苦味を堪えて
とある日の昼間ごろ、冒険者ギルドの酒場でメラニー、フラン、ジンキが卓を囲んでいた。
以前のような騒がしさはなく、冒険者としての今後の活動について話し合われていた。
「さて、先日私達は無事C級になる事ができました!」
そう切り出したのはメラニーだ。
いつもと違い、紅白入り混じる彼女の頭髪は整えられており、彼女の服装もオシャレを意識したものとなっている。
無論、冒険者として動きやすさを重視しているのでその範囲内ではあるが……。
しかし、以前のようなネタに走った物は自国に帰って以来着なくなっていた。
「次なる目標は当然、B級になるわけだけど……どうしよっか?」
そう首を傾げて問い掛けるメラニーに答えたのはフランである。
「どうしようって言っても方針は今まで通り変わらないのよね?」
コツコツと依頼をこなし、時には1つ上の依頼を受けていく形だ。
ジンキもまた「そうだよなぁ〜」と背もたれに寄りかかって言う。
「B級になるには条件じゃなくて試験だって言うし、試験を受けれるまでは今まで通りコツコツやっていくしかないだろ」
その通りである。
試験を受けると言っても、すぐには受けられない。試験を受けさせてもらえる土台を作らなければならないのだ。
これもまた信用の積み重ね。
うむ、とメラニーが2人に対して頷く。
「そこで、私達の現状を調べてきました! 街の人や冒険者など、いろんな人から話を聞いてきたよ。はい、拍手!」
「「わぁ〜……」」
パチパチと申し訳程度の拍手と歓声を送る2人。
メラニーはコホンとわざとらしい咳払いをした。
「私は欲張りさんなんだけど?」
言外に物足りないと言うメラニーにジンキとフランは呆れや感心を言葉に滲ませた。
「これを堂々と言えるの本当すごいよな」
「承認欲求じゃないのが厄介なのよね……」
「私は自分を安売りしない!」
話が脱線仕掛けたのでメラニーは再びコホンと咳払いをして、話を進める。
「ま、冗談は置いといて、これが今後の指針にもなるから良く聞いててね。まずはフランちゃん!」
「はい!」
メラニーは1枚の紙を取り出し、それを読み上げた。
★
冒険者評判聞き取り調査(フラン)
Q.あなたは冒険者のフランをどう思いますか?
A.
「実力については知らないけどあの子、可愛いよね。なんかこう、困らせたくなる感じがあるっていうか」
「きっと真面目で良い子なんだろうけどな。でも、やっぱり距離は置いた方が身の為なんじゃないかと思う」
「私は友達だと思っています。しかし、油断は絶対に許してはいけないのだと思い知りました」
総評
『可愛いけど気を許せない劇物爆弾魔』
★
フランは冷静だった。
ふぅ〜、と息を吐き出した。
「絶対にこの調査はタイミングを間違えている」
涙目になりながらもしかし、声を震わせる事なく言い切った。哀しみや切なさが伝わってしまうのは見逃してあげるべきである。
「この前の事件の影響が抜けてないよな……」
「私、何もしてないのにあの後、何故かみんなに恐怖の眼差しで見つめられたんだよ!?」
メラニーはうんうん、と同情するように肩をパンパンと叩く。
「フランちゃんにたくさんの友達なんて夢のまた夢って事だよね……」
「少なくとも道のりは険しいな……」
「だ、誰のせいだ……と?」
反論しようとして何故かフランは言葉が詰まる。
思わずハッとしてしまう。
思い返してみれば2人は何もしていないのでは?
しかし、しかしそれにしても、だ。
「原因がわからないわ……っ!」
頭を抱える他ないフランであった。
そんなフランの様子に2人はやれやれと肩を竦める。
「ま、こうしてても進まないので次へ行きます! まあ、私のなんだけど!」
メラニーは別の紙を取り出した。
★
冒険者評判聞き取り調査(メラニー)
Q.あなたは冒険者のメラニーをどう思いますか?
A.
