生徒会に入る。そして先輩を拾う。
Encounter
「もう──終わりにしましょう」
ショートカットでクールな少女──
「それは……どういう意味ですか?」
「どうって……そのままの意味だけど?」
答える琉優子の口調からは冗談を言っている雰囲気はない。深呼吸をしてざわめく気持ちを落ち着けようとしながら、羚衣優はなおも食い下がった。
「わたしには、意味がわかりません!」
「だから、別れようって言ってるの」
琉優子は珍しく羚衣優と目を合わせようとしない。その瞳は、今は冷えきっていて、近づくと凍えてしまいそうだった。
「どうして……わたし、なにかいけないことしましたか……? もしそうなら直しますから……お姉さまの言うことなんでも聞きますから……頑張ってお姉さまの大好きな
もう大好きなお姉さまとこれっきりになってしまうと考えたら、お姉さまとの楽しい思い出が走馬灯のように脳内を駆け巡って、一層彼女から離れられなくなってしまう。羚衣優は自身のスカートの裾をギュッと握りしめ、唇を強く噛み締めた。
しかし、琉優子はそんな羚衣優の様子を見てため息をついた。彼女を想う羚衣優の反応を鬱陶しがっているようだった。
「ほら、私はもう高校生になるし、いつまでもあなたとベタベタしてられないのよ」
「ずっと一緒にいるって約束したじゃないですか……一生添い遂げるって言ってくれたじゃないですか……」
羚衣優は気づいたら涙声になっていた。すると琉優子はふふっと意味深に笑う。
「そんなの、ベッドの中での社交辞令みたいなものよ。ちょっと耳元で囁くだけであなた真っ赤になっちゃって……可愛かったわ」
その言葉を聞いた瞬間、羚衣優の中でなにかが音を立てて崩れ落ちた。バラバラに砕け散ったそれはあまりにも大きくて……心にぽっかりと大きな穴が空いてしまったような気がした。
「嘘ついてたんですか?」
「嘘じゃないわ、社交辞令よ。あなたのこと可愛いと思ってたのも本当。好きだったのも本当」
「だったら……!」
「でもね。一生一緒にいるのは勘弁して? あなた、重いのよ……愛が」
「……」
「さようなら。まあこの二年間、それなりに楽しかったわ」
そう言うと、琉優子はもう言うことはないとばかりに踵を返してスタスタとその場から去っていく。
羚衣優は琉優子を追いかけることも、去りゆくその背になにか言うこともできなかった。
「もう恋人じゃなくてもいいから、ただ一緒にいたい……そう思うことも……わがままなんですか……?」
愛するお姉さまの姿が完全に消えた曇天の屋上に、羚衣優のかすれた声が虚しく響いた。
それは羚衣優が中学二年生最後の日のことだった。
女子校の星花には琉優子みたいに軽い気持ちで女の子同士で付き合う人も多いらしいが、まさか自分の愛した相手がそういう類の人間だとは夢にも思わなかった羚衣優はショックで頭がおかしくなりそうだった。
目撃者によると、羚衣優と思わしき金髪の美少女が泣きながら屋上から飛び降りようとしたり、桜花寮のトイレに駆け込んで激しく嘔吐していたり、その後自室に戻って中から泣き声が聞こえてきたり、していたらしい。注目の美少女が突然かつてないほど取り乱しているという事実は、一部の噂好きの星花生を大層不思議がらせた。とはいうものの、皆触らぬ神に祟りなしとばかりに多くの生徒が我関せずといった態度を一貫してとっている。
そんな中、羚衣優の部屋の前に大きなスーツケースを引っ張りながら小柄な人影が立った。野次馬達は口々に呟く。
「あれって、1年生の
「明日からもう2年生よ。……でもなんであんな子が羚衣優ちゃんの部屋の前なんかに……」
