第3話 ビラ配り
翌日、俺は埼玉県の某所にあるビルに行った。矢場の話によるとここが『顔愛会』の事務所らしい。都内は家賃が高くて無理だったらしい。
ビルの名前は「アントキノ春日部」。煤けた壁と、おんぼろの自動ドアが印象的な建物だった。そのビルは三階建てで、一階と三階にそれぞれスナックがあり、二階が事務所となっている。
入口先のエレベーターに乗り、事務所に向かうと、傾いた立て看板が出迎えた。その先に行くとドアが一つあり、開くと十畳ほどの部屋が広がっていた。
「やあやあ、よく来たね、ハジメ君!ここが我らの事務所だ!」
矢場が笑顔で話しかける。「ここが我らの事務所だ!」という割に、あるのは古いテレビとソファー、台所、少し大きめのテーブルといくつかの本棚。
「普通の部屋みたいですね」
「こんなもんなんだよ、事務所ってのは」
そうかなぁ……。何か活動している雰囲気は見当たらない。
「樺地さんとか、他の人は?」
「ああ、樺地はあそこに」
矢場がソファーを指さす。樺地はソファーに腰掛けてテレビを見ていた。
「……他の人は?」
「えっと、他は、その、いないんだ。うん、だから、三人だけ……」
「帰ります」
「ちょ!ちょ!待って!お願い!」
矢場が俺の腕を必死に掴む。
「いや、詐欺でしょ、これ。あほらしい」
『顔愛会』って聞いた名前だったが、どうやら偽物らしい。如何に廃れたといっても三人はないだろう、三人は。その人数に俺が入っているのも何か腹立たしい。
「いや、詐欺じゃない!決して!テレビでも見たことあるだろう、前に『顔愛会』は二つに分かれて、こっちの方にはもう人がいないんだ!金は払う!払うからぁ!」
矢場は必死だ。必死すぎて鼻水を垂らしながら顔を俺の服に擦り付けている。汚い。
しかし、五十代後半のおっさんがこれほど懇願しているのに無下にするのは気が引かれる。
俺は何となくの同情で続けることにした。まあ、金は払ってくれるらしいし……。
◆◇◆◇◆◇◆◇
入口での問答が終わり、俺と矢場は樺地のいるソファーに座り、三人でテレビを見た。
……いや、何故だ。
「……何してるんですか」
思わず訊いてしまった。矢場はコメディ番組に鼻を鳴らして、答えた。
「いや、勉強だよ、勉強。我々は現代を批判する立場だからね。こういうのを見て批判精神を養うんだよ」
「ただテレビを楽しんでるようにしか見えませんけど」
矢場は少しふうとため息をついて言った。
「じゃあ、活動、するかい?」
矢場はおもむろに立ち上がる。樺地が「はーい」と伸びをするような声で本棚の探り、ビラを持ち出してきた。
「よし、ビラ配りだ!」
矢場は何故かやる気を出したみたいで大声を発した。俺は何となく嫌な気がして、先の発言を後悔した。
◆◇◆◇◆◇◆
「『顔愛会』です!興味ありませんか!資料どうですか!」
俺ら三人は今、十二月の寒空の下、東京の某区でビラを配っている。
「『顔愛会』!どうですか!」
人の多い交差点付近だが、かれこれ二時間、誰もビラを取らない。
「『顔愛会』!いいところですよ!」
それどころか興味も持たれてなく、街中にある木々のような扱いだ。
「『顔愛会』に入れば貴方も幸せ!」
「矢場さん、宗教勧誘みたいになってます」
「ああ!いやぁ、熱が入っちゃって」
矢場が照れ臭そうに頭を掻く。熱が入ってそうなるか?
「……人気、無いんですね、『顔愛会』」
何となく察してはいたが。
「まあ、一応データ上は、そこそこ人気なはずなんだけど……ねぇ、樺地」
「そこそこって言っても百人中一人くらいですし。その半分は冷やかしの票ですよ」
樺地は半笑いで答えた。
「……そういえば、『顔愛会』はどういう組織なんですか」
「あれ、説明してなかったっけ?まあ、簡単にいうと、非整形への差別をやめよう!っていう団体」
まあ、わかるっちゃわかるぐらいの説明。
「でも、そんなに酷いもんなんですか?非整形の差別って」
「……まあ、後でわかるよ」
意味深な表情で矢場は言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます