第二十八話 弱点
「さっきの話に戻るけど、」
「ええ」
ウミガメに似たシェフ――そうね、『ウミガメもどき』とでも名付けましょうか。
ウミガメもどきが運んできたデザートのトライフルをスプーンで
「王様はああ見えて、地球上最強の完全無欠キングってわけじゃないんだ~」
本気になれば『呪い』のみで地球をまるごと消し去ることのできる人間のどこが「地球上最強ではない」のか?気になる点が濃く現れるセリフだが、いちいち会話の進行を妨げていてはいつまで経っても王の弱点を知ることができない。
そう考えて静かにスプーンを持ち上げゼリーを口に運んだ私を見て、
「ん、ん……う~ん、美味しい! さすがだよ、シェフ~!」
「あわぁ~! 王様ぁ、勿体無いお言葉です~!」
……どうやら、白の王はウミガメもどきをいたく気に入っているらしい。
彼から直接そう語られたことは今のところ一度もないのだが、ウミガメもどきに接している時の白の王は、私や赤の王と共にいる時とは雰囲気が異なっていた。
(同じ人外同士、気が合うのかしら……?)
ふと、頭によぎる楽しそうな“妄想”。
もし、もしも。亀に成り損なったアレを私がこの手で殺したら――……彼は、『私』という存在を「お気に入り」にしてくれるのだろうか?
(……なんて、ね。考えてみただけよ)
白の王は空になった皿に食器を置き、両手を合わせて「ごちそうさまでした~!」とウミガメもどきに微笑みかける。
そして、紅茶の注がれたティーカップにミルクを投入しつつ口を開いた。
「アリスくんは、何だと思う? 王様の弱点~」
「えっ? そ、うね……」
不意打ちでしかない突然の問いに対して適切な返答が浮かぶわけもなく、右上に目線をやり腕を組んで脳みそを働かせる。
弱点というワードを耳にして真っ先に連想するのは、代償が必要になる……つまり『呪い』を使用した際に発生するデメリットだが、私の仮想案を聞いて白の王は緩くかぶりを振った。
「残念~。たしかに、日本には『人を呪わば穴二つ』ってコトワザがあるけど、王様に関しては『呪い』を何回使ってもデメリットなんてただの一つも返ってこないんだな~、これが」
「そんな……それじゃあ、ただの呪い得じゃない……!」
「あははっ、上手いこと言うね~! そう、呪い得なんだよ……だからこそ、抑制力として十分なんだ」
そこでいったん言葉を切った白の王は、直後に何か言いかけてから再び唇を引き結んでしまう。
そして、神妙な面持ちで数秒のあいだ考えるような素振りを見せた後、改めて顔に笑みを貼り付けた。
「……ねえ、アリスくん。君は、物語においての“神様”って誰を指すと考えてる?」
「神様?」
関係性も脈絡もない質問に少し驚いてしまったけれど、先ほどとは違い『正解』が目に見えた質問である。
物語においての“神様”が誰か、ですって?そんなもの、たった一人しか存在しないわ。
「主人公、でしょう?」
なんの
「これも……残念、ハズレ~」
「どうして……?」
「物語においての“神様”は、どの話でも『作者』しかいないからだよ~」
たしかに、完結まで書き終える『作者』がいなければ『物語』はこの世に生まれていない。故に、彼・彼女らが神様であるという意味であれば、言わんとすることは理解はできる。
しかし、登場人物とは違い物語においてストーリーそのものの中核に関わることがない作者はただの部外者であり、神と呼ばれるに
……と、そう主張したいのは山々なのだが、彼の言い分に揚げ足取りのような形で反論するのはなぜか気が引けてしまい、ただ無言を返すことしかできない。
「ああ、ごめんね~! 今の話には特に意味はないんだ~!」
「そ、そうなの……?」
「そうそう。ただ……白ウサギちゃんにとって、王様は紛れもなく神様でしかない、って事だよ」
「……?」
白ウサギにとって赤の王はとても特別な人間であるということは既知しているものの、それ以上の意味を汲み取ることができず思わず首を傾げた。
白の王はいつも通りの微笑みを
「……彼は“神様”で
――……チリン。
ぽつりと落とされた白き王の言葉は鈴の音にかき消されてしまい、私の耳に届くことなく空中で消えてしまった。
「……王様の弱点はね、“人を殺せない”って所だよ~」
「……え?」
呪いを
これほど
「……ははっ……」
「……? アリスくん?」
「ふふっ……ふ、あははっ……!」
おかしくて笑いが止まらない。
ああ、そういうだったの。赤の王様。貴方を「サイコキラー」なんかに例えてごめんなさいね。
私にかけた『呪い』だって、元を辿れば「殺せないから不死の呪いかけた」というマヌケな理由がオマケで付いてくる笑い話ではないか。
「……ねえ、白の王様。私、赤の王を殺す前に、一つやりたい事ができてしまったわ」
「やりたい事? な~に?」
「人の殺し方を教えてあげたいの」
彼の後ろにいたウミガメもどきは驚いて、手元のティーポットをコロンと床に落とす。
白の王はそれに構うことなくからからと笑い、
「名案だね、さすがアリスくんだ」
持ち上げたティーカップを乾杯でもするかのように掲げ、口元の笑みを深くした。
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