勇者かずひこ絶望の朝ちゅん

神城英雄

第1話






 ふっざ!!


 俺は激怒した。





 よお! 俺は勇者かずひこ! 聖なんとか王国の生まれだが、そこの国王がはした金と安物装備だけで俺を追いだしやがってからは、基本的にその日暮らしのモンスターハンターだ。


 いや、いちおう魔王ドロアスターとかいうアホを倒せっていう使命をおびてるらしいのだが、そんなこたあ俺の知ったこっちゃねえ。


 実際にやってることも、あっちへふらふら、こっちへふらふらしながら、湧いてくるモンスターをモグラ叩きよろしくやっつけてまわってるだけだからな。レベルもアホほどあがってる。


 だが金は貯まってねえ。なぜなら俺は街に寄るたびにモンスターレースに金を突っこんではスってるからだ。勝率は聞くな。この前、鋼鉄の剣をしち流れさせて泣いた俺だ。


 そのほか、他人の家に押し入っては金品を強奪し、壺を割り、農作物を荒らし、各地の城の宝物庫から国宝の装備を奪いとる大悪党でもあるんだぜ。勇者の称号がなかったらとっくの昔に縛り首だ。勇者さまさまだぜ!



 ……ひどい奴だって? 俺のせいじゃねえよ。俺を動かしてる奴、たぶんカズヒコってがきんちょの責任だ。





 ぴんと来た奴もいるだろ? そう、俺はゲームキャラだ。





 俺のいるこの世界。タイトルは『メリスフィアのかがやき』とかなんとかいう大仰な名前のゲームなんだが、どのへんが「かがやき」なのかさっぱりわからねえ。そもそもメリスフィアってなんだよ、適当な名前付けやがって。


 どうせワゴン行きが関の山なんだから、もっとエロエロな奴付けろよ。俺がエロエロな冒険ができるような奴をよ。


 せっかく民家に堂々と押し入れる免罪符持ってるのに、女の子のお風呂シーンひとつ遭遇することもねえ。どういうこったよ。キャーのびおさんのえっち! ってならねーのかよ。誰だよのびおさん。


 俺はこれでも健康な十六歳……と、体感だと二年は旅してる感じだから、たぶんそんくらいの男子だっつーのに! そりゃあギャンブルにだってハマるわ! ……ああ、この世界はギャンブルに年齢制限はねーんだ。ご安心て奴だな。


 この前なんか俺がボロ負けしてる横でこまっしゃくれた幼女が大金せしめてやがったよ。「分けてあげましょーか」とか言いやがってくそが! しかも「はい」の選択肢はねーんだぜこれが。ふっざ!


 ……あの幼女、どこの賭場にも出現しやがって、かならず俺がボロ負けするときに大勝ちしてやがんだよ。きっとありゃ仕込みだな。ゆるせん!



 まぁ、そんなわけで、このイライラと年頃男子のムラムラをこうやってモンスターにぶつける日々を送ってる、わけ、だ……よっと!



 ――ずひゅん! ……ぱっぱかぱー♪



 おっし、これでだいぶ稼いだな。この辺のキラー系、ちっとも強くねーのに金だけはたんまり落としやがるんで助かってるぜ。これで金の使い道がギャンブルだけってのが虚しいけどな。


 装備? いや、そいつはカズヒコに言ってくれよ。このがきんちょ、いま滅茶苦茶レースにハマってんだよ。おかげで俺のアイテムどんどん質流れだぜ。


 まぁ、最低限の装備がねえとモンスター倒して種銭たねせん稼げねーから、そこだけはいちおう残してるようだが、このさきはあんま考えたくねえな。


 たぶんこれ、魔王ドロアスターとかいうアホな名前の奴にご対面するのずいぶんさきになりそうだわ。ま、俺もその方が気楽でいいけどな。なんだかんだで、こうやってモンスター倒してりゃレベルもあがるし。