「実力については知らないけどあの子、可愛いよね。なんかこう、どんなイタズラをされても許しちゃうというか」
「情報力っていう点ではきっと優れているだろうな。真似のできることじゃあない。ただ怒らせないようにはしておこうと思う」
「意外と可愛いところがあるんですよね。何を考えているのかわからない部分もありますけど面白い方だと思っています」
総評
『情報という観点では侮れない部分のある憎っくき悪魔』
★
「大分私達のイメージが固まってきてるね」
メラニーはあくまで冷静に結果を受け止めていた。特に不満はなさそうである。
「あんまり良いイメージではないよなぁ。ちなみにどうやって調べたんだ、これ?」
「あ、そうよね。自分では無理だものね」
真剣に調査書を見つめるメラニーに問い掛ける2人にメラニーは特に隠す気もなく答えた。
「え、依頼だよ? 特に手間のかかるものでもないし、依頼としても簡単で安く済むからね」
「ああ、なるほどなぁ」
納得しつつも、こんな調査をする冒険者も珍しいのではないだろうか、と思うジンキ。
実際、メラニーもまた依頼を出した時も少し驚かれていた。
調査の結果次第ではその後の冒険者としての活動にどう影響してくるかわからないものだ。
それはギルドが冒険者を内密に調査しているからこそわかるし、その情報は本人にすら晒される事はない。
だが、個人的に調べるのなら止める事はないのだろう。そこまでするのなら何があっても受け入れる自信があるということでもある。
あくまで自己責任という事だ。
「ほいほい、そんでは大取りを飾るのはジンキくんでございます!」
「まぁ、お前らの評判聞くと俺の方が多分良いだろうなぁ」
「自信満々だねぇ。どう思う、フランちゃん?」
「ジンキさん、落ち着いてよ。これはトリを飾るんじゃなくて、オチを担当するんだよ」
ジンキは愕然とした。
「いや、俺は大した失敗はしてないし大丈夫のはず、てかフランが無茶苦茶酷いこと言ってくる……」
「はいはい、ではこの調子に乗った烏さんを撃ち墜とす大任を果たすのが私でございます」
「くっ! コレが飛ぶ鳥を落とすという事か……」
「絶対に違うと思う」
メラニーは別の紙を手に取り読み上げた。
★
冒険者評判聞き取り調査(ジンキ)
Q.あなたは冒険者のジンキをどう思いますか?
A.
「ああ、なんか最近S級とよく一緒にいる奴か……。可愛い子を2人も侍らせててむかつくよね」
「ノリの良い奴だとは思う。だが個性って部分に限定するならS級が近くにいるからどうしても印象薄いんだよなぁ」
「はい、頑張っている、とは聞き及んでいます。アレで堅実で真面目なのは意外ではありますよね」
総評
『S級の腰巾着クソ地味野郎』
★
「誰だっ!! これ書いた奴! 今すぐ出てこい、ブチ殺してやるッ!!!!」
振り向けば凄くいい笑顔を浮かべていた。どこか空恐ろしいものを感じる。
だが、それは共感の笑顔だと察する。
思えば彼女も酷い言われようだった。
「まあまあ、安心してよ、ジンキくん。アソコを見て」
「え? ……あっ」
酒場の隅っこ。薄汚れていて、若干暗さも手伝いどこかジメッとしている。
ギルドの受付や酒場のマスターからは死角になっており、そこの様子は窺えないが、ジンキからはギリギリ視界に映った。
「ん゛ぅーッ!! ゔん゛ぅゔんッ!!」
見知らぬ冒険者の男が簀巻きにされて寝転がっていた。口も布で覆われており、思うように言葉を発することもできないでいた。
ジタバタと暴れて注目を一瞬浴びるが、近くにいる冒険者達はそれを見て見ぬ振りしてガタガタと震えていた。
ジンキは思った。
「ああ、
口にしていた。
床でジタバタしている男と目が合ってしまい。無視する事が出来なくなる。
あの目は本気である。本気で何かを語り掛けている。
フランは固まっており、しばらくは思考停止状態だろう。その為、ジンキは状況を整理する事にした。さっきあった怒りが収まったあたり、見せしめって大切なのだな、と思わないでもない。
「一応、確認なんだけど……アレが、そうなんだよな?」
