つの骨は、ぴったりと合わさった。

その時突風が吹いて、足元の灰をさらっていった。

灰は上空高く舞い上がり、きらりと日の光を反射する。

晃は骨を外すと、再び箱にしまった。

そし金井森の目を正面から見つめ、おずおずと尋ねる。

「これからも、友達でいてくれる?」

井森は彼女の瞳を見つめ返し、力強く微笑み返した。

「もちろん!」

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せんせー金森が異世界こわしたー〜バグと謎ミュージカルで異世界革命!?〜 供養 @shibainumochiko

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