NO5. 都市伝説・カナ


 楓迦の出現により逃げるように部屋を退散した三名は目当ての相手を探して町中の大通りから外れた路地裏へ入っていた。

「……ここ?」

「いや場所は適当だけど、彼は耳がいいからね」

 薄暗い日陰の先を先導して歩く旭が答える。

 『彼』は聡明だ。一般人の目に触れるような場所では話どころか姿も現そうとはしない。逆に同盟の仲間達がわざわざ人目を避けた場所へ入り込もうものならすぐさま察知するはず。

「カナ、カナ。いるかい?君の力を借りたい」

 路地の先、密集した建物の合間に出来ている僅かに開いたスペースまで行き着くと、旭は件の名を呼ぶ。

 返答は思いの外早く返って来た。

「猫の手ならぬ犬の手すらもか。よほどの困りごとと見える」

 人では入り込めないような小さな隙間からぬっと現れたのは平均的なものより一回り程度大きな柴犬。やけに毛並みも体付きも良いのは彼が普通の野良犬ではないから。

 人語を解する時点で普通の犬ですらないのは明白ではあるが。

「やあ、久しぶり。君は用がないと友に顔も見せに来てくれないね」

「私は人に恐れ疎まれる為に産み出された存在だよ。都市に潜む薄皮一枚先の恐怖。そんなモノがおいそれと姿を晒すわけにもいくまい」

「……カナ」

 旭が何か言うより先に後方で控えていた白埜が歩み出る。

「ほう、幼き聖獣の仔よ。息災でなにより」

「……うん。これ」

 屈んだ白埜がカナと呼ばれる柴犬の前に大きな肉塊を置く。ここへ来る途中で寄った肉屋で購入したものだ。

「報酬の前払い、ということかね。私は別に君達の頼みに対価を要求するつもりはないが」

「言うと思った。でもそれは白埜が自分のお小遣いで買ったものだよ。前の救出前線ではとてもお世話になったからって」

「んなもんあたしに頼ってくれりゃ百個でも二百個でも買ってきたのに、ほんと律儀で可愛いわよねハクちゃんて。好き」

「君は店員を唄で洗脳して支払いもせずに持ってこうとしてたよね…」

「音々…君というやつは」

 旭とカナの視線を受けてもなんのその。知ったことではないと鼻息ひとつで返事とする。

「…まあ、いいか。それでカナ、さっきも言ったけど戦える者を揃えたい。都市伝説としての力を全て取り戻した今の君ならそれを期待できると踏んで来た」

「争いはいつまで経っても絶え消えぬものだな。特異家系も消滅したというのに」

 彼は旭よりも長くを生きる老犬だ。人外という、歴史の深さと語り継がれて来た年歴、そして人々から寄せられる多くの認知と感情の集積が直結してひとならざるものの格となる。

 『都市伝説』という三、四十年程度の歴史しか持たないジャンルは、しかし口伝による異常なまでの伝播速度によって人間の恐怖と認知度だけで格を補填している。

 一番若く、一番知られている存在。その最高峰。

 『都市伝説・人面犬』。

「分かった。事情はともあれこんな場所にいつまでも幼子を置いておくものでもない。話はあとでゆっくり聞こう」

「助かるよ、ありがとう」

 肉塊を口で咥えて、カナは老犬とは思えぬ健脚で路地の出口を目指し四足を蹴った。





     カナ


   《人物詳細》

 最強の都市伝説。口裂け女と並ぶ知名度を誇る妖怪種の古強者。

 昔は人を喰らい殺す悪逆の徒だったが改心。とある人間の少女に忠誠を誓い名を貰い受けたものの、紆余曲折の末に少女の死と共に『突貫同盟』への加入を決意。現在は都市に影に身を潜め人に仇なすものを誅する。

 人面犬自体にはこれといった逸話も特殊な力も備わっていなかったが、長い年月を生きたことと純粋に人々の人面犬に向ける畏怖恐怖の総量が桁違いに多いことでただただひたすらに存在が強化されている。

 本来は真名の通り人の顔をした犬の姿だったが、人の子に飼われていた月日を懐かしんでもはやあの醜悪な姿を保持できなくなった。現在は大柄な柴犬の姿として日々を過ごしている。

 非常に穏やかで紳士的な言動と行動を取る。子供に甘く、大人に厳しい。同盟仲間達のことを親戚の子や孫を見るような態度で優しくも厳格さを忘れない距離感で接する。




   《能力》


 ・『都市伝説(EX)』

 カナという存在の根源。

 ただ在るだけで恐怖を集約させる現代日本の非現実的側面の概念。

 その名が、その姿が、その物語があるだけで人面犬という存在の強度を上げ続ける。既にその膂力は東方の鬼や西洋の竜にも匹敵するポテンシャルを秘めている。

 端的に表すと、普通にめちゃ強い。

 物理的に速過ぎて見えないし、純粋に力が強過ぎて爪や牙を振るうだけでビルが全壊したり大地が引き裂かれたりする。その気になれば肉体を膨張させて巨大な狼みたいな姿にもなれる。ならなくてもそれと同じだけのパワーが普段通りの柴犬スタイルに収められている。

 でも紳士だからできるだけ破壊とか殺戮とかは避ける。でも昔は平然とやってた。


 ・〝反獣人化〟

 妖魔アルの経験した『反転』現象を基盤に独力で行き着き会得した技術。人外としての性質を裏返し出力を数倍に跳ね上げる奥義。

 人面犬の場合は人の身体に犬の頭部を持つ犬面人に変化する。この際、黒いロングコートを羽織ったフォーマルベスト姿の老体の姿と化す。





ちょっと紹介↓

https://kakuyomu.jp/works/1177354054892405146/episodes/1177354054922623093

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