「そうだよ。依頼もちゃんとやってくれたから最高評価にしてあげたし、文句はないんじゃないかな?」
メラニーの声のボリュームが簀巻きにされた冒険者にギリギリ聞こえる程度になっている。
ああ、見せしめはここかららしい……。
「ぅゔぅーんッ!! ん゛ん〜〜!!!!」
男は全身をジタバタさせて全力で抗議している。文句は大いにあるらしい。
「え、と。彼のあの状態は?」
「うん、あまりにも完璧に依頼を達成してくれたから報酬に色をつけたんだよ。現金は要らないから俺の趣味に付き合ってくれ〜って」
「なるほど。ドM、と」
ジンキはそう頷き、男へと再び顔を向ける。
「んぅゔ、んぅゔッ! ンァぅゔッ!?」
目を見開き全力で首を横に振っていた。そんな事実はないと訴えていた。
ジンキは気まずそうにチラリとメラニーへと視線を送りながら言葉を紡ぐ。
「首を振っているようだけど……」
「バカだなぁ。そんな恥ずかしい趣味を自分で言えるわけないじゃん!」
「お前が言っちゃ意味ないんじゃ?」
「これも羞恥プレイの一環なんだって」
「な、るほど」
ジンキはいろいろ考えを巡らせて、何を言うべきか迷い。最終的に無難にやり過ごす事に決めた。物凄い微妙な表情である。
「…………業の深い奴、なんだな」
「うんっ!!」
そんな訳ないだろう、と誰もが思った。しかし、清々しい笑みを浮かべるメラニーに誰も何も言わなかった。
「ん゛ぅーふぉーふぉ〜〜…………っ。うぇぉぉ〜〜……っ」
大の男が大泣きし始めた。
なんと惨い状況か。
そこにきてフランはようやく立ち直った。大泣きする男があまりにも哀れで悲惨だった故に。
「で、でも泣いてるじゃない!」
男は少し救われた気持ちになった。しかし……しかしだ。
そんなの返ってくる答えは一つしか無いではないか、とも思った。
ジンキは息を吐き出して天を仰ぐ。フランよ、トドメを刺してやるなよ、と。
メラニーは嬉しそうに笑みを浮かべる他ない。待ってましたとばかりにお約束を口にする。
「泣いて喜ぶなんてとんだ変態さんだよね?」
「……そ、そうね……趣味の否定は良くないわよね……」
ジンキとフランは擁護するのを諦めた。まぁ、自分も酷い言われようだったし……という言い訳を思い浮かべてそっと目を逸らした。
簀巻き男の啜り泣く声を近くで聞いていた冒険者は口惜しそうにテーブルを叩き付ける。
「クソッ! だから俺は言ったんだ。割りの良い依頼には裏があるって! それをアイツは……ッ」
「自業自得では?」
「アイツはちょっと口が悪いだけなんだよっ! そこが可愛いところでもある。根は真面目で良い奴なんだ。大体、それを言ったらあっちだって自業自得だろうがっ!」
自分の所業を思い返せばあんな結果になるのも当然ではないかっ! と男は吼えた。
対面にいた男も大いに同意したいところだ。
だが、彼は冷静だった。真剣な目つきで睨み返す。
「俺はそうは思わない!」
「え?」
「きっと彼は望んでああなったに違いないと思う!」
「お、お前なにい……もがっ!?」
「お兄さんはそれで良いの? 人として」
「…………」
お前が言うなとは思ったが今はそっと心で泣く事にした。
隅っこに2人の簀巻きの男がいた。
「ふぅ、さて! そろそろ本題に行こうか!」
「そ、そうだな」
「は、早く始めよっか!」
青い顔でジンキとフランは頷く。
ただ人ってあんな風に簀巻きにされるのか、と余計な知識が頭から離れない。
とはいえ真面目な話である。
「この調査書って役に立つか? 指針って言われてもな……」
「それが役に立っちゃうんだよ、ジンキさん」
そう言うとメラニーは3枚の紙をテーブルに置く。
「いい? 私達は名前だけは知れ渡ってる。顔と名前も一致してはいるんだよ」
「過程はどうあれ、そうよね……」
「過程はどうあれ、な」
苦い表情を浮かべるがメラニーは依然として真面目な表情だ。
「はい、無駄話しない。たしかにちょっとした悪名は轟いちゃったけど」
「「ちょっとした悪名……」」
