追放者殺しのバルディス ~理不尽に追放されたから復讐したいけど、実力がない? なら俺が請け負おう。というわけで、今さら許してとか俺に言われても知らん~

虎戸リア

その復讐、請け負います。


「悪いが、あんたは追放だ!」

「待ってくれ! なぜ!」

「お前は――」


 またか。


「お前みたいなお荷物はもう不要なんだよ! 幼馴染みだから今までは目を瞑っていたが――」


 そのパターンね。だから仲良しごっこで冒険者はすんなって大人は言うんだぜ、がきんちょ。


「君の代わりに、この王国騎士をパーティに加入させる。だから君にはパーティ抜けてもらう」


 別にパーティは四人じゃなくたって良いんだから、追放する必要ねえだろ。馬鹿馬鹿しい。

 

 ――今日も冒険者ギルドに併設された酒場で冒険者達による喜劇、あるいは悲劇が繰り返されていた。


 そんな酒場の片隅でテーブルに一人座り、それを馬鹿にしたような目で見つめる一人の男がいた。


 一見すると、傭兵か盗賊にでも見えるようなボロボロの革鎧に、腰には小振りの剣を二本差している。無精髭とボサボサの金髪のせいで、年齢は不詳だが、その視線は鋭い。


 その男の名は、バルディス。とある界隈では、有名な男である。


 バルディスはゆっくりと煙草をふかしながら、ビールがなみなみ入った木製のジョッキを煽る。


「あ、あの……」


 そんなバルディスの下に一人の少女がやってきた。バルディスが素早く、その少女を見分する。

 

 年齢は十代後半ぐらいか? 長い赤髪を後頭部で結っており、その下には凜々しい顔があった。整った顔立ちをしており、将来は美人になるだろうと予想できるが、まだちょっと幼さが残っている。同年代の女子に比べると背が高く、スレンダーではあるが、俺の好みじゃねえな。


 装備もいかにも駆け出し冒険者って感じだ。その辺の武具屋で投げ売りされている革鎧におそらく中古だろうと思われる銅製の脚甲と籠手。


 腰にはボロボロのロングソードが差してあった。これも中古のように見える。


「あ、あの!!」


 バルディスが黙ってジロジロ見ているのを見かねた赤髪の少女が声を張り上げた。


「んな声を出さなくたって聞こえてるよ。すまんが、女は間に合ってる。俺はガキと貧相な女には興味がねえんだ。よそを当たりな」


 バルディスはわざとそう言って、あっち行けとばかりに手を払った。


「ななな! そんなんじゃありません!!」

「そんなんって、娼婦も立派な仕事だぞ」

「そういう問題ではありません!」


 少女がダンッ! とバルディスの前のテーブルに両手をつく。バルディスは、おっと……と言いつつ、ビールがこぼれないように素早く持ち上げた。


「じゃあ、なんだよ。言っとくが俺は冒険者じゃねえぞ。実は元Sランク冒険者とかでもない。あと弟子になりたいなら、師匠代は一日500万ギルからだ。もちろん経費、手数料、宿泊費、飲食費、その他雑費は別途掛かるからよろしくな」

「弟子入り志望でもありません!!」


 赤髪の少女がその髪と同じぐらいに顔を真っ赤にして怒鳴る。結構声がデカいな……とバルディスはキーンと耳鳴りがする耳を押さえた。


「私は貴方が、追放者殺――っ!?」

「こういうとこでな――滅多なことを口にするんじゃねえよ、お嬢ちゃん」


 バルディスは一瞬で抜いた振りの剣を、赤髪の少女の喉元へと突きつけていた。少女は目を見開いたままゆっくりと両手を挙げる。


 その挙動からは驚きは見えるものの、恐怖は見えない。バルディスはそれが意味する事に気付き、目を細めた。


「ちっ、どの馬鹿だ? こんな素人に俺の事を教えたのは」


 バルディスは舌打ちをしながら、剣を再び腰の鞘へと収め、新しい煙草に火を付けた。


「じゃあ、やっぱり貴方が例の」

「依頼者だったら先にそう言え。ほら、座れ。話だけはとりあえず聞いてやる」


 バルディスが顎でしゃくると、少女はなぜかバルディスの横にある椅子に座った。


「なんで、横に座るんだよ……普通は対面だろうが」

「……すみません」


 少女が謝りつつ、バルディスの対面にある椅子へと座った。


「私は、ヒナギクのアスカです。冒険者になりたくて王都に来て……」


 そう言って、赤髪の少女――アスカが目を伏せた。


「ヒナギクか」


 ヒナギクと言えばこの王都の西に広がる、エイル洋の西方にある島国で、独特の文化と剣術が有名だ。ヒナギクの剣士――サムライと呼ばれる――は独特の曲刀と魔術を使い、少ないにせよこの王国でもヒナギク出身の有名な冒険者が数人いる。


