策士策に溺れる
何事にも順序というものがある。
いや、必要なのであろう。それが情緒というものだ。
学校などのお約束で、校長の話が冗長に冗漫に流れればようやく終わりが近づいたのだ、と気付けるように。頭で理解し、心に準備をさせる余裕が必要だ。
ゆとりを持とうという話である。
でなければ人は混乱する。
戸惑ってしまう。何があったのかと心配になってしまう。
現在のジンキとカイルのように……。
「お、おい、ジンキ。メラニーに一体何があったんだ……!?」
「わからない。少し前に里帰りして戻ってきたらああなってたんだよ。……お、俺、その時、初めてあいつのあんな姿を見て……今もそれが続いてて……」
「おい泣くなよ、ジンキ……」
場所は冒険者ギルドの酒場。
ジンキ、フラン、メラニー、カイルがテーブルに掛けており、メラニーが少し席を外し、セイリンと会話をしている時に囁かれた会話だ。
フランははぁ、とバカな会話に溜息を溢す。
「そんな不思議なものでもないでしょ。あれが本来のメラニーなんだし」
なんだか尖った言い方をするフランにジンキは気になって声を掛けた。
「フランもなんか不機嫌そうだし、マジでどうしたよ」
「なんでもないよ。いつかなんとかしようと思ってた事が不本意な形で解決してただけ……」
「……なんかよくわからないけど、フランはいつも不本意な状況に陥ってるよな」
「誰のせいだと思ってるのかなっ!?」
「みんな」
「うぅ……どうして……。でも違うの。これはプライドの問題なの。私が1番近くにいたはずだから」
少し沈んだ表情になるフランにジンキは少し困惑し、側にいたカイルは苦笑を浮かべて頬ぽりぽりと掻いた。
「そこまで深刻そうにする必要あるか? だってよ……」
そう言って何やら依頼を覗き込んでいるメラニーへと視線を移す。
「アイツが普通の服を着るようになっただけだろ?」
ジンキもまたカイルに「だよな?」と同意を示した。
そうメラニーが普通の服。と言っても装備としての服だが、ともかくネタではない服を着ていたのだ。
文字が書かれていない。
それがここ最近、冒険者ギルドに動揺をもたらしている。
とはいえそれだけのことである。
フランは苦笑を浮かべた。
「そうだけど、そうじゃないというか……。まあ、いいか」
「フランちゃんはいつも難しく考えすぎなんだよ」
フランの背後からメラニーがそう語り掛ける。
頬をツンツンむにむにといじくりまくる。
いつの間に、とは思ったがフランはされるがままでいた。
「考えなしよりはいいでしょ……」
「…………ごめんフランちゃん、誰をディスってるの? 思い当たる人が多すぎてわからないや」
「こいつ申し訳なさそうにしながらちゃんとこっちに飛び火させやがった!」
「おや? 心当たりがおありで?」
しれっと辛辣な事を言うメラニーにジンキは思わず戦慄いた。カイルもまた「やたらと煽るじゃねぇか」と苦笑を溢す。
「も、もう! 別に悪口とか言ってないから!」
「「は?」」
「え、や、あのなんでもないです。はい……」
私、変なこと言ったかな? という雰囲気が周りを侵食している。
少し思うところがあったのかカイルはそれを口にした。
「フラン、お前弱すぎねぇか? もっと立ち向かえばいいのに」
至極もっともである。フランはいつも殴られるだけ殴られて反撃がないか極端に弱いのどっちかだ。
「無理……」
しかし、フランにも言い分はある。
キッとカイルを睨みつける。凄みは全く感じられない。
「ルンルン気分でドアを軽くノックしたのに扉を開けたら完全武装で出迎えてくる相手にどうしろっていうのっ!?」
「お、おう……」
「でも、私は諦めないわっ! ちゃんとみんなと仲良くなってこのポジションからの脱却を図るのよっ!」
妙な所でめげないフランである。
そのままフランは立ち上がり御手洗いに行く。変なやる気スイッチを押してしまったか? とカイルは少し困惑していた。
とはいえ、だ。フランもフランだがこっちもこっちである。
「んで、お前らはどうしてあんなキツく当たるんだ? いや、もちろんそれなりの信頼関係の上で成り立ってるんだろうが、気になってな……」
別にフランを虐めてるわけではない。
そのグループのコミュニケーションの内だという事もあるだろう。ちゃんとした線引きは互いに理解している筈だ。
その疑問にメラニーとジンキは揃って答えた。
「「
「は? そりゃまた、わからねぇな……」