「ともかく! それだけだって話。実力は誰も良くわかってないし信用する根拠も提示できてない。私達の事は誰も良くわからないんだよ。今は顔は覚えてもらえてて人柄がちょっと知れ渡った程度って事」
「まあ、それは確かに」
派手な立ち回りが多かった分それなりに目立っていたのは確かだろう。
それが良い意味にせよ悪い意味にせよ顔を覚えてもらえているのはアドバンテージとも言える。
しかし、それはそれとして、冒険者としての資質を問われれば皆んなが首を傾げるのだ。わからない、と。
「でしょ? だから私が言いたいのは次はなにをするべきかって事。今回の調査を元にしてね」
「それはわかるんだけどさ」
「それこそジンキくんが言ってたみたいに今まで通りコツコツと依頼を受けるしかないんじゃない?」
もっともな事を言うフランに対してメラニーはチッチッチッと指を左右に振る。
「それが思考停止って奴なんだよ。確かにそれもありだよ? C級になったからバンバン討伐依頼で実力も試せると思う。でもっ!」
バンッ! とテーブルを叩きメラニーは続ける。
「ジンキさんは腰巾着クソ地味野郎なの?」
「断じて違う」
「でも依頼だけやっててもその印象は拭えないんだよ。拭えてもかなり時間が掛かる」
「それは、確かに」
ジンキもまたメラニーの言い分に納得する。
そんな2人の傍らでフランは依頼が張り出されている掲示板を覗いていた。
そこで何故メラニーが今回の話を持ってきたのか合点がいく。
「そもそも討伐依頼がかなり減ってるのね」
「その通りっ!」
何故だろうか、とは思うもののカイルの弟であるカイト関連である可能性が高いだろう。
偶然で片付けるのはあまりにも楽観的だろう。
とはいえ、である。
「じゃあ、なにするんだよ?」
「そこで私から提案を1つ。本当はみんなで今度やるその魔物に関しての調査依頼を受けようかとも思ったんだけど……ジンキさんにはコレをやったらどうかなって」
「ん? 依頼、じゃないな……えー、と」
目の前に出された紙、何かの募集用紙だろう。ジンキはそれをまじまじと見つめる。
「『フェベレル特別戦闘訓練。実力を身に付けるチャンスを見逃すな』っねぇ……」
「メラニー、ジンキくんのテンションが明らかに下がってるんだけど」
「あはは〜……うん、乗り気にはならないだろうな、とは思ってた」
ジンキは少し険しい顔をして、しばらく考えてメラニーを見つめる。
その表情はどこか申し訳なさそうである。
「なんでコレを俺に?」
「主に見聞を広めるのに良いかなって。ほら、S級との模擬戦とか、なかなかできるものでもないし」
「それだって事足りてないか? 一応、カイルもいるし、メラニーとフランもいるし」
「うーん、カイルさんはちょっと特殊な一例だと思うんだよね。あまり参考にできないと思う。私達は私達で極端な部分はあると思うからさ」
指で顎を摘んで考え込みながら困ったように言うメラニーにジンキは少し不機嫌そうに視線を細めた。
「それさ、カイルが嫌いだから言ってるのか?」
「え、いや、違うよ」
「それに急にこんな戦闘訓練みたいなのを出してきて、俺にも不満があるってことか?」
「だから違うって」
「え、ちょ、2人とも?」
少しずつヒートアップしていく2人にフランは狼狽えて右往左往し始めた。剣呑な雰囲気が立ち込めていく。
「違くないだろ。俺は足手まといか? それに俺がこれやってる間、2人はなにするんだ?」
「さっき言った調査依頼のつもりだけど。ていうか話聞いてよ」
「ちゃんと聞いてるよ」
「私はジンキさんの為を思ってあくまで提案してるの。だから嫌なら断ってもいいよ? 3人で調査依頼に行けば良いし。その申し込みは明日までだから急な話ってのもあるしね。でも受けた方がいろいろと良い方向に変わると思うんだよ」
ガリガリと頭を掻いてジンキは溜息を吐く。
「俺が足を引っ張ってるなら正直にそう言えばいいだろ。力を付けてみんなに認められるようになりましょうって」
「はぁ? 全然わかってないじゃん」
「だいたい俺の為ってなんだよ。自分がやりたい放題したいだけ——」
——パンッ!
