第2話
だが、庭師のホーリーは大の植物好きで大事に世話をしているのもあるのか、はたまた優しい人柄だからか、いつも彼の周りには色々な妖精が集まってくる。彼自身は妖精の姿は視えないが、声は聞こえるらしい。その当人は肩を震わせながら、大きな体を縮めてアルトラの前で膝をついている。
「ア、アルトラ様っ! その……この度のこと」
「ホーリー、顔を上げてくれ。別に怒ってはない」
「し、しかしっ。俺がちゃんと確認をしていれば……」
「ねぇ、ホーリー。薬草って聞いたけど、どういうものだったの?」
セチアが二人の会話に口を挟んだ。
「セ、セチアさん!?」
ホーリーが驚いたように顔を上げ、彼女を見つめる。どうやら、セチアは彼の視界に入っていなかったようだ。
「おはよう、ホーリー。その薬草とやらを見せてもらえない?」
「お、おはようございます。それなんですが……」
彼が困ったように眉を下げて、言い淀む。不思議に思い、首を傾げるとコニーが口を開いた。
〈消えちゃったのー〉
「消えた……? 薬草が?」
「あ、いや。薬草というより花、でした」
「花?」
〈そう、ぱっとお花が消えちゃったの! ふふふ〉
コニーが楽しそうに飛び回る。妖精は見たものをそのまま口にするので、説明が雑だ。セチアは詳しい説明を求めるようにホーリーに視線を向ける。
彼の説明によると、こうらしい。
ホーリーがいつものように庭の手入れをしていた時に、気付いたら何故か森の中にいて、覚えのない変わった花を見つけたらしい。そして、どこからともなく声が聞こえ、「飲み物にその花を混ぜると体に良い」と言ったそうだ。不思議な声が聞こえるのは日常茶飯事なので、その声にも反応せずに彼は仕事を続けた。だが、庭を後にする時に、どうしてだかその花が気になり、摘んで持って帰ってきたという。そして、言われた通りに紅茶に混ぜたそうだ。それをたまたま遭遇したアルトラとローザが飲み、今に至る。その花はいつの間にか跡形もなくなっていたらしい。
おそらく、妖精の力でホーリーは花を摘むように操られたのだろう。
セチアは話を聞き終え、尋ねた。
「その花は、どんな花だったの?」
「真っ赤な花です。花びらではなく、葉が赤いものでした」
「それって……」
〈〈ポインセチアだー〉〉
コニーとライヒが口を揃えて言った。セチアが思い浮かんでいた花の名と同じだった。クリスマスの時期では、定番の花だ。
「つまり、ホーリーは花の精の声が聞こえたってこと?」
「花の精、だったんでしょうか?」
ホーリーは、すっかり落ち込んだ様子で俯いている。ポインセチアの精で、そのような人を操ってイタズラをする話は聞いたことがない。だが、他の妖精なら思い当たる節がある。
「そのポインセチアは、いたずら好きのプリンティーが持ってきたのかも」
「プリンティー?」
アルトラが首を傾げる。
実は最近、セチアは花の妖精以外の妖精についても密かに勉強していた。そして、以前読んだ本に似たような現象が書かれていたことを思い出したのだ。
「本で、クリスマスの時期にいたずらをする妖精がいるって読んだことがあるの」
「そのプリンティーがホーリーに花を見つけさせたということか……」
五歳児がソファで腕を組んで、考え込んでいる姿は何だか面白い。言っていることは大人な雰囲気があるのに、見た目が幼くなるだけでませた子供のようで可愛らしく見える。本人に言ったら、怒られそうだが――――。
〈じゃあ、そのプリンティー見つけよっ〉
〈プリンティー探しー!〉
コニーとライヒがクルクルと頭上を回る。妖精は楽しいことが好きだ。人を困らせたりするのも好きで、悪気があってやっていることが少ないので、少々困り者だ。だが、セチアは彼らの優しさも知っている。気に入った者に対しては、自分達の出来ることで愛情を示す。そんな彼らの素直さがセチアは好きだ。
そして、その愛を受けているアルトラやローザのことも好き。彼らもまた色々な人への慈愛に溢れている人たちだから。セチアも彼らの温かみに助けられた側の人間だ。居場所を与えてもらった。だから、恩返しがしたい。その機会が今だ。彼らを元の姿に戻せるのは、妖精が視えるセチアしかいない。
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