あまりにも簡素で理不尽な答えにカイルは理解に苦しんでいた。
しかし、ジンキ達にも事情というものがある。
「いいか、カイル良く聞け」
「お、おう」
「フランはな。1番油断しちゃいけない相手だぞ」
「お前らの中じゃ1番無害そうなんだが?」
カイルのもっともな返事にメラニーは肩を竦めて頭を横に振る。
「わかってないなぁ〜、カイルさんは」
「実際そうだろ」
「まあ、言いたい事もわからないでもないよ? でもね、さっきのフランちゃんの喩えになぞらえるなら、フランちゃんはたしかに軽く扉をノックしてくるよ」
「それで?」
「だけどたまに、本当にたまになんだけどフランちゃんは笑顔で爆弾を抱えてくるんだよ。爆弾だからさ、完全武装したところで意味はないけど、せめてもの悪あがきなの。悪気はないのは勿論わかるんだよ? 身から出た錆なのも、ね」
「結局、自業自得なのかよ」
「だから腹癒せだって言ってるんだよ」
「まあ、メラニー。時期にカイルも思い知るよ。きっとな」
2人してうんうんと頷くのを眺めながらやはり要領を得ない様子のカイル。
あ、とメラニーは思い出したように口を開く。どこか楽しげである。
「でも、私ぐらいになってくるとその爆弾に対処できるようになるんだよねっ!」
「お、お前、どうやって……っ?」
「ふふん。爆弾は予測できないから厄介なんだよ。それならどうするか、それは……予測できるようにすれば良い」
「ま、まさか!?」
メラニーはそう、と深く頷き、ニヤリと笑った。
「爆弾を仕掛けた。今のフランちゃんはちょっとした事で爆発するはず」
「まったく、無茶しやがって……」
カイルはただただ呆れた視線を2人に注いでいた。
周りにいた冒険者達も何言ってんだかといった様子だ。
そんな中、フランは喧騒の中へと再び戻ってきた。
「ん……?」
自然と視線が集まり何事かとは思うものの、一瞬だった為かそれを気にした様子はない。
偶然、注目を集めるような音を立ててしまったのだろう、と納得した。
彼女はジンキ達の下へと戻るのではなく受付嬢であるセイリンの方向へと歩みを進めていた。
その様子をジンキ達は見ていた。
「特段変わった様子はなさそうなんだがなぁ」
「せっかちだなぁ、カイルは。今日起爆するとは限らないだろ」
「それもそうか……」
2人がそう話す中、メラニーはフランの進行方向をチラリと確認すると。
「うーん、案外タイムリーな話だったかもねぇ〜」
その時、フランは話しかけられた。
「よぉ、フランちゃん! 調子どうよ?」
その冒険者の男はテーブルに肩肘をつきフランに陽気に話しかけていた。
反対側には冒険者であろう女性もいる。
仲間であると同時にそれ以上の関係でもある。
「あ、フレックさん! 変わらずだよ。フレックさんこそ今日もアツアツだね」
「当たり前だろ? シェリーは俺の大事な女だ。手放すわけないだろう?」
「もう、フレックたら……」
そう言って手を握るフレックにシェリーは優しげに顔を緩めた。
フランは一体何を見せられているんだろうという気になってくる。
邪魔しても悪いのでフランは手早く退散する事にした。
「まったく、人を呼び止めといてそれはやめてよ。メルカさんとチマさんの事もちゃんと構ってあげてね。2人ともフレックさんの事大好きって言ってたからね。男の甲斐性って奴だよ!」
そう言って立ち去った。
「……お、おう。そう、だな……」
「……ねぇ、フレック」
「はい、シェリーさん」
ギリギリと手を強く握り締められ少し痛いフレック。周りの冒険者の驚きと嫉妬の視線もまた痛い事になっている。
逃げ道はないらしい。
「私だけだって言ってなかった?」
「……言っただろう事は限りなく事実に近いという事は間違いないかもと思わないでもない事もない」
「言ったわよね?」
「うん」
以降、しばらく痴話喧嘩が続いていた。
「ボンッ! コレは特大連鎖の予感!」
何やら変な事を言っていたメラニーをよそにジンキはカイルに問い掛ける。
「この国って重婚ありなんだよな?」
「ああ、あり、だが……アイツの場合はシェリーがとんでもない独占欲があるらしくてな。そういうのは許さないらしい」
「……友達いないのになんで知ってるの?」
「この前仲間内で愚痴ってたのを聞いた事がある……後でぶっ飛ばすからな」
「なるほどな。……セイリンさんにいろいろ吹き込むぞ」
「…………」
カイルは青筋を浮き上がらせながら沈黙を選んだ。賢明な判断である。
