Meeting


 始業式当日から早速星花女子学園中等部の生徒会は始動した。

 昨年の秋頃に三年生が引退し、事実上役職は下級生に受け継がれていたものの、中高一貫校である星花女子学園では高校受験や就職のために忙しいというような三年生は稀だ。

 つまり、暇を持て余した生徒会新OGたちが下級生たちの打ち合わせに参加することもしばしばで、下級生たちはOGたちに遠慮してあまり好き勝手にできなかったのだ。


 だが今日からは違う。紛れもなく四月一日わたぬき 絢愛あやめ率いる新生徒会が星花女子学園中等部を引っ張っていく時が来たのだ。



 ──というのに



 生徒会室で長机のお誕生日席に座る絢愛はどんよりとした表情をしていた。これから起こるであろう面倒ごとを想像して自分でモヤモヤしているに違いない。普段はお姉さんっぽくて頼りがいのある絢愛だが、どうも小心者でそういう所があった。生徒会長の座すら、将来のために全生徒会役員に言い寄って(場合によっては身体の関係を持って)力づくで射止めたともまことしやかに噂されている。


(まあ、会長さんならやりかねないけど……)


 そういった身の振り方に関しては絢愛に敵うものはおらず、一年生にして副会長に抜擢された茉莉も、絢愛にいろいろ手取り足取り教えてもらったことを実践した結果、順調にことが運んだ結果、今この場にいることができている。


(にしても、羚衣優せんぱいを任せると言われた時はついにあたしを切り捨てにきたと思ったよ……)


 自分のためなら目をかけて育てた後輩をすんなりと切り捨てることが出来る。そんな残酷さを絢愛は持っているのは確かだが、今回に関しては純粋に茉莉を信頼してのことなのかもしれない。いずれにせよ絢愛の考えていること全ては茉莉には把握できない。



 ──ガタンッ


 茉莉が絢愛の美しい顔を眺めながらその真意を測ろうとしていたその時、勢いよく生徒会室の扉が開いて一人の女の子が入ってきた。

 鏑木かぶらぎ 杏咲あずさ。茉莉のクラスメートで生徒会書記の二年生。いくらブラッシングしても時間が経つと跳ねてきてしまうほどのくせっ毛と、書記としては汚い字がコンプレックス。でもそれ以外は完璧に近い、茉莉と並ぶ次期生徒会長候補だ。

 杏咲は長机に腰掛けた一同を見渡すと能天気な声を上げる。


「あれっ、皆さん早いですね!」

「今日は始業式と新入生のためのオリエンテーションだけだから、部活に入ってないタマたちは時間があったんだよねー」


 長机の端っこでほわほわした笑顔を浮かべながら答えたのは沢田さわだ 玲希たまき。小柄な生徒会のマスコットで三年生。頭の上にピンッと立ったアホ毛はアンテナのように立ったり萎れたりする。まるで主の玲希の心境を現しているかのようだ。


「そうでしたか……私、そうとは知らずに友達と話してて……ごめんなさい!」

「いいのよ、あなたたち二人は今日二年生になったばかりでしょう?」


 絢愛が笑みを浮かべながら杏咲をフォローし、杏咲はほっと一安心して茉莉の隣に腰を下ろした。絢愛が同級生や後輩を叱ったことは見たことがない(そもそもこの人が怒ったところを見たことがない)が、いちいち人の表情を見ながら行動するのは杏咲のクセでもあった。



「……はぁ、じゃあ始めましょうか」


 先程の憂鬱な表情に戻った絢愛が開会を宣言すると、茉莉の隣で杏咲がノートを開き、右手でクルクルとペンを回し始める。字は汚いがペン回しは異常に上手いのが茉莉は不思議でしょうがなかった。