 アスカの先ほどの冷静な動きを見て、まず間違いなく剣士か何かだと推測していたが、まさかサムライとはな。しかし……サムライなら、必ず差しているはずのあの独特の曲刀がない。


「Bランクパーティ【闇無き聖徒】に入れてもらったまでは良かったのですが――」

「追放されたと」


 バルディスが、先回りしてそう言った。【闇無き聖徒】と言えば、最近王都で急激に名を上げているパーティだ。リーダーはノエルというAランク冒険者で、【炎槍】という二つ名がついた、いけ好かない魔術師だ。個人的にはあまり好かないタイプの冒険者だ。


「はい……。私は、剣の腕には自信があるんですけど、魔術はからっきしで」

「ああ、あいつらのパーティは魔術を偏重しがちだからな。サムライってのはヒナギク独特の魔術を使えると聞いているし、それを期待してお前を入れたんだろ」

「それで、私が使えないと分かると――リーダーのノエルって男に俺の女になれって言われまして」


 ああ。あの噂は本当だったのか。バルディスがため息と共に煙を吐いた。

 ノエルが、気に入った女をパーティに入れて、散々弄ぶだけ弄んで飽きたら追放するという噂を聞いた事があった。


 何人かの女がそれで問題を起こし、結果、娼館行きになっている。バルディスはその事をよく知っていた。


「それで? 甘んじてあいつの女になったのか?」

「は?」

「あの腐れ外道を斬ろうとしましたけど、身代わり魔術みたいなので、側近の男を盾にされまして」

「くはは……良いね、気に入った」


 なんだこいつ、面白え。バルディスは珍しく依頼者に対して好意的な興味を抱いたのだった。


「で、その側近の男を斬ったまでは良かったのですけど、その後ノエルの魔術で返り討ちにあいまして……。何とか逃げ延びたのですけど……」

「まあ、気持ちは分からんでもないが、仲間を斬ったのなら追放されても仕方ないだろ。魔術が使えないなら最初からそう言うべきだ」

「言いましたよ! 魔術は使えませんて。それでも構わないって言っていたんです! なのに、依頼には連れていってもらえず宴会での接待ばかりさせられて。それで文句を言ったら……追放って」

「なるほどな。最初からお前をパーティメンバーとして使う気はなかったってことだ。まあ、結果として何もされずに済んだし良かったじゃねえか。冒険者同士の殺傷事件はほぼ立件されねえからな。側近を斬ったせいで、報復はあるかもしれないが。ああ、言っとくが俺は護衛とかそういうのはしないからな。戦うのは好きじゃねえんだ」


 バルディスがそこまで言い切ると、ビールを一気に飲み干して、お代わりを頼んだ。


「話は終わりだ。まあ、報復が嫌なら祖国に帰りな」

「……帰れません」

「あん? 船代もないのか? だったらその自慢の剣術とやらで適当に依頼をこなして……」

「出来ません!」


 アスカの顔が怒りに染まっているのが分かる。


「なんでだ。そんなクズのパーティに未練があるわけでもないだろ」

「……私の刀を……大切な刀を取られました」

「ああ。そういうことか」


 バルディスはようやく納得がいったとばかりに短くなった煙草の吸い殻を灰皿に押し付けた。どうやら、仕事の時間のようだ。


「追放される前に、特別な研ぎ師にパーティ全員の武器を預けるから武器とお金を預けてくれと言われまして。そういうものだと思って全て預けた私が馬鹿でした。だからせめて刀だけでも返してくれと言ったんですけど……俺の女になったら返してやるって」