引き続きフランの動向を見守る一同。
「あ、スルイさん。そういえばこの前見つけましたよ、あの独創的な魚の彫刻」
「へ? えっ、あ、ありがと、な?」
今度はフランから話しかけた。冒険者仲間と飲んでいたスルイは彫刻と言われ動揺する。
「彫刻って?」
共に飲んでいた1人が疑問に思い、口にする。スルイは何か言おうとしたが咄嗟に言葉が出てこず、フランに先を越される。
「なんでも断捨離を行ったそうなんですが……なんでも急に必要になったって」
「へぇ〜……」
フランの説明にその冒険者はスルイに鋭い視線を向けた。
フランは用事を済ませたので再び受付の方へと向かった。
「そういや、お前の家に行く用事があったよな……魚の彫刻って俺があげたやつか」
「い、いや、あ、えと……。あんな彫刻いらねぇだろ!?」
「開き直りやがったなこの野郎。俺が丹精込めて作った『シュレディちゃんの優雅な時間』をよくもッ!!」
「お前の芸術センスとか知らねぇよッ!?」
その後も浮気やヘソクリの発覚、借金や意外な趣味までがフランの突き進む道で露呈していく。メラニーのワクワクが止まらない。
冗談半分に笑っていた冒険者や一般の客までもが顔を強張らせる。
そして、フランはついにセイリンのいる受付へと辿り着いた。
一部始終を見ていた彼女は深呼吸をしていた。大丈夫であると自分に言い聞かせる。
「私達は友達。そう、ひどい事なんて起きないはずよ……」
「せ、セイリンさん、大丈夫ですか?」
「も、勿論ですよ。私達は友達ですから、なにも不安なんてあるはずがないじゃないですか。ふふふ……」
「そ、そうですか? え、セイリンさん、震え、てる……?」
セイリンの精神状態が深刻な事になっていた。
メラニーは痛ましそうに首を振る。
「フランちゃんは知らぬ間に人の弱みを握ってタイミング悪く晒しちゃうんだよ。本人に悪気はないし、なんなら秘密にするような弱みかは本人意外にわかりようがないものばかり……」
「ああ、そして全部自分の身から出た錆だから責めるに責められない。歯向かってなにが返ってくるかもわからない恐ろしさがある」
「だから腹立たしいんだけどね!」
「八つ当たり上等だよな!」
一応、優しさの篭った八つ当たりである。
そこでこれ以上は見ていられない、と立ち上がったのがカイルである。
「畜生ッ! 俺がセイリンちゃんを守らねぇと!」
「止めろっ、カイル!! ただでさえお前は弱点だらけなんだぞっ!!」
「うるせぇっ!! 女1人守れねぇでどうする!」
ジンキの制止の声を振り切ってカイルは走り出した。
カイルはすかさず2人の間に割り込む。
「離れろこの爆弾魔! テメェにはセイリンちゃんに指一本触れさせねえからな!!」
「ひ、ひどいっ!?」
「カイルさん……」
まさに危機一髪の所を救われたような表情をするセイリン。カイルもまた久々にいい所を見せられたと満足気に笑みを浮かべた。
「お前はやり過ぎたんだ、今日は一旦帰ってくれ!」
「意味がわかんないよ! ていうかまだ帰れないから。いったいいつになったら私のパンツを返してくれるのよっ!?」
ピシリと時間が静止しカイルの笑顔にヒビが入った。
セイリンさんの表情は極寒である。
「あの、あまり近づかないでもらえますか? 臭いが移るので……」
「に、におぃ……」
カウンターの向こう側から更に距離を取られた。
ここに来て初めてカイルは己の失態に気が付いた。
フランと関わればどんどん爆弾を投げられる。しかし、あのままジッと座っていれば今の惨めさはなかったはず。
だが、今では後の祭りである。
つまり、もう後に引けないのである。
決然とした表情でフランに視線を叩き付けた。
「あの、バカ……ッ!」
ジンキは天を見上げた。
カイルの決意を理解してしまった。
ここでなんとかしなければならない。……ならないのだが、その選択は悪手であった。
「ま、待ってくれ! 俺は無実だっ! 俺はアイツに興味はないんだ。アイツのパンツなんて——」
「奪ったじゃないっ! あの夜に私を退いて奪ったじゃない! 嫌だったのにあんな無理矢理……」
「ちがっ……」
誤解ではないが語弊が誤解を呼び、真実を間違った方向に歪め深める悪循環。
周りの反応が厳しいものへと変わっていく。
「マジかよ、最低だな」
「女の敵よ」
「参考までにそのパンツの詳細を伺っても?」
珍しくみんなが自分の味方をしてくれている事にフランは若干嬉しそうである。