生徒会は皆の憧れ。それも、1年生の秋の時点で副会長に任命されている茉莉は、同級生はもちろん先輩からも羨望の眼差しが向けられることが多い。そんな人気者の、言わば『陽キャラ』の茉莉が、こともあろうに得体の知れない『陰キャラ』の羚衣優の部屋を訪れているという常軌を逸した展開に、野次馬達は頭上に『?マーク』を浮かべて混乱していた。
(あー、見られてるぅ……やりずらいけど、まあいいかどうせ直ぐに慣れるよね……)
当の茉莉は野次馬の視線を感じながらも、そのまま意を決して部屋の扉を叩いた。──反応はない。
(いるのは分かってるんだけどなー……よほどショックだったのかな…)
茉莉はまだ中学生になって1年しか経っていない。その1年間も、現生徒会長の
「あれ? お留守かな? ごめんくださーい!」
ひとまず声をかけて茉莉はノブに手をかける。
「勝手に入りますよー? よっと……うわ、暗い!」
部屋の暗さに驚きながらも電気がつける。すると案の定、目的の人物は部屋のベッドに潜り込んでいるようだった。布団の端から美しい金髪が覗いている。間違いなくそれは神乃羚衣優のものだった。
それを見た瞬間に茉莉が抱いたのは『あっ、可愛い!』という感情だった。怯えて隠れている小動物を思わせる仕草に、庇護欲が湧いてくる。『この子はあたしが守ってあげないと!』と、そう思わせてくるのだ。
そして──例えば、ペットショップでお気に入りの猫ちゃんを見つけたような、そんな感動を茉莉は感じていた。
「あわぁっ!」
ドテンッ。
そんなことを考えていると、茉莉はなにかに躓いて転んでしまった。
「いったたた……あれ、靴がある……誰かいるんですかー? せんぱーい? いるんですかー?
警戒する猫ちゃんの緊張を解くように、優しく声をかけながら茉莉は羚衣優がこもるベッドに歩み寄った。が、羚衣優は布団の中から出ようとしない。
(もしかして泣き腫らした顔を見られたくないのかな? それともショックでそれどころじゃないのかな?)
「あの、寮母さんから言われて今日から空きができたこの部屋に入ることになりました、中学二年生の
ベッドの脇に立って、とりあえず自己紹介から始める茉莉。警戒心の強い猫ちゃんと触れ合う時のように、まずは時間をかけてゆっくりと打ち解けていくつもりだった。
「気軽に『まっちゃん』とか『づきちゃん』とか呼んでくれたら嬉しいです!」
すると、羚衣優はもぞもぞと布団から出てくれた。腫れた目元を隠すように俯きながら、茉莉の身体を観察してくる。茉莉も羚衣優の身体を観察した。背丈は年相応、茉莉よりも少し高いくらいだがスタイルはよく、起伏の乏しい茉莉の体型に比べて大きな胸とキュッとくびれたウエスト。そして形良く張り出した腰周り。思わず嘆息してしまうほどに完成された造形美だった。
(噂どおりのすっごい美人さん……この先輩をほんとにあたしのものにしていいんだよね……?)
茉莉が驚いたのは羚衣優の泣き腫らした顔ではなく、彼女の想像を超えた美しさにだった。それと同時に『この人が欲しい!』と強い感情が茉莉の心中にふつふつと湧き上がってくる。すると、目の前の羚衣優が思わぬことを尋ねてきた。
「ねぇ……愛が重い子って……嫌い?」
茉莉は反射的に答えた。
「いいえ、嫌いじゃないですよ?」
何故なら、『嫌い』と答えると羚衣優が今にも壊れてしまいそうなほど危うい様子であり、隣にいてあげないと……この人にはあたしがついていてあげないとと、そういう激情にも似た思いが茉莉の中で溢れて止まらなくなったのだ。
初めて真っ直ぐに彼女は茉莉の顔を見つめてきた。初めて飼い猫が懐いてくれた時のような感動を覚えて、茉莉は心の底から笑顔になれた。そして同時に決意した。
『この人を絶対に幸せにしよう』
と。
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