「だから斬ったのか」

「はい。側近のロングソードを奪って。でも……取り返せませんでしたっ! 刀があれば……あんな奴らに負けないのに……っ!」


 歯を食いしばって、泣くのを堪えているアスカを見て、バルディスは煙を吐いた。


 サムライにとって、刀は魂だと聞いた事がある。きっと悔しかったに違いない。


 そりゃあ……帰れないよな。それに、俺にとっては都合が良い。


「それが用件か。自分を追放して、更に武器まで奪った奴らに――復讐を」

「……はい。お金ならいくらでも払います。手持ちは少ないですが、必ず払います」


 バルディスはまっすぐアスカの顔を見つめた。その黒い瞳は吸いこまれそうなほど澄んでいて綺麗だった。


「良いだろう。その依頼、受けてやる。だが、相手はAランク冒険者が率いるBランクパーティだ。高く付くぞ?」

「構いません」

「ざっと計算して……依頼料は250万ギルだな」


 250万ギルと言えば、庶民が数年は遊んで暮らせるほどの大金だ。金が稼げる冒険者でもそう簡単には出せない金額である。


「構いません」


 だが、アスカは迷いもせず言い切った。


「それだけの大金あれば、俺じゃなくて傭兵雇って襲撃した方が早いかもしれないぞ?」

「今すぐお金が用意できない以上、それは難しいです。なので、貴方を頼りに来たのです」

「……そうか。だったら依頼成立だ」


 バルディスはそう言うと、立ち上がった。

 

「行かれるのですか」

「ああ」

「じゃあ、私も行きます!」


 そう言って、アスカも勢いよく立ち上がった。


「はあ!?」

「だって、私の刀がどんな物か分からないですよね? 特徴を言ってもきっと分かりません」

「足手纏いだ」

「腕には自信があります」

「返り討ちにあってるじゃねえか」

「あれは油断していただけです」


 ダメだと言っても付いてきそうな勢いだ。バルディスはしばらく考えた末に、頭をガリガリと掻いた。


「ちっ……俺の指示に従うのが条件だ。それが無理なら一人でやれ」

「もちろんです! よろしくお願いしますバルディスさん!」

「ほら、行くぞ――まずはだ」

「はあ!? なんでですか!? お金はちゃんと稼ぎま――」

「だったらここで座って待っとけ」

「……分かりました」


 こうしてバルディスはアスカの復讐依頼を請け負ったのだった。



☆☆☆


 数日後。


 高級娼館【蜂蜜亭】――特別客室。


「今日も君は美しいな」


 一人の優男がそう言って、この【蜂蜜亭】において人気ナンバーワンの娼婦、リラの背中を撫でた。


「あら、色男なノエルさんが何を言うかと思えば。いつも可愛らしい冒険者の子達を連れているじゃない」

「冒険者をやっている野猿みたいな女よりもお前達のような娼婦の方がよっぽど良いよ。あいつらはただの飾りだ。他の馬鹿冒険者共の嫉妬と羨望の視線はな……癖になるんだよ。飽きたら、ポイだ」