メラニーはぎこちなくあはは、と笑う。
「こういう時のフランちゃんはかなり手強いからねぇ〜」
「俺は止めたのに……」
悔しそうに拳を叩きつけるジンキ。
メラニーは気合いを入れるように手を叩くとそのまま立ち上がる。
「さて、面白い事態になってきたしそろそろ私も参戦しようかなっ」
「お、お前まで……」
「大丈夫だって! 言ったでしょ? 私が爆弾を仕掛けたんだよ。何が爆発するかわかってればその対処法もバッチリできる。私の勇姿を見ててよ、ジンキくん」
「……わかったよ。ったく、どいつもこいつも無茶しやがって」
まるで最終決戦であるかのようにメラニーは一歩を踏み出した。
味方がたくさんいる! と喜んでいるフランにそっと近づき、肩をポンッと叩き声を掛ける。
「そこまでにしときなよ、フランちゃん」
「あ、メラニー!」
フランは嬉しそうに顔を綻ばせた。
いつだか以上にボロボロになっているカイルを一度見て、若干憐みを感じられないでもない。
そんなことよりも目の前の危険人物からだ、とメラニーは気を引き締める。
「メラニー見て! ついに私にもこんなに味方が、友達ができたわよ!」
「え、うん。良かったね?」
何やら可哀想な事を言っているフランに思う所がないわけではないメラニー。
嗚呼、可愛くて可哀想なフランちゃん、ごめんなさい、と。
フランは感謝の念を視線に込めてメラニーへと微笑んだ。それと同時にメラニーも来たか、と身構える。
「それもこれも全部メラニーのおかげよ」
「役立ったようでなによりだよ」
近くにいた冒険者が首を傾げた。
「なあ、フランちゃん。メラニーのお陰ってどういうことなんだ?」
「うん。前にどうしたらたくさん友達ができるのかなって聞いたら」
「そんな哀しい質問を……」
「も、もう、茶化さないでよ。それでメラニーが『みんなにバンバン話しかけてあげてよ。可愛い子に話しかけられて嫌な人は居ないんだから』って」
そこで皆が確かに嫌ではないと頷く。そして、おや? と首を傾げる。
「それで最近いろんな奴に話しかけてたん、だな……」
「やっぱりいろんな人がいると新鮮ね! いろいろ詳しくなったわ。みんな沢山いろいろ
「そ、そっか……」
酒場が騒ついた。
「な、何故だ……。フランちゃんは確かに趣味って言ったはずなのに……」
「お、お前もか!? お前も弱みって意味に捉えたのか!?」
「あれ、そういやあの時フランちゃんがいたような……。まさか、見られて、いた……?」
ガタガタ震えている者が続出していた。
マスターの持つカップがガタガタ震え、そこに注がれているコーヒーもまた垂れ流しである。2つの要因でコーヒーが溢れている。飛び跳ねている。
マスターにも心当たりがいくつか思い当たっているようだ。そんな絶望的な表情をしている。
そして、皆が1人の人物を見つめた、メラニーである。
「えへへ……っ」
「「「「コイツ、確信犯だっ!?」」」」
ここでフランを追い詰めれば間違いなくカイルの二の舞である。それは避けるべき事態なのでこの事件の黒幕を追うほかない。
当然メラニーは逃げた。
ここで逃がすという選択肢は彼らにはない。数も手伝いすぐに壁際に追い詰められる。
「追い詰めたぜ、コラ」
「そんなわけないでしょ。私はね、これを予見してみんなの弱点を調べてきたの。私の情報力を舐めない方がいいよ?」
皆が悔しそうに押し黙った。嘘かどうかがわからない。
そこであの男が立ち上がった。
「怯むな! 調べたと言っても限界があるはずだ。全員はまだのはず。押し切るぞ!」
「カイルさん、あなたボロボロじゃない……っ!」
「うるっせんだよ! 俺にはもう失うものは無い。お前には俺を止められない!」
メラニーはニヤリとほくそ笑んだ。
「『嗚呼、君は花の様だ』」
ピクリとカイルが反応した。
「『強い生命力は心。儚い花弁の美しさはまるで君の笑み』……続きが聞きたい?」
「貴様っ!? ……それ以上はやめてくれ」
「うーん……じゃあ、私を守って♡」
カイルはメラニーの目の前まで歩みを進め、決然とした目で振り返った。
「イェス、マム」
「こいつ寝返りやがった! 失うモノは無かったんじゃ無いのかよ!」
「すまん、どうやら俺にも守るべき者が残っていたらしい」
「カッコよくねぇよ!」
これはまずい。
皆が思った。
メラニーに一矢報いたいしかし、相手はS級を味方に付けた。
せめて、高ランク冒険者がいてくれれば……っ!