ジンキの言葉は突然の乾いた音と頬の痛みにより止められた。
シンッと静まり返るギルド内。
振り抜かれた自分の右手を見てメラニーはふと我に返った。しまったという表情をして目端に水滴が微かに溜まる。
「あ、いや、違くて。その、頭を冷やして欲しくて、えと、ごめん、なさい……」
焦りが言葉を詰まらせる。
ジンキはそっと席を立ち、どこか沈んだ表情でメラニーに答える。
「そう、だな。少し頭を冷やしてくるよ」
そのまま席を離れて建物から出た。
バタンと扉の閉まる音が響き渡ると、メラニーは椅子の背もたれにどかっと背を預ける。
上を向き、ポツリと。
「……言葉、ミスったかなぁ……」
軽い口調とは裏腹にその声音はどこまでも暗かった。
終始2人の争いを聞いていたフランはメラニーの呟きに答えず、ただただ困ったような笑みを浮かべた。
「2人はどうして器用なくせにこう不器用なんだろう。バーカ」
「…………屈辱ぅ〜」
「いつもの切れ味がないとただの負け惜しみよね」
メラニーはプイッとそっぽを向いた。
★
外を出たジンキは当て所もなく歩いていた。
気分が酷く落ち込んでいる時というのはなんでも悪い方向に捉えがちだ。
ダメな部分が見つかるとまるで全てがダメなような気さえしてくる。
しかし、今のジンキには関係のない事。
ジンキはジンキで反省していた。
「俺が勝手にコンプレックスに思ってるだけじゃんか……」
腰を落ち着けられる場所を見つけて座り、そう言葉を落とした。
力がないのは自分が1番自覚している部分だ。自覚していてどうにかしたいとも思っていた。
しかし、それを自覚していながら少しつつかれただけでこの体たらく。
これまた自分の弱さだろうか。
情けない、と恥じ入るばかり。
それからどれだけ同じ場所にいただろうか。
昼間にメラニーと喧嘩をして、今は陽も沈んでしまっている。今更、顔を合わせるのも気まずい。
そう思えば思う程、情けなくて不甲斐ない自分が恥ずかしい。
グゥ〜、と腹が空腹を訴える。
「腹減ったな……」
どうするか、と頭を悩ます。
そんなジンキに陽気な声がかけられる。
「よぉ色男、女に振られて落ち込んでるにしちゃあ。ちっとばかし深刻過ぎやしないか? この世の終わりと錯覚する程の顔してるぞ?」
「……カイルか」
「話ぐらい聞くぞ? まあ、そんな手形を顔につけてりゃ、俺が気になって眠れねぇな」
「…………」
そう言って笑うカイルにジンキはいい奴だと思うと同時に場違いにもまだ残ってたのかと頬を触る。
確かに痛かったな、と。メラニーの最後の表情が脳裏にチラついた。
2人は近くの酒場へと移動した。
★
話を聞いた、カイルは酒を一気に呷りカァッと余韻に浸ると豪快に笑った。
場所はギルドと併設されている酒場とは別の場所。
「ハッ、そら確かにダセェなぁ。カッコ悪ぃにも程がある」
「わかってたつもりだったんだけどなぁ」
「それにメラニーの言う通り、俺を参考にするのもお勧めしねぇよ」
「そっか……」
「ただ、いきなり戦闘訓練だなんだって言われても気持ちが追っつかないのもまあ、わかる」
だが、とカイルが続ける。
その厳しい顔つきはどこか責めているようにも見える。
「ちっと舐めちゃいねぇか? 相手はS級だぞ。性格も実力も一癖も二癖もある。大概の奴は容赦ねぇぞ。相手の事はわかるか?」
「ああ、確か……」
ジンキはその戦闘訓練を受け持つS級の名前を思い出す。
「〝タガク・カイショウ〟だったかな」
「それはまた……なるほどな」
「なんだよ?」
名前を聞き、カイルが納得の表情を浮かべる。当然、ジンキも気になってくる。
「【
「要領を得ないなぁ〜」
「説明されてわかるもんでもねぇよ。案外いい出会いでもあると思うけどな……。まあ、S級との戦闘訓練はメラニーにとっちゃついでだろうけどな」
