第4話 差別

 ビラ配りは三時間ほどで無事に終わった。ビラの三分の一も消化しないうちに矢場が引き上げを提案したのだ。


「ドラマが始まるから」


 ふざけた理由だった。こいつらもう趣味レベルじゃないか。


    ◆◇◆◇◆◇◆◇


 事務所に戻ると、二人は真っ先にソファーに向かい、テレビをつける。


「うおー、始まりましたよ、『華ばかりの僕達は』。やっぱり皆美男美女ですねー。ナチュラルなんすかね」


 樺地はソファーの上に胡座をかいて矢場に言う。ナチュラルとは非整形の美男美女のことだ。ちなみに整形済みの美男美女はメイク、非整形で非美男美女はアンメイクという。


「あー、何か全員ナチュラルらしいぞ。監督のこだわりだと」


「悲しい話ですねぇ」


 そう言って二人は笑った。何かその陽気さが俺の嫌気を誘う。


「そういえば、アンメイクの差別の話、何だったんですか、あれ」


 俺は嫌気ついでに矢場に訊いた。矢場は欠伸をしながら答えた。つまらない回だったのかもしれない。


「SNS、どれでもいいから見てご覧。『顔愛会』って検索して」


 俺は言われた通りSNSを開いた。すると検索するまでもなく、『顔愛会』がトレンド入りしている。


「矢場さん!矢場さん!『顔愛会』!トレンド入りしてますよ!」


 俺はなんだか嬉しかった。自分の努力が何か報われたように思えたからだ。

 しかし、矢場の声は冷たかった。


「あー、毎回だよ、それ。ビラ配りの度にトレンドなってる」


「ええー、凄いじゃないですか!」


「うーん、とりあえず個々の呟きみてみたら?」


 テンションの噛み合わなさに違和感を持ちながら、言われた通りにしてみる。すると、


(さっき、顔愛会、ビラ配りしてたー。めちゃブサwww)


(顔愛会のビラ配り、、、何か、配ってる人の顔だけで見る気なくなるー)


(顔愛会が何かしてるけど、あいつらの存在が一番邪魔。街を汚してる)


(あの顔でアンメイクとか人生終わってる。恥ずかしくて街歩けないわ#顔愛会)


 こういう呟きが主だった。

 俺は言葉を失う。こんな非難されているなんて……。


 時々、擁護の呟きもあったが、


(顔愛会の人達も恥ずかしいけど頑張ってビラ配ってんだから)


(自業自得だけど、そこまで言うのは可哀想じゃない?)


 というような同情に近いものだった。『顔愛会』の行動をまともに正当化する呟きはほぼゼロかもしれない。


「わかった?これ、毎回。ビラ配りの度に」


 矢場はどこからか持ち出したポテチを頬張って言う。そこにはどこか哀しみに慣れた姿があった。


「な、なんでこんなこと……」


「そういうもんだよ。今の時代に正面切って悪口言う人なんてそうそういないよ。五回に一回ぐらいかな」


「この前は、ようわからん美紳士に殴られましたねー。あれどうなったんでしょう」


 矢場も樺地も笑い話のように語るが、俺にとっては相当なショックだった。しかし追撃するように、矢場は言う。


「ナチュラル、メイク、アンメイクの内定率、知ってる?ナチュラルとメイクの内定率は九割越え、その代わりアンメイクは二割以下。ハジメ君だけじゃなく、無職のほとんどがアンメイクなんだ」


「あと、ビラ配りした近くの人気洋服店。あれも露骨な差別ですよねー。アンメイクは定価で、メイクは二割引、ナチュラルは半額ですもん」


「そうそう、お笑い芸人もナチュラルとメイクばっかりになったなぁ。同じ面白さなら顔がいい方がいいのかもな」


「あと、最近ナチュラル用の大学もできたらしいですよ」


 二人はどんどんと差別を語る。俺はただただ唖然とするだけだった。


「こ、こんなの、活動なんてできないじゃないですか……」


「そうだよ。何したって今の時代、僕らの活動は反感を生むだけさ、でも……」


「でも?」


「彼らは本気で我々を嫌っている訳じゃないさ。ただネットで知った『皆の意見』にタダ乗りしているだけ。自己満足の道具としてのアンメイクさ」


「だとしても、敵が多すぎますよ」


「確かに、一人一人相手にしたらキリがない。けど、彼らの神を一人討ち取れば、世論は変わる」


「神って?」


「……『Love and face』さ。あいつらが皆を狂わせた。整形を半ば義務とし、人を美へと狂わせた。そして、あいつらを正々堂々と叩き潰せるのが……」


「討論会!」


 樺地が嬉しそうに声を上げる。


「そう!ハジメ君、君に討論会の特別代表を頼んだのは、同情票の獲得もだが、もう一つ別の理由がある」


「別の理由?」


「そうさ、次の討論会はとんでもない復讐劇になる……君はその主役さ」

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