そこで救いの声が掛けられた。
「面白ぇことになってるじゃねぇか、オイッ」
「あらぁ? 随分と楽しそうねぇ〜。混ぜてもらおうかしらぁ?」
「「「「ワルドさん! シーラさん!」」」」
メラニーは目を細めた。
「みんなの希望を打ち砕くのが私は大好きなんだよねっ!」
「最低なんだよなぁ……」
メラニーの一言にワルドが鼻で笑った。
「ハッ! 言ってくれる。最近、フランの嬢ちゃんに話しかけられると思ってたんだ。何があるかわからねぇ。ここで潰させてもらうぞっ!」
「やる気だねっ! ワルドさん!」
「テメェこそ余裕じゃねぇか。オレに勝とうってか?」
メラニーは肩を竦めた。
まるで手心を加えていたのにバカな奴だ、と言っているかの如く。
溜息を吐き出して、一言。
「赤ちゃんプレイ……」
「テメェらっ!! ここから先はオレが1歩も通させやしねっぞ!」
「身代わりが速過ぎるっ!?」
カイルは隣の共闘者に語り掛ける。
「ワルドのオッサン。アンタ何してんだよ……。てかそれバレたんなら失うモノは無いんじゃ……」
「テメェにゃわかんだろ。A級にもなると付き合いってモンができる。嬢ちゃんにアレがバレてんならまだまだ出てくるってこった」
「なんて恥ずかしい奴なんだ……。印象変わるぜ」
「オメェさんに言われたかねぇよ!」
敵が増えてどよめきが走る。
シーラは呆れていた。
「まったくみんな幼稚ねぇ〜。私には恥ずかしいモノなんてないから通用しないわよぉ?」
「へぇ?」
「それとも私の事もちゃんと調べてくれたのかしらぁ?」
「私がっ! あなたを調べないわけないでしょ!!」
シーラは大きい胸を強く睨まれた。
すぐに両腕と身体を使って隠す。
「そ、そう、かもしれないわねぇ〜」
何はともあれ妙な納得はあった。
★
とある日の事。
「なぁ、アミル。ちょっと聞きたいんだが」
「ん? なに、マウリナ」
「いやな、この前メラニーが自分よりも大きい胸の奴を目の敵にしてたんだけどよ」
「ん、それが、どうか、した?」
「アイツ、自分の容姿に満足してるし、自信たっぷりなのになんでかなって思って」
「ああ……なんで、私に?」
「ヒュールが快く教えてくれるはずだって言ってた」
「…………まあ、うん。それと、コレは、別」
「別というと?」
「めらにんは、悔しくない、訳ではないの」
「? でも巨乳になりたいわけじゃないんだろ?」
「ん、めらにんと、巨乳。2人に、共通点が、ある」
「どんな?」
「一紀様の、顔面に。胸、押しつけた」
「……答えがとんでもなくアホらしいのがわかった」
「ん、無反応、だった、て。めらにんは、悔しくて、虚しくて、八つ当たり、したいって♪」
「友人の不幸をこうも嬉しそうに語る奴がいるんだなぁ……」
「それ、でも、仕事は、減らない。哀しい……」
それはとある日の休憩時間での会話であった。
★
メラニーはおもむろに懐から1つの絵を取り出し、全員に見せつけた。
「ぶふっ!?」
「どうしたのかな? 魔女っ娘シーラちゃん?」
そこには今のシーラの美魔女スタイルではなくヒラヒラ、キャピキャピとしたシーラの姿である。魔法少女要素がかなり濃い。
「な、なるほど、ねぇ。確かに良く調べてるわねぇ。でも私はぁ、それだけじゃ、寝返らないわぁ……」
周りからおお! という感動の声が上がった。
プルプルしている時点で色々と限界が近いのは確かであるが快挙であった。
たとえちょいちょいシーラの耳元に……。
「俺はアリだぞ、シーラちゃん」
「結構似合うな、シーラちゃん」
「シーラちゃん可愛い……」
と聞こえてこようとシーラは耐える。シーラさん呼びがシーラちゃん呼びになったのも気にしない。今すぐ「黙らっしゃいっ!」と叫びたいがその気力はまだない。
半ばヤケクソである。
メラニーは意地悪く笑う。
