NO4. 大精分霊・楓迦


「おれとか白埜とかを戦場に出す気?まさかね」

「……がんばる」

「がんばらんでいい」

「ハクちゃんは存在そのものがバフみたいなもんだから」


 アルと音々の猛反対により白埜の参戦は無しとなった。旭としてもあの白銀の少女を戦闘員として数えるつもりはもちろんなかったが。

 だが逆にレンのフォローをする者が誰もおらず、むしろ出ろよオーラを全開に当てられて困りに困ったレンは自身の代打を自力で呼ぶ羽目になった。


『うーんそれでわたくしを呼ぶとはなかなかの不敬。女王様奪還計画で出禁にされたとはいえ、一応「妖精界」で生まれ育った方ですよね?』


 室内を強烈な風が廻る。

 窓を開け放したベランダから入る突風は自然のものではない。

「マジで呼びやがった。よく来たな」

「まあお前さんと違って、おれはまだ精霊種と友好的な関係性のままだから」

 強風は部屋の中でもお構いなしに荒れ狂う。ひとまずは纏う風を解いてもらい、彼女には居間に降りてもらう。

 歳の頃は白埜と大差ない童女にも見えるが、この存在は外見と生きた年数が一致しない。

『一応あなた方同盟の一助としてかつて加勢した身ですので馳せ参じましたけど…レン?分霊とはいえ四大精霊を呼び出すのはちょっとどうかと思いますよー?』

 薄緑のワンピースの裾を払いながらニコリと笑う少女の圧に、知らず足が二歩後退していた。

 大気に満ちる五大(西洋においては四大)精霊。それらの力が集う根源の元素を統括する大精霊。

 世界の維持に関与するその存在は神種と並び称されるほどの権威と実力を兼ね備える。

 彼女の名は楓迦ふうか。世界中に散らばっている風の大精霊シルフの一部。極東に配置された大風精の分身、分霊。

 『突貫同盟』の準レギュラーと(勝手にメンバー入り)されているものである。

『…はあ。とにかく事情を、聞くだけ聞きましょっか』

「ええ。実はかくかくしかじかでして」

『ちゃんと説明しないならそこの窓ブチ破って外に吹き飛ばしますよ』

「あ、すんません……」

 瞬間で姿勢を正し真顔に戻るレン。ちなみにこの部屋はマンションの八階にある。いくら人外でも落下したら瀕死だ。

「おい大将ちょっと外出ようぜ、ワン公なら呼べば手ェ貸してくれんだろ。ほら、白埜もお散歩行こうなー」

 滅多に見ない穏やかな表情で白埜の手を取り旭と共にドアへ向かうアルの体が風に攫われ今へ逆戻りしていく。

「ちょっ!?テメっ楓迦!」

『あなたにも話があるんですよー妖魔のアル。か弱い人界の精霊達が苦情を寄せてくるんです。武器を介して精霊の力を使い倒す不作法ものがいると』

「あー…っと。じゃあ、白埜は僕と一緒に行こうね。アルもレンもお話しが長引くみたいだから…」

「……ん」

 呼び止めるアルの声を極力耳に入れないようにそろりと外へ繋がるドアを開けて出る。ちらと背後を窺ってみたらいつの間にか無言で音々も付いて来ていた。凄まじい胆力の持ち主である彼女も大精霊の威圧には勝てないらしい。




『ふむふむう。なるほど異世界…』

 レンの懇切丁寧な説明を受け、うんうんと頷いた少女はにっこりと笑んで正座するレンの頭にそっと手を置く。

『普通にあなたが行けばいいだけの話ですよね?何故わたくしを?』

 手の内から発生した旋風が頭上すれすれで威力を蓄えて行くのを感じる。一気に冷や汗が噴き出て止まらない。

「こ、この世界とは違う法則が渦巻く異界の地となれば私のような若輩では些か荷が重いかと……故に大精霊さまのお力をお借りできないかとお呼びした所存でありまして……」

 隣で(こちらも正座)で座るアルは心中で十字を切った。さらば友よ。風の刃が断頭するまであと数秒―――。

『…はー。まあ、いいでしょー』

「…っえ!?」

『ん?』

 女神のような慈愛に満ちた笑顔を向けられ驚愕を強引に押し殺される。何を言っても地雷になりそうだ。

 しかし楓迦は得心がいったようにもう一度頷いて、

『確かに理屈は通ります。異世界…にわかには信じ難いですが、実在するのなら相応の備えは必要。その為にわたくしを呼んだというのであれば、子らの望みに応じるは大精霊の務めなれば』

「参戦…してくださると?」

『そう言ったつもりでしたが』

 今度の微笑にはなんの圧も伴わない、純粋な善意を感じられた。レンは自身の命が二つの意味で救われたことを悟る。

「よっしゃ。んじゃこれで残り枠はあとひとつ」

 立ち上がったアルが指折り数を確認すると、ふわりと浮き上がった楓迦がこてんと首を傾げた。

『おや。わたくしで四人目では?』

「五人目はもう大将達が呼びに行ってる。あとひとりは、まああとで決めるか」

 ぐーっと大きく伸びをしたアルがカーペットの上に寝転がる。出て行った組が戻るのを待つ間昼寝でもするつもりらしい。

『アル。わたくしは正座を解くのも寝転がるのも許可してませんよ?先程のお話しがまだ済んでません』

「あ?んなモンまた今度でいいだろ」


「うわ…」

 マンション八階から悲痛な叫びと共に褐色の妖魔が落下してくるのを、一階に降りていた旭はドン引きで眺めていた。






     楓迦


   《人物詳細》

 風の大精霊シルフの別け身。日本に配置された欠片の一角。

 世界中に振り分けられている力の一片でありながら、大精霊はその分霊ひとつひとつが必要と感じた時に全体の力をその分霊へ集約させることが出来る。大精霊はどこにいようが、分霊体がいる限り常にその場で全力を展開可能。

 風の精霊だが、実際は空気を自在に操る能力といえる。大気の比重や密度を変え指向性を与えることで風の斬撃や打撃を生み出す。また防御においても同様の手法で対応が可能な為、攻めるにせよ守るにせよ汎用性の高い動きができる。

 好奇心が強く未知に対し惹かれやすい。今回の参戦も退屈な日々に刺激を得られると考えたから。

 大抵のことには寛容だが、あまりにも信仰が薄かったり気安過ぎたりするとそれなりの塩対応をされる。同盟内では旭と白埜以外には大体塩。

 極力戦闘より穏便に話が片付く方を望むが、やむをえないと考えればすぐさま手を出す。大精霊というスケールの大きさ故か、個体の死生にはあまり強い関心を示さない。だから殺す時はすぐ殺す。

 能力は風と空気で成せることはほぼ全部やれる。チート。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る