「はぁ、結局なんもわからないままだし……。てか、メラニーの狙いってなんだよ?」
意味深な事を言って更にメラニーの狙いを察しているカイルにジンキは思うところがないでもない。だが、言ってもしょうがないのだと諦める。
結局は己の未熟さが原因なのだ。
問われたカイルは多分だが、と前置きをすると続けた。
「周りの印象を変えたいんだろ。その訓練はC級以下なら誰でも受けられるしな。集まる人も多い。最後まで残る奴がいるかは知らんが……」
「俺の印象を変える、ねぇ……」
「その為の前置きだったんじゃねぇのか? 大の男2人を簀巻きにまでしてよ」
アイツ、おもしれぇことするな、と笑うカイル。その場面を一目見たかったのかもしれない。
「……そう、かもな」
メラニーもいろいろ考えているというのはジンキも知っている。
しかし、どうも戦闘訓練というのが妙に引っ掛かる。くだらないプライドなのもわかるが、前向きに捉える事もできない。
そう黙り込んで考えるジンキにカイルは思い出したように提案する。
「そんなにその戦闘訓練が嫌ってんなら。俺と修行するか? 俺は明日からちっとばかし師匠と山籠りする予定でな」
「そっちの方が俺としてもいいな」
ジンキとしてもカイルの提案は願ったり叶ったりだった。
しかし、その選択をしたらしたでメラニーがどう思うのかがわからない。ジンキはメラニーがカイルの事を嫌っているのか、それとも好いているのかがよくわからないのだ。
とはいえ、どちらにしろここでカイルに付いていくのは心証が悪いのは間違いない。
「後で謝っとくか……」
ジンキは後から対処する事にしたようだ。
そうポツリと呟いた。
肉を口に含みながらそうだ、とカイルが何かを思い出したようにジンキに注意を促す。
口の中の物を先に飲み込み呼びかけた。
「俺は良いんだがよ。シェル爺、俺の師匠がなんて言うかわからねぇんだよなぁ。いろいろと偏屈だからな……」
「まあ、無理ならそれでいいけどな。てか、その師匠ってのは」
「んぁ、ああ、シェル爺って奴。前にカイトとの話にちょろっと出てきただろ」
「ああ、なるほど」
「親父の古い知り合いでな。名前はシェルロック・ノイヴェルト、ただの小うるさいクソジジイだよ」
そう口にしたカイルの表情には僅かな苦笑こそ浮かぶものの、そこに嫌味はなく悪い関係性でないことが示されていた。
それにしても、とカイルは冷や汗を流し始める。
「俺はタイミングがいいのか悪いのか……」
「……俺の知る限りでは過去を振り返っても良かった試しはない気がするけど」
「はは、違いねぇ……」
そこで酒場の入り口の扉が力強い音を立てて開かれた。
そこに立っていたの身長がメラニーより少しあるかどうかの年老いた禿頭の男だった。
細く鋭い視線を彷徨わせる様はどこか獲物を狙う獣を思わせる。本気で睨まれようものなら身動きを取るのも一苦労だろう。
顔は歳のせいもあり、深くシワが刻まれているがその行動の1つ1つ、その節々から伝わる力強さはまるで未だ衰えぬ生命力を感じさせる。
その顔つきはまさに頑固ジジイを思わせる。髭を多少生やしており、短く丁寧に整えられている。
そして最も大きい特徴はその背にある大きくゴツゴツとした岩のような甲羅である。
派手な登場に店内の注目を掻っ攫った老人はしばらく店内を睨み回し、ついにその鋭い眼光はカイルを捉えた。
「こんックッソ弟子がァッ! いきなりバックレたかと思えばこんな所で酒盛りか? 根性叩き直すべきかッ?」
とても怒っていらっしゃる。
その小さな体躯から発せられたとは思えない程の怒号が店内に轟いた。
「……修行から逃げてたのか?」
「いや、違う。行く前に一言ぐらい言っておこうと思ったんだ」
「それで一杯やって行こう、と」
「……おう」
怒鳴られて当然の所業だったのでジンキは擁護はしないと決めた。