「悪い人ね……ああ、そういえばこないだお願いしてた物、持ってきてくれた?」

「ああ。全く、お前も物好きな奴だな、刀が見たいなんて」


 そう言ってノエルは、布に巻いた細長い曲刀をリラへと見せた。


「あら、ノエルさんはご存知ないの? 刀は武器であると同時に、芸術品でもあるのよ? なんでも使い手の魂が込められているとか」


 リラがおっかなびっくりそれを抜くと、うっとりとその冴え冴えとする刀身を見つめた。


「ふん、細長いだけの剣だろうが。しかし俺が刀を持っているって良く知っていたな」

「持って無くても、私が見たいと言えば、用意してくれるでしょ」

「どうだかな。まあ、どうしてもそれが欲しいというなら、売ってやっても良いが」


 図星なのを隠すノエルを見て、リラは微笑みを浮かべた。


「そういえば……最近、新人が入ったの。ヒナギクの子なんだけど、どう? 一緒に可愛がってみない?」

「ん? ヒナギクの女か。ああ、そういえば最近、抱き損ねた奴がいたな。良いだろう。そいつも呼べ」

「ふふふ、流石ノエルさん。では、ちょっと待っててね」


 そう言ってリラが去っていく。さりげなく、刀を部屋の入口の近くに立て掛けた事に、ノエルは気付かない。


「くふふ……ヒナギクの女は初めてだな……楽しみだ」


 そして、扉が開いた。そこには化粧をして、艶めかしいドレスを着た――赤髪の少女が立っていた。


「ほお……中々の上物じゃないか、さあ服を脱いでこっちに――おい何をやっている」


 その少女は立て掛けてあった刀を取ると、まるで生き別れの子にあった親のようにそれを抱きしめた。


「ごめんね……【凰花おうか】。もう二度と離さないから」


 少女の言葉にノエルが、目を細めた。そしてようやく――その少女に見覚えがある事に気付いた。


「お、お前は!!」

「久しぶりですね……ノエルさん。刀、返していただきありがとうございます。ついでにお金も返していただきたいのですが」


 少女――アスカが音もなく刀を抜いた。


「ちぃ! くそ! リラめ! 俺を売りやがったな!! 」


 ノエルが慌てて枕元に置いていた護身用の短杖へと手を伸ばした。


「させません!!」


 アスカが地面を蹴って、ノエルに斬りかかるが――


「馬鹿め。俺が逃げ道を用意していないとでも?――【転移テレポ】」


 そう言って、ノエルの姿が消えた。


 ふう……と息を吐いたアスカが小さく呟いた。


「……結局バルディスさんの言った通りになっちゃった」


 そう言うと、刀を持ったままアスカは部屋を飛び出した。



☆☆☆



 ノエルはというと、【蜂蜜亭】の裏に予め作っていた【転移陣】へと移動していた。本来、転移魔術は詠唱なしでは発動できないのだが、【転移陣】を作っておけばそこへの移動は一回限りだが、一瞬で移動できるのだ。


「念の為に作っておいて良かった……。くそ! あのビッチがああ!! 俺を裏切ってただで済むと思うなよ!! この娼館ごと燃やしてやる――おい、お前ら!! 服を持ってこい! おい!」


 ノエルは、娼館の入口と、裏口――つまりここに待機させていたはずの部下達がいない事にそこでようやく気付いた。


 夜風と共に、血の匂いが漂ってくる。


 娼館の裏から続く路地に、小さな火が灯った。


「よお、色男。こんな夜に裸で何をしているんだ? ヤリ過ぎて頭がおかしくなっちまったか?」


 そう話しながら歩いてきたのは、煙草を吸っている一人の男だ。くわえ煙草をしており、両手には小振りの剣が握られている。


「なんだてめえ!」

「お前さ、護衛を置くは良いけどよ……一人ぐらいは前衛職の奴を置いておけよ。まさか全員が魔術師とは俺も思わなかった。おかげで――


 ノエルが見れば、その男の足下には、血を流して倒れている男達がいた。


 男の両手の剣からは血が滴っている。


「グラム! ベクラ! てめえ! よくも俺の部下を!!――【フレイムランス】!!」


 ノエルが短杖を男に向け、魔術を放つ。それは炎の中級魔術であり、ノエルの二つ名である【炎槍】はこの魔術からついたものだ。


「まったく、ほんとに仕事が楽で助かるよ」


 目の前に迫る炎槍を見て、男がニヤリと笑った。


 その後の行動はシンプルだ。


 ただ、炎の槍に向けて左手に持った黒い剣を振っただけ。


 たったそれだけで――ノエルが放った必殺の魔術がまるで手品のように消えた。


「は?」

「生憎、俺に魔術は通用しねえ。せいぜい前衛職を散々追放しちまった自分を恨むんだな」

 

 あっという間に目の前へと迫った男の剣がノエルへと突き立てられた。


「がはっ!」


 胸から血を流しながらノエルが地面へと倒れた。


「あ、が……くそ……なんで俺の魔術が……お前――まさかバルディスか!? 【魔術師殺しメイジ・マッシャー】の二つ名を持つ……伝説の……」

「素直に教えるとでも? さてと……実はよ、複数人の女からお前に復讐したいって依頼を請け負っていてな。どうしたもんかと考えているわけよ」


 倒れたノエルの側に屈んだ男――バルディスが意地の悪い笑みを浮かべてそう言った。


 這ってでも逃げようとするノエルの足を掴み、離さない。


「た、助けてくれ! 金なら払う! いくら欲しい!? 俺はAランク冒険者だ! 金ならいくらでも用意できる! な? だから殺さないでくれ!」

「殺しはしねえよ。俺は殺し屋じゃねえからな」


 そう言って、バルディスが立ち上がった。


「ってもよお、お前最近、この【蜂蜜亭】への支払いも滞っているらしいな」

「なぜ……それを」

「だから、言っているだろ? 教える義理はないって。ま、とにかく俺は、お前が何をしようがどうなろうが知ったこっちゃない」

「く、くそ! こうなったら!!――【サモンイーヴィル】!!」

「あん? っ!!」


 バルディスが不穏な気配を察知し、ノエルから素早く離れた。同時に、ノエルの血が魔法陣を描いていき――そこから現れたのは、全身鎧を身に纏った騎士だった。黒い鎧で血塗れの大剣を握っており、黒いモヤが鎧の隙間から漏れ出している。