 ……。


 ……。


 ……おい。


 なんで歩かせねーんだよ。モンスター倒したぞ? 今日の分こんなもんでいいだろ? なに悩んでんだ? 街もどろーぜ、日が暮れちま……まぁ俺が歩かねーと夜になったりはしねーけども。


 ……。


 ……。


 ……あっ! こいつ放置してやがる! メシか宿題か。親に呼ばれたなこれ。うわーマジかよ。ちゃんと電源落とせよな。あーあ。一人しりとりでもしてるか……。






 その後、だーいぶ時間経ってからへろへろ俺は動きだした。カズヒコの奴は相当に脳みそ絞られた後らしく、なんだか動きが怪しい感じで――


 ……おい、そっちは街じゃねーよ。最寄りの街はひが――右だっただろ? 右だよ右! なんで上に行くんだよ。上は山! ……というか山マークがならんでる壁だ! 入れないっつーの! いて! いててて! ごんごん鳴ってるだろ!?


 入れねーんだよ! あきらめろよ! いてえ! あっ! こいつまさか寝て!? いって! ふっざ――






 はい、街です。あの後、たぶんカズヒコの母ちゃんが電源引っこ抜いた。俺は優雅にベッドから鎧着たまま起きだして、宿の親父をスルーして街へ繰りだす。朝メシ? そんなものはねえ。 俺が口にできるのは薬草か毒消しだけだ。うらやましくなんてねえよ。格調高いと言ってくれ。


 俺のような上級の男になると、そうした選ばれた食材にしか口を付けないのだ。なんつったって勇者だからよお! ……まぁ、これで腹が減る仕様だったら泣いてただろうがな。



 へえ。ほお。森の奥に兜が? へぇー……。



 街のおっさんが珍しく新しい情報をくれた。なにかフラグを立てたらしいな。……で、こういうのを聞くと、カズヒコの奴がどうするかはわかってる。



 ――ほら、そのまま街を出て森へ一直線だ。マジでアホだろこのがきんちょ。森はな、毒の沼のカモフラージュなんだよ。幻影なの。ていうかこの前一度確かめただろ!? もう忘れたのかよ! 毒消し! 毒消し持ってこねえと死ぬってんだよ! この前ぜんぶ売っちまっただろうが!


 道具屋! 街に戻れ馬鹿! あっ! 森がもう目の前にいてえ! 毒いてえ! いてててて! 戻れ! びこびこ鳴ってんだろ! 毒なんだよ! いい加減覚えろいてえ! このまま兜を手に入れても死ぬって! いまなら街に戻れるギリ! ギリ戻れるから! いいから戻れってんだよ馬鹿ガキがああああ!! あっ! ギリライン越え――






 はい、街です。あの後、たぶんカズヒコの母ちゃんが電源引っこ抜い――てめえリセットしやがったな。禁じ手だぞ。まぁ仕方ねえか、がきんちょだし。今度は毒消し買っていこうな。そうそう。


 ……道具屋のおっちゃん、今日は売りに来たんじゃねえよ、客だぜ。すげえだろ。ひさしぶりすぎて泣けてくらあ。まぁ買うのは毒消しだけどな。さあ、毒消しを――っておい、なんで後ろに話しかけさせんだよ。いい加減「はなす」操作覚えろよ。見ちゃいけませんじゃねえよそこのヤンママ! お前の家にタンス開けに行くぞコラ!






 その後、俺は無事にとは言いがたいがなんとか兜を手に入れた。毒消しで毒消せるつっても毒はいてえんだよ。泣けるぜ。まぁ、この兜がまた結構な品で! 俺もほくほく……っておい。なんで武器屋来てんだよ。まさか売る気か!? そこまでギャンブル中毒か、がきんちょ!? お前その年でやべーぞ。親のカードで課金ゲーとかすんなよ? 