顔を引き攣らせるカイルへと向かってシェルロックはズンズンと距離を縮める。
テーブルに並べられた肉や酒に視線を一瞬寄越し額に青筋が浮かぶ。
「俺との用事をすっぽかしておきながら随分とご機嫌な夜を過ごしてるじゃねェか。出来損ないの弟子がよォッ!」
「ま、待ってくれ、シェル爺。友人に一言ぐらいは言っておきたいだろ?」
「ハンッ、笑えねェ冗談を言いやがるッ! テメェに友人なんざ……? できちまったのか……」
言葉の途中でジンキに視線が向かい、続けられていた台詞が途切れる。
マジかよ、という表情が惜しげもなく晒される。
これに怒りを覚えるのは当然カイルだ。
「おいコラ、クソジジイッ! 俺に友人ができて何がおかしい!!」
胸ぐらを掴む勢いである。そこで彼の耳に啜り泣くような音が届く。
背後からだ。
「よ、よがっだな゛ぁ゛〜……っ!」
「お前は泣いてんじゃねぇよっ! 哀れむなクソったれ!」
ゼェゼェと興奮と疲労により肩で息をしだす。
とはいえシェルロックは話を逸らす気はない。
「それなら話はもう済んだろ。とっとと行くぞ、クソ弟子」
「あー、ちょっと待ってくれ」
早速、とばかりにカイルに移動するように言う。しかし、カイルはそれを呼び止めてジンキも連れて行けるか確認する。
「コイツ、ジンキって言うんだが、連れてってもいいか? 多分俺より筋はいいと思うぞ」
「あァ? オメェだけでも苦労してんだッ。良いわけねェだろうがよォ」
そう不機嫌そうに吐き捨てるとジンキに向き直り、マジマジと見つめた。
「ただまァ、ちっとだけ試してやる。今は無理だが、その内やってやらんでもねェ」
「ああ、お願いします」
「外、出ろ」
顎で外を示すとズンズンと歩き出す。
ジンキ達は会計を済ませると直ぐにシェルロックの下へと向かった。
遅い時間という事もあり、外は暗く、人通りは
準備、と言えるものは特にせず、ジンキとシェルロックは対面で向かい合う。
「オメェさん、ジンキと言ったか。早速始めさせてもらうぞ」
ジンキは頷き、構える。
その様子を見て、シェルロックは特に反応せず行動した。
水を
まるで自然と一体になったかのような錯覚を覚える。
風がジンキの頬を撫でる。
そして、シェルロックはついに一歩を踏み出した。音もなく、予備動作もなく、ジンキの懐へと入り込み、そのまま流れるように掌底を打つような動作へと移った。
しかし、手の形は依然として水を手に溜めるような状態のままだ。
身長と体勢故にその攻撃はジンキの腹部中央へと向かう。
いきなり攻撃されたジンキも驚きはしたがそれだけだった。
突如として襲ってきたその一撃はしかし、ジンキに余裕を持って対応させるには十分な速度であった。
シェルロックの攻撃は手首をガシッと掴まれる事でその速度を無くした。
こんなものか……、とジンキが落胆にも似た感情が込み上げ始めた瞬間。
「ぐっ!?」
ジンキは後方に吹き飛ばされ、背を壁へと打ち付けられる。
混乱して思考が状況に追いつかないながらもひとつだけわかったことがあった。
今の衝撃は強い風が一点に集中した突風による一撃だった。
それを理解した故にジンキは驚愕に身動きが取れず、壁にもたれかかったまま、シェルロックを見上げていた。
今の一連の動きに魔力が一切使われていなかったのだ。
ジンキの様子を
「たしかにいいモンを持ってるなァ。とびっきりの馬鹿だが感はいいらしい。テメェの信念も覚悟も矜持ってヤツももしかしたらあるんだろうよ。根性もあるのかもなァ……だが足りねェッ!」
いきなり何を言い出すのだろうか、とジンキは打ちつけた背を意識しながらもシェルロックから視線を外さない。
「最も必要なもんがねェんだ。それがなきゃテメェの持ってるソレはクソだ。こんな腑抜けがいたのかと笑えてくるぐらいだ」
「……じゃあ、なにが——」