「お前、禁術にも手を出していたのか。大馬鹿野郎だな」


 それは自身に呪いを掛ける事で、血を媒体に魔物を召喚する事が可能になる禁術だった。王国の法律では使用が厳しく取り締まられている。


「いざという時の為の保険はよお……あればあるほど良いんだよ! さあ【デモンズメイル】よ! その男を殺せ!! ついでに後ろの娼館の奴も全員殺すぞ!!」


 ノエルが狂喜の笑みを浮かべながら短杖をバルディスへと向けた。


「あー、流石に血を使った禁術には効かねえんだよなあ……参ったね」


 余裕そうにそう呟きながらも、バルディスは【デモンズメイル】の剣撃を躱すのに必死だった。


 気付けば、バルディスは壁際まで追い詰められていた。


 【デモンズメイル】が剣を大きく振り被った。間違いなく、直撃すれば死ぬ一撃が放たれようとしている。


「死ね!!」

「ちっ、ここで使いたくはなかったが――」


 バルディスが両手の剣を構えようとした瞬間。


「手伝いますよ――バルディスさん」


 バルディスの前で、銀光が二つ閃いた。


 風を斬る音と共に、【デモンズメイル】の首と胴体が切断され、黒い霧となって消失する。


 残った黒い霧の中から現れたのは、刀を構えたアスカだった。


「今ので依頼料、安くなりません?」

「誰も助けてくれなんて頼んでねえよ。押し売りは良くないぜ? だが……助かった」

「お安いご用ですよ」


 バルディスが余裕そうに煙草に火を付けた。


「うそだ……うそだうそだうそだああ! 俺の【デモンズメイル】が! くそこうなったら!! 俺の最大火力で焼き尽くしてやる」


 ノエルが自らの血を短杖に塗りたくって、魔術を発動させようとする。それもまた、血を媒体にすることで上級魔術を詠唱なしで発動できる禁術だ。


「っ! バルディスさん、あれは!」

「心配するな。あいつはもう。そろそろ効果が出始める頃合いだからな」

「死ね!!――【ヘルノヴァ】!」


 ノエルが魔術を発動させようとした瞬間――全身から血が噴き出る。


「ああ?」


 魔術は発動せず、ノエルはそのまま地面へと倒れた。


「……うっし、これで依頼終了。あー疲れた」

「ちょ、ちょっと待ってください! 今のは!?」

「あー? 知るかよ。自分で考えろ」


 バルディスは煙草を吸いながら、去っていく。そのあとをアスカが大声を上げながら後を追った。


 娼館の前で血みどろになった男が倒れているのを目撃した人々もいたが、今夜も歓楽街は平和だと気にも留めず、彼らは通り過ぎていった。

 