 ……え、鎧買うの? マジで? あーこいつ、ちょっといい兜手に入れたもんだから火が付いちまったな? まぁ、本道に立ちもどるのはそれはそれでいいこった。ギャンブル漬けの日々は心が腐るからな。あの幼女にムカつく日々ともこれでおさらばだぜ。






 ……で、俺はいま洞窟のなかにいる。本道に立ちもどったのはいいが、なにしろカズヒコの奴は馬鹿ながきんちょ。戦略というものがない。そのまんまゴリゴリごり押しで未踏の領域へ入りこんでいって、見つけた洞窟にそのまーんま入りこんだ……と言うか俺を入れた。


 お前、種銭稼ぎでレベルあがってなかったらやばかったぞこれ。すげー遠出してんぞ。遠征ってレベルじゃねーぞ、戻れんのか街? ていうか街の場所覚えてんのかカズヒコ? 頼むぜ。



 うおーこの洞窟ひれーな。しかもモンスターがやけにグロいぞ。きめえ! ナメクジのばけもんばっかじゃねえか! 「脳みそ喰らい」ってなんだよ! 名前もっと考えろよ、がきんちょもやるゲームだぞ。ていうか俺のこともちったあ考えろ。ここで死んだら俺、脳みそを……うげえ。


 帰ろうぜカズヒコ。もういいだろ? ほら、松明もあんま持ってきてねーだろ。売値がへぼいから残してて良かったぜ。



 おいおいおい、何階層降りるんだよ。マジで松明なくなってきたぞ。やべーって。俺をまっくら闇に一人残す気か。ほら、ぼぼって松明が! 松明が減っていく! こえええええ! ほら、グオーって闇から! なんかすげー声聞こえてんだろ!


  無理だって! 戻れよガキ! こええんだよ! いて! いてて! 壁だっつーの! 光の届く範囲がせめえ! って、うわ、新しい奴きた――げえ、ドラゴン!?


 おま、おま無理だって! これと戦わされる俺のことも考えろカズヒコ! やめろ馬鹿「にげる」だ! 「たたかう」押してんじゃねえよ! あっ、目が合った。おいおいおいおい死んだわこいつ。俺がな! ああもう、どうにでもなれだこんちきしょおおおお!!






 ――ずひゅん! ……ぱっぱかぱー♪



 はぁ、はぁ、はぁ……生きてた。生き残ったよ俺。聖なんとか王国の十六歳の誕生日の朝に一度だけ会話してくれた母ちゃん、見てるか!? 俺はやったぞ! ドラゴン倒せたよ俺……まぁ、ボロボロだがな。薬草もぜんぶ使っちまってどうすんだこれ。リセットか? それしかねーわな。今度は準備して来ような?



 ……うん? 奧に誰か……?



 ……王女さまだってよ。金髪美少女だ。まっしろな肌に、ちっちゃな綺麗な顔。足ほっそ。腰ほっそ。俺よりちょっと年下だけど、色々ちゃんと育ってる。めっちゃかわいい。なんだこれ。お人形さんか。


 すげえ。すげえよ大金星だぞカズヒコ! 女の子だ! すげえ、すげえぞ……おっと、俺、いやわたしとしたことが。殿下、お救いに参上いたしました。わたしは勇者かずひこ! 世界を救うために魔王ドロアスターを討伐せんと日夜戦う男。


 いやそんな、照れるぜ……じゃねえ、そんなたいしたことではありません。世界に光を取りもどすためなら、このかずひこ、いかなる危機をも乗りこえて見せましょう――そう、あ、な、た、の~ためにっ!






 うおお。


 うおおおおお。


 うおおおおおおおおお。



 俺はいま、猛烈に感動してる。がんばってがきんちょのお守りしてきた甲斐があったわ。いま思えば穴に落ちたり、鶏に追いかけられたり、壁に連続体当たりしまくったり、毒の沼やら電撃バリアに突っこんだりしてたのも、いい思い出だぜ。


 ああ、なんていい匂いなんだ。なんてやっこいんだ。王女さま凄すぎだろ。これが王族パワーか。……いま俺は、助けだした王女さまを抱きかかえて洞窟を出てきたところだ。まさにお姫さま抱っこだ。人生最高の冒険だ。


 また王女さまが暗闇やモンスターに怖がって、いちいちぎゅって抱きついてくれるんだよ最高だろ。うらやましいか? ありがとうなカズヒコ。馬鹿ながきんちょとか言ってすまなかったな。俺はこのためにギャンブルに負け続けて幼女に馬鹿にされ続けたんだな。落として上げる、いいゲームじゃねえかちくしょう。



 え? 王城にもどる? ――まさか! とんでもない! このままエンディングまで一直線だろ!? はっはっは、冗談きついぜ。


 ……。


 ……。


 ……おい。なんで立ち止まらせんだよ。まさか悩んでんのか? いっちょまえにガキのくせして葛藤してんじゃねえよ!