「なにがねェッてか?」
ジンキはまるで頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けていた。急にここまで罵倒されるとは思っていなかった。一瞬、思考がフリーズし、しかし、沸々と怒りが込み上げてくるのを感じる。
苛立ちを隠さずにシェルロックを睨み返し、何かを言おうとしたがそれをより強い言葉で遮られた。
「わからねェだろうから言ってやる。〝自覚〟だ」
そう言われてもジンキには訳がわからなかった。しかし、それを気にすることもなくシェルロックはその勢いのまま
「強ェ自覚もなけりゃ弱ェ自覚もねェッ! テメェ自身すら持ってねぇ上に、テメェ自身をまるで知ってやしねェッ!」
そう吐き捨てると、折角だ、とジンキにいうとシェルロックは未だに地面に転がるジンキに近づき、胸ぐら掴んで引き寄せた。
「良いことを教えてやる。無知な奴は愚者だ。矜持のねェ奴は恥知らずだ。信念を持たねェ奴は一貫性に欠ける。覚悟がなけりゃ決断もできねェ。根性無しは嘘ばかりの卑怯者だァ。
一呼吸置き、目をギラつかせながら続ける。
「自覚のねェ奴はどうしようもねェ負け犬だから救えねェんだ。無茶ばかりするバカとは訳が違う。恥知らずだろうが卑怯者だろうが言い換えりゃ良い意味にもなるだろうよ。だが、負け犬は負け犬だ。それ以上でも以下でもねェ!」
言われっぱなしのジンキはなにを言い返せば良いのかわからず、口をもどかしそうに動かし、だがなにも思いつかず反射的に言葉を捻り出した。
その声に力はなかった。
「お前に、俺のなにがわかるんだよ……」
答えはボールを壁に強く打ちつけたかのように速く跳ね返ってきた。
「わかるさ。その理不尽を見る目を見りゃわかる。自信のねェ立ち方を見りゃわかる。オメェさんは勇敢でも臆病でもねェ。ただ流されて振り回されて甘えてるだけだ。こんな楽なことはねぇよなァ? ただその場でそれらしいことをしてりゃ良いんだからよォッ! だから——」
また止まらなくなりそうになったシェルロックだったが、彼の肩に手が置かれた。
「なんだクソ弟子」
視線を向けられ、カイルは肩を竦める。
「ああ、なんだ。さすがに目の前で友人をボロクソ言われるのは、ちょっとな。もう移動すんだろ?」
「……ハンッ! まあいい。ただ忘れるんじゃねェ。今のままじゃオメェさんは、ダメだってこったッ!」
そう言って掴んでいた胸ぐらを突き放すように放ると背を向けた。速くしろとカイルを急かす音がジンキの視界の外から聞こえるだけだった。
「…………」
暗い空を見上げる友人をチラリと視界に収め、カイルはシェルロックを追う。今は放っておくのが良いだろう、と。
「……」
今のままじゃダメなのはわかっている。……少なくともわかっているつもりである。
まったく笑えてくる。
無性に怒りが込み上げてくる。
空は滲むように歪み、しかし、顔が濡れなかったのは情けなくも心に残った僅かな意地の所為だろう。
本当に笑えてくる。
「厄日かよ……」
震えた声に応えるものはいない。
酒場は遠く、周りに人の気配はない。
「なにやってんだ、俺は……」
あれだけ言われて、自分でも思わず納得してしまったと言うのに。
未だ悔しさを感じる。
嗚呼、本当に。
「……
そう皮肉りながら自虐で自身を慰め、自嘲の笑みを浮かべる。
ジンキは1人硬い地面に横たわったまま、濡れた空を見上げた。
ボヤけた星の光は優しく、青い月は滲んでも尚、強く主張した。
それは今のジンキには綺麗で眩しすぎて、目を細めたくなるほどで、今にも零れ落ちそうな雫を食い止めるには少し邪魔だった。
行動派愚王の理想論 河栗 凱浬 @kawakuri
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