☆☆☆



 今日も変わらず、バルディスは酒場で飲んだくれていた。


「あー!! やっと見付けました!!」

「ちっ、うるせえ奴に見付かったな」


 バルディスの下に駆け寄ってきたのは、いつもの駆け出し冒険者の姿になっているアスカだった。


「もう!! 捜していたんですよ!!」

「うるせえなあ。依頼は終わっただろうが。そっちに金が出来たら俺から会いに行くからさっさと冒険者でも娼婦でもなんでもやって稼げ」


 あの夜の後、ノエルは別の部下によって救助されたらしい。だが、どれほど治療を施しても、傷は癒えても後遺症は治せなかった。


 そう、ノエルは、あの夜以来魔術が一切使えなくなっていたのだ。


 そして――。


「聞きましたよ。ノエルは、魔術師として死んでしまい、冒険者業も出来なくなった。そのせいで……今は行方不明だとか」

「今頃、魚の餌にでもなっているんじゃねえか? ま、自業自得だ。娼館を敵に回した時点であいつは詰んでいたんだよ」

「娼館を敵に回す?」

「ああ。あいつは元冒険者の娼婦からも金品を騙し取っていたらしい。なのによ。腐れ外道だろ?」

「なるほど……ってことはその人達からも依頼を受けていたのですか?」

「まあな」


 バルディスがそう言って、紫煙を揺らし、ビールを口にする。


 元々は知り合いである高級娼婦のリラの紹介で、来た女達の依頼だ。たまたまそれとアスカの依頼が被ったので、請け負っただけだ。


 別に、アスカの瞳が綺麗だったから、とかそういう理由では決してない。バルディスはそう自分に言い聞かせていた。


「ま、そういう事で無事、刀は戻ったし、ノエルは再起不能だ。文句はねえだろ」

「はい。仕事としては完璧です。バルディスさん、かっこいいですね」

「ぶっ!! な、何を言いやがる!」


 思わずむせてビールを噴き出してしまったバルディスが咳き込みながら怒鳴る。


「ところで、なぜノエルさんは魔術が使えなくなったのでしょうか? それはバルディスさんの二つ名の【魔術師殺しメイジ・マッシャー】と何か関係が?」


 アスカが気にせず言葉を続ける。


「知らねえよ。ちっ、誰に聞いたんだそれ」

「秘密です。私の予想では、その剣に秘密があると見ました。魔術を掻き消す剣と、魔術師の体内で起こる魔力循環を阻害する毒、もしくは呪いが込められた剣の二刀流。魔術を斬り、そして魔術師自体の魔力すらも斬ってしまう――ゆえに【魔術師殺しメイジ・マッシャー】……違いますか」

「さてな。話は終わりか? じゃあさっさと娼婦でもなんでもやってこい」

「そういえばお世話になったリラさんに、本当に娼婦をやったらどうだって誘われましたよ。丁重に断りましたけど」

「【蜂蜜亭】なら一か月で250万ギルぐらい稼げるぞ」

「嫌ですよ。私は自分の腕だけで稼いで見せます」

「だったらさっさと依頼でもなんでも受けてこい」


 バルディスがそう言って、もう用はないとばかりに手を払った。


「そう言うかと思って、実は、一つ依頼を取ってきました」


 アスカがニコリと笑い、そうバルディスへと言い放った。


「取ってきた……?」

「ええ。なんでも、ネクロマンサーというだけでとか」

「おいおいおい、待て待て待て。何の話だ」

「私、もうどこかのパーティとか入るのはまっぴらごめんだけど、娼婦もとりあえずはしたくないんです。でもバルディスさんにはお金を払わないといけない。なので――バルディスさんのお仕事を手伝って、その給与分を返済に充てるということにしたのです!」


 その控えめな胸を張るアスカを見て、バルディスがポロリと煙草を落とした。


「は? いやお前何を言っているんだ」

「へ? 何もおかしくないですよ? すぐに返せないので働いて返済に充てるだけです。この仕事、結構稼ぎが良いでしょ?」

「いや、そうじゃなくて! なんで俺の仕事を手伝うことになるんだよ!」

「まあ、良いじゃないですか。ほら、バルディスさんって魔術師には強いですけど、あの時の鎧みたいなゴリゴリの前衛職が相手だとちょっと苦戦しますでしょ? そんな時の為の用心棒に私を雇えば良いのです! 娼館への潜入もお任せあれ!」

「アホか。あの夜は、ちょっと出し渋っただけで、別にお前がいなくても――」

「でもいた方が仕事やりやすいと思いません?」


 ……その言葉に一理あるな、と思ってしまった時点でバルディスの負けだった。最近依頼が増えてきて、一人ではこなせない依頼が増えてきたのも事実だ。


 全く、どこもかしこも追放だらけだ。


「言っとくが、厳しい仕事だぞ、きれい事も言えないクソみたいな仕事だ。人の復讐を請け負うなんてのは外道のやり方だ」

「最初から、綺麗な身ではありませんから。覚悟の上です」

「給与から返済分やその他諸々天引きするからな」

「生活出来る程度のお金をいただければそれで」

「はあ……その依頼人とやらを呼んでこい」


 諦めたバルディスはため息をつきながらそう言うと、


「やった!! 流石バルディスさん! 好き!」


 アスカが抱き付いてきた。


「馬鹿野郎、そういうのは軽々しく言うんじゃねえよ! さっさと呼んでこい!」


 嫌そうな顔をするバルディスだが、アスカは気にせずそのままバルディスの身体を離した。


「ふふふ、この【銀閃】のアスカと【魔術師殺しメイジ・マッシャー】バルディスが組めば、敵無しです!」

「ったく。言っとくがな、俺はもう【魔術師殺しメイジ・マッシャー】じゃねえ。その過去はもう捨てた」


 バルディスが立ち上がって走り出そうとするアスカの背にそう言葉を投げた


「へ? 違うんですか?」


 振り返ったアスカに、バルディスはニヤリと笑うと、こう答えた。


「ああ。今はな、こう名乗っているんだ――【】とな」



 世は大冒険者時代。


 加熱する冒険者同士の競争によって、幾人もの冒険者が理不尽にも追放されていく。


 追放者を憎み、復讐を誓うが、それをする力はない――そんな哀れな者達へと救いの手を差し伸べる二人組がいた。


「その追放者への復讐ざまぁ、俺達が請け負うぜ?」


 



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