 ……そうそう。とりあえず街な。街行ってから考えようや。王女さまも大変だっただろうから、宿屋に泊まらせてやらないとな? え、なんだよ、べつに他意はねーよ。他意はねーつってんだろ。うへへ。


 ああ、俺もこれでやっと卒業か。思えば色気のねーゲーム人生だったぜ。だがこれで最高に勝ち組って奴だ! なんつっても金髪美少女で王女さまだぞ。最高だろ。






 ぜえ、ぜえ、ぜえ……やっと街が見えてきた。やばかった。マジでやばかった。地味にきつかった。準備なしで遠出しすぎなんだよ。HPギリギリじゃねーか。薬草ぜんぶドラゴン戦で使いきっちまったからな。


 あと、いくら華奢な金髪美少女でも、さすがにずっと抱えてるのは腕にくるわ。ちょっと痺れてきた。……え? いいえちっとも! 重くなんてありませんよ。まるで羽毛のごときお身体で、とってもやわこくて、いい匂いです。赤くなってかわいいですよ王女さま。






 おう! 宿屋の親父、帰ってきたぜ! 大金星だ! いつもの部屋? 馬鹿なこと言ってんじゃねえよ、見りゃわかるだろ? ダブルだ! スウィートだ! 金に糸目はつけねえ! 最高の部屋を用意しろ! ……わかってんだろうな? 朝まで降りてこねーからな。細けーことは抜きだ! 


 ……いえ、こっちのことですよ、王女さま。うひひ。かわいいな、これな~んにも知らない子だわ。きょとんとしてまぁ。これから大人の階段を一緒にのぼるんですよ?


 うーん、いい匂い。やわこい。あどけなくて、ほっそりしてるけど、色々ちゃんと育ってる。食べ頃! 果物は青い方が甘酸っぱくて美味いんだぜ! ……え、俺がなんで知ってるかって? 細けーことはいいんだよ!






 さあ! さあ、さあ、さあ! ここが部屋ですよ、王女さま。お城のお部屋よりは狭くて申しわけねーですが、こんな辺境ですから、ご勘弁頂きたく。え、ドラゴンの巣穴に比べれば天国? 健気なことを。いい子だな。すぐに天国にお連れいたしますとも。うひひ。 ……いえ、こっちのことで!


 さあ、お疲れになったでしょう。ベッドにお入りになって。ささ! では! ではではでは、いよいよわたくしも大人の階段をば! いざ! いざいざいざのぼり――




 ――てれれってってってー♪




 なん……だと……?



 朝になりやがった。いまベッドに入ったとこじゃ――ああ!? まさか仕様か!? くっそ、この全年齢仕様が!!


 小鳥がちゅんちゅんしてる。俺は唖然としてる。王女さまはふわあ、とかかわいらしいあくび。



 ……マジかよ。



 もしかして俺はエンディングまでDTなのか? ずっと据え膳を抱えたまま!? 天国と地獄がまとめてやって来ましたみたいなそのアホな仕様なんとかならねーのか!?



 カズヒコが俺を王女さま抱えたまま動かしはじめる。カズヒコ、がきんちょよ。お前にはわからんのだろうが、俺の心は哀しみでいっぱいだ。ああ、やわこい。いい匂い。かわいい。くっそ!



 昨日はお楽しみでしたねじゃねええええええええええええええ!!


 楽しんでねえんだよおおおおおおおおおおおおお!!



 俺は激怒した。





 ふっざ!!






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