「議題は──そうね。まずは今年の行事予定の確認と……学園祭の準備も早めに始めておきたいから、できることからどんどん片付けていこうかしら。何か意見はあるかしら?」


 絢愛が一同の表情をうかがいながら問いかけると、そのすぐ側に座っていたショートボブの背が高い女生徒がゆっくりと腰を浮かし、絢愛に近づいてその肩にポンと手を置いた。


「どうしたんだいあやめちゃん? いつものあやめちゃんらしくないじゃないか」

「さきりん……」

「何か悩み事かい? よければ僕らに話してくれないか? 皆、あやめちゃんが悩んでいるとやりづらいだろ?」


 そんなことを言いながら茉莉たちに同意を求めてきたのは、三年生副会長の片寄かたよせ 沙樹さき。その謎めいた性格と広すぎる人脈で星花の中等部を背後から操っている……らしい。

 茉莉などは逆立ちしても敵わないような相手だし、絶対に敵に回したくない相手だ。

 本来生徒会長は絢愛ではなく沙樹になると誰もが思っていたほどだが、彼女自身にはあまり野心はないようで、生徒会長の絢愛を傍らから見守っている方が楽しいと本人は度々口にしている。


 だが、この質問は絢愛と沙樹どちらにも配慮するとなると賛成することも反対することも難しい難問だった。茉莉、杏咲、玲希の三人は互いに顔を見合わせて困惑した。


「皆困ってるじゃない……いじわるはやめたげなよさきりん」

「はははっ、すまない。なーに、僕にはあやめちゃんが何で悩んでるか、聞かなくてもわかるよ。──あの金髪美少女のことだろ?」

「よくしってるじゃん」

「そもそも羚衣優のことを僕に相談してきたのはあやめちゃんだよ? それで、僕が彼女の周りを調べあげた。彼女についてはいろいろ良くない噂が流れているが……それについてかな?」


 何から何まで図星だったらしい絢愛は、観念したように深いため息をついた。

 そしておもむろに顔を上げ、射抜くような視線で茉莉を見つめる。茉莉は反射的に背筋を正した。


 流れ弾を恐れるように杏咲と玲希の二人は机上に置いたペットボトル飲料のお茶を飲むふりをしてさりげなく顔を隠す。薄情なやつらだ。



「づきちゃん。同室の……羚衣優って子はどう? 昨日やっぱり荒れてたみたいじゃない? 私、づきちゃんが心配で……ちょっと後悔してるのよね」


 いつにも増して優しい声色の絢愛に、複雑な感情が湧き上がってきた茉莉は視線を自分の両手のひらに落とした。


(そう……確かにあたしは昨日この手で羚衣優せんぱいを……)


 初対面なので軽いスキンシップからと思っていた茉莉の考えを羚衣優は軽々と飛び越えてきた。新しく同室になった茉莉を羚衣優は寂しさを紛らわせるかのように求め、茉莉もその雰囲気に飲まれるかのように一回最後までしてしまった。


 なんでこんなことになったのか自分でも分からない。とにかく、自分には羚衣優を……そして自分自身を制御することができなかったのだ。絢愛から教えこまれた主導権を握るためのテクニックは使えず、まるで自分の中にもう一人の自分がいるかのような。そんな感覚さえあった。


 そして……。


(すごく、気持ちよかった……)


 この後、毎日あんなふうにできると考えただけで身体が疼いてきてしまう。茉莉はそんな淫らな考えを振り落とすかのようにブンブンと頭を振った。


「どうしたのづきちゃん……? そんなに嫌だった? やっぱりやめてもらう?」

「いや、違うなこれは……」


 心配そうな絢愛の声を沙樹が遮った。沙樹には茉莉の思考はお見通しらしい。であれば誤魔化す必要はない。

 茉莉は頭の後ろに手を回すと照れくさそうに舌を出して見せた。


「えへへっ、あたしあんなに気持ちよくなったのはじめてです! ありがとうございます会長さん!」

「「ぶふっ!?」」


 元気よく言い放った茉莉の言葉に、杏咲と玲希の二人が勢いよくお茶を吹き出した。

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