第4話 ワシの若い頃はなぁ
近所の商店で買い物をする。
木造で、店番のおばあちゃんが一人いるくらいの小さなものを想像していたが、普通のスーパーが一軒あった。
壁や床に年季を感じるが、カートもショーケースもそこそこ新しい。
俺はカートを押しながら、今日の夕飯を考えていた。
昨日は猪を食べたしな。一昨日だって熊を食べた(つーか、食わされた)。
そろそろ普通の、ごくごく平凡なご飯が食べたい。
魚もいいな、野菜でもいいかも。色々考えていると、精肉コーナーの前を通る。
そういえば、豚や鶏という手もあった。ちょっと高いが、牛肉でもいいかな──
「お前ここにもいんのかよ!」
スーパーなのに、俺はうっかり大きな声で叫んだ。
真っ白なパックに詰められた肉、その表記は『熊肉 肩』。叫んだっていいだろう。
······いや、俺は何も見ていない。
村に来た時から驚きの連続だった。見間違えただけなんだ。
俺は自分にそう言い聞かせて、「さぁて牛肉は〜」なんて言って精肉コーナーを歩く。
だが歩いても歩いても熊、熊、猪、鹿、熊──
「ジビエ以外が食べたい」
「何を言っとるんじゃ! 若造め!」
俺が項垂れていると、知らないおじいさんにいきなり怒られた。
おじいさんは精肉コーナーをちらと見ると、ふん! と鼻を鳴らす。
「こんな出来合いの物に頼りおって!」
「いや、出来合いじゃない熊は普通に無理っす」
「自分で狩って捌いてこその肉じゃろうが!」
「出来たら苦労しないです」
「ワシが若い時はなぁ!」
──あー、何だか懐かしい。
前の上司がそんな風に話を切り出して、どうだっていいショボイ武勇伝を語っていたなぁ。
「畑を荒らしに来た山の主を素手で殴り返したもんじゃ!」
「ちょっとそれは想定外なのでやめてもらっていいですか?」
いやいやいや、山の主て!
見たことも聞いたことも無いんですけどぉ!?
俺が呆然としている間にも、おじいさんの昔語りは暴走していく。
川の主を羽交い締めにした時は死ぬかと思ったとか、山の主との死闘は三日三晩続いたとか。
理解が追いつかないまま話はどんどん進んでいく。
もう「はい」としか返事ができなかった。
おじいさんに捕まって十分ほど経つと、トミさんがやってきて、「あらぁ
「こんなとこでお話ですか?」
「最近の若いもんはたるんどる! 山の主、川の主の一つや二つ、捕まえられないと!」
「あらま、何言ってるんですか」
トミさんは品よく笑うと、塚森さんをなだめる。
「たるんでるだなんて。失礼ですよそんなこと言っちゃあ」
「じゃがなぁ!」
「大体、塚森さんなんて、主を捕まえたのなんてたったの三匹じゃありませんか。私でも五匹は捕まえましたよ。それをふんぞり返って威張るだなんて」
塚森さんはトミさんに言い返されてむぅ、と頬を膨らませる。トミさんは俺に会釈をして「お買い物楽しんで」といなくなった。
塚森さんも買い物に戻るが、俺だけその場に取り残される。
「いやいやいや! 山だろうと川だろうと、主捕まえるとか普通じゃねぇから!」
本日二度目の大声が出た。
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