「ヘェ〜? 耐えたんだ? ご褒美にこの情報だけはシーラちゃんの耳元で囁いてあげるね?」
軽やかな足取りでシーラに近づく。顔は「ほら、私優しいからさ」と嫌らしく笑っている。
「と、その前に今、27歳だったんだっけ?」
「……ええ、そうよ」
「なるほどぉ。私、シーラちゃんには優しくできる気がするよ」
そっと顔を耳元に近づけて、口を開く。
「処女」
「さあって。誰からかかってくるのかしらぁ!? この子は私がぁ、守るわぁっ!!」
メラニーの無双が止まらなかった。
シーラの陥落に誰もが涙した。あんなシーラちゃんは見たことがない、と。
全員が自分の不甲斐なさに歯を食い縛る。
「ちっきしょぉ〜……。振り上げた拳を地面に叩き付ける他ないってのかっ!?」
「い、嫌だ、死にたくない! ここでアイツに歯向かったら恥部を晒される。今なかったとしても後で調べられるんだ……」
「悪魔だ。アイツは悪魔なんだよ!!」
「勇者は、悪魔を止められる勇者はいないのか!?」
阿鼻叫喚に包まれる中メラニーの高笑いが止まらない。
しかし、彼女も調子に乗り過ぎた。
ちょいちょい酷い扱いをされていたフランが少し怒っていた。
珍しく自分に優しくしてくれたメラニーが悪く言われるのはなんだか許せなかった。
「もう、みんな悪魔だなんてメラニーに悪いじゃない」
「あ゛っ゛!」
ここで初めてメラニーの表情に亀裂が入った。経験則である。
冒険者達はこの機を見逃さなかった。全力でフランに話の先を促す。
「だってメラニーは大好きな人の為にすごく必死になれるとっても可愛い女の子なんだから」
そんな事でメラニーが止まるわけないだろ、という雰囲気が漂う。
それと同時にあのメラニーがそんな殊勝な奴かぁ? という疑問もあった。
しかし、忘れてはならないフランの言う事は間違ってはいないし、彼女の言う事は他人がどう思おうと本人にはクリティカルである。
「は、はぁ〜? そんなわけないでしょ。何言ってんの、フランちゃん」
顔を耳の端まで真っ赤に染めるが口では気丈な振る舞いだ。
「ね? 強がりなメラニーも素敵でしょ?」
「は、な、何言ってんの、かなぁ、フランちゃんは。き、今日はもう満足したから帰ります。特別に今日みんなを見逃して上げる。うん……それだけ」
キビキビと出口へと向かうメラニー。
「てか、大好きな人って誰だよ?」
ビクッと肩を震わせる。
「アイツ何かに必死になってたか? 精々が俺らの情報集めじゃないか?」
「なるほど、その中にいる可能性があるな……」
「まぁ……情報を手に入れる難易度的にもまぁ……」
『俺だろうがな……』
……………………。
『あ゛ぁ゛ん゛?』
冒険者間でしばらく揉めた。
ジンキは深刻な表情で考えていた。
「まさか……カイル、なのか?」
今まで空気に徹していたおかげか被害はゼロに抑えられたが、心的ダメージが大変な事になっていた。
そんなジンキにカイルが近いていく。
「しっかし、アイツ本当に可愛いところがあったんだな……」
「うるせぇ、ぶちのめすぞ、コラ」
「俺、お前がわかんねぇよ……」
そこでバタンッと扉が閉められメラニーはそこに背を預ける。
ふぅ〜と一息つくと不機嫌そうに口を尖らす。頬はまだ赤い。
「ほんっと……あほばっかっ」
力ない声は喧騒に消えていった。
「?」
帰路に就くメラニーにメッセージの受信が知らされた。ドキリ、としながらも人目のないところに行き、確認する。
「——〜〜〜〜〜〜ッ! ばっ、ばか! ばーーか! くぅ〜、やられた〜!」
素早くマナフォンをしまうと悔しそうに歩き出した。
一紀様『お前の勇姿はしかと見たゼッ!d(^_^o)』
何はともあれ、とりあえずジンキは煽っておいた。
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