第5話 仲良くしましょ
村に来てようやく一週間が経った。
充実した──いや、濃密な一週間だった。
俺は顔を洗い、歯を磨き、白いワイシャツにスラックスを着て仕事に行く。
トミさんや飯岡さんが「行ってらっしゃい」と声をかけてくれる。俺は「行ってきます!」と大きな声で返事をした。
······ここまでは、普通の生活に見えるだろう。けれど、大体続きがある。
「寺嶋さん、猪は捕れるようになったかしら?」
「野菜みたいな言い方しないでください。無理です」
「あらぁ、そろそろ寺嶋さんが捕まえた獲物が見たいわ」
「孫みたいな言い方しないでください。無理ですから」
「寺嶋さぁん! 明日鹿狩りしませんか!」
「しませぇん!
「そんな軟弱なわけないでしょ。子供でも出来ますから!」
「子供にあんな警戒心EXモンスターを狩らせないでください」
「モンスターて(笑)」
挨拶の後に必ずされる話。俺はやっぱり何か一頭狩らないといけないのだろうか。
それともよそ者扱いされているのだろうか。
職場に向かおうとしていると、畑の中をもそもそと動く影を見つけた。
竹取物語じゃないが、あやしがりて寄りて見るに畑の中熊いたり。
かぼちゃを食い荒らす熊に、俺は見ないふりをしようとしたが、あっちに目をつけられた。
俺が怯えると、熊は仁王立ちで威嚇してくる。前足まで上げて、「ガァァァァ!」と叫ぶ。
はい、即死不可避──★
さよなら人生(作詞作曲:俺)を心の中で歌っていると、熊がいきなり「あれっ?」と首を傾げる。
俺も「あれっ?」と首を前に突き出した。
「もしかして、『こいつ、瞬殺しないのか?』って思ってんのか?」
出来るわけねぇだろ。こちとら一般ピーポーなんだよ。この村のじいさんばあさんみたいに素手殺しなんざしねぇよ。
俺は都合よく近くにあった葉っぱ付きの長い枝を拾い、熊に向かって振りながら近づく。
「あっちいってください。森にお帰りください。あっ、違う。山にお帰り」
お祓いみたいに熊を追い払おうとするが、そんなもの通用するはずもない。
枝は熊にペッ! とはたき飛ばされる。俺から「ひえっ」と情けない声が出た。
熊はくんくんと大きな鼻で俺の匂いを嗅ぐ。
ああ、俺はついに食われるんだな。グッバイ今世。来世は幸せに生きたいな。
ふと、俺は鞄の中のサンドイッチを思い出した。
そういえば、養蜂家の林さんから蜂蜜を貰ったな。たっぷりの蜂蜜につけて、柔らかくした肉を挟んだやつを作ったんだ。
俺はサンドイッチを包みから出して、熊に渡す。熊はサンドイッチを嗅ぐと、俺の手を噛まないようにそれを咥えて、山に帰っていった。
俺は何とか逃れた災難に、へなへなと腰が抜けた。
***
初日の仕事を終えて、家に帰る。
初めての職場は皆優しくて、誰も理不尽に怒ったり、文句をつけたりしなかった。
社長を含め、子供がいる人が多くて、定時になった瞬間に全員が退社。
残ろうとすると「早く帰んな!」と言われるくらいだ。徹夜しなくていいだなんて、なんて素敵な職場だろう。
家に帰ってもやることなんて、まだないんだが。
ほくほくしながら家に帰ると、戸口に熊が立っていた。
俺は「うぇぇえぇぇい!」と変な声で叫ぶ。熊はすっくと立ち上がると、長い葉っぱの包みを俺に差し出した。
あ、これ某有名アニメーションで観た展開だ。
俺がそれを受け取ると、熊は俺をギュッと抱きしめ、何事も無かったかのように山に帰っていった。
俺はそれを見送り、家に入る。
包みの中は川魚だった。久しぶりに食べる普通の食事に、俺は感動する。
魚を食べることが、こんなにも嬉しい日が来るとは思わなかった。ありがとう、熊さん。
風呂に入り、ちょっと夜ふかししてから寝る準備をする。
村人にも、熊にも驚かされたが、俺は何とかやっていけるかもしれない。
そう思いながら、俺は布団の中で目を閉じた。
「······そういや、熊なのにどうやって魚包んだんだ?」
村人がチート。熊までチート。
俺はこの村に、本当に馴染めるのだろうか?
社畜、間違えて超人の村に移り住む。 家宇治 克 @mamiya-Katsumi
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