馬鹿にされたまおうが魔王を倒すまで~「凪の魔術師さんには才能がない」「勇者パーティにまおうはいらないんだよ」「正直言って、迷惑だ」と言われて勇者パーティ追放された俺、超覚醒。今更誘われても、もう遅い~

空海 陸(そらみ りく)

 

 時刻は夕方ごろ、ある酒場の1階でガラの悪い大男2人が腕相撲をしていた。腕相撲の決着がつけば、場は大盛り上がり。勝敗予想での賭博をする人たちもいて、それがさらなる賑わいをもたらしている。腕相撲は何度も行われる。たまに力自慢だけではなく、カードゲームに興じる時もある。イカサマが発覚した時の騒ぎようなんかはとてつもないものだ。2階にはそういう騒々しさを遠目で眺めて楽しむ人々がいた。そういう雰囲気を味わえるこの酒場は街の人気店であった。


 その酒場の3階のある個室では会議が行われていた。そこには賑やかさ、騒々しさは一切なく、剣呑な空気が伝わっている。

「お前はもうクービ!」

 金髪のギザギザ頭がに微妙に長い黒髪をのっぺりとさせている男に向かって、残酷な宣告をしている。金髪の男は自身の立てた親指で自身の首を斬るしぐさをしている。

「どういうことだ」

「だからさー凪の魔術師という極めて不名誉な称号を持った足手まといはこれ以上抱えてられねえってことだ。凪なんてかっこよさそうな名前付いているけれど、風がない状態を凪って言うんだぜ。そんなやつをいつまでも連れていたら、勇者の俺やパーティの格が下がる。勇者の俺マーク・ガルシア 大剣使いの才能あふれる闘士ウォード・ウォーレン お前と同郷の大天才魔術師の姫宮ひめみや あや。全員、魔王軍と戦っていける実力者だ。」


 勇者マーク・ガルシアの紺碧色の瞳がじっと黒髪の男を見据えている。黒髪の男はたじろぎつつも、立ち上がって机をバンと叩き、怒りを吐く。

「でも、あんたから誘ってきたんだろう? 俺も自分の実力のなさを自覚して精いっぱい頑張ってきた。雑用はほとんど俺が担当してきたし、飯当番や野営地の設営、メンバーの無茶ぶりにも何とか応じてきた! なのに俺を見捨てるというのか」

「自分のステータスを偽りなく、報告しろ」

 マーク・ガルシアは鋭い視線を黒髪の男に向けながら、冷たい声色せいしょくで話す。

 

 


舞風まいかぜ 舞桜まおう 種族:人間 性別:男 年齢:16歳 職業:魔術師 レベル9

 HP 650 MP9999

 力150

 耐久力150

 魔力220

 器用さ180

 素早さ100

 

 火属性魔法 レベル0

 水属性魔法 レベル0

 風属性魔法 レベル2

 地属性魔法 レベル0

 聖属性魔法 レベル0

 闇属性魔法 レベル0

 回復魔法  レベル0」

 

 舞風まいかぜ 舞桜まおうは最初こそは淡々と読み上げていたものの、だんだんと苦虫を噛み潰したような顔をするようになった。


 マーク・ガルシアはそれを聞いて、ため息をついてしゃべり始める。

「はあ……嘘はついていなさそうだな。それにしてもMPだけは本当に化け物だな。それはともかく俺たちは魔王軍の幹部を倒して、しばらくの休息を得られるようになって、姫宮ひめみや あやの故郷に来た。ここでお前を拾って2カ月、まっっったく成長がない。風属性魔法が1レベルと基本ステータスが少し伸びただけ。たまったま見つけたお前という面白そうな人材を見出した。お前のMPとこの国での待遇を見て、何かの運命をお前に感じたよ。勝手に期待していただけだが、裏切られた・・・・・。そろそろ俺たちも休みを終えて戦いの準備をしなければならない。お前は良い奴だが、実力はない。足手まといは必要ないんだ」

 

 舞風まいかぜ 舞桜まおうの口はぴたりと閉ざされる。彼には反論のしようがなかった。

「てかさー、私たち勇者パーティに『まおう』がいるってやばくね。何かのギャグ? 勇者とまおうは手を取り合って魔王を倒すのでした……ハハハハハ。同郷の者だから言っておくけれど、まおう……君はすぐに死ぬのがオチだ。雑用はうまいんだから、戦いに身を投じず、雑用としてつつましく生きた方がいいと思うよ。そもそも魔術師は私がいるし、君はいらないのだ。凪の魔術師さん、才能がないからさっさと魔術師をやめたほうがいいわ。これは人間の魔術師でも最高クラスの私の見解ね」

 魔術師の帽子をかぶった女、姫宮ひめみや あやがけらけらと笑う。青色の髪先をいじり、舞風まいかぜ 舞桜まおうとは目を合わせずにしゃべる。

「ぎゃはははははは、あやに太鼓判をおされちまったら、もうおしまいだな。てか、凪の魔術師といい舞風まいかぜ 舞桜まおうといい、かっこよさそうな名称なのに、ほんとひでえよな。勇者パーティの名折れのまえに、既に名折れを起こしているぜ。凪の魔術師とか付けたやつと出会って酒が飲みてえな。おいしく飲めそうだぜ」

 

 魔術師としての生を全うしようと決意している舞風まいかぜ 舞桜まおうにとってはこの状況は地獄だ。雑用としてつつましく生きろなんて言葉には流石に腹が立つ。彼は彼女をにらんだ。

「おい、まおう、お前死ぬぜ」

 舞風まいかぜ 舞桜まおうが勇者の方を向くと、彼は紺碧色の光に当てられる。殺気のこもった視線は彼ををのけぞらせた。


「凪は無風の状態だ。進むのも戻るのも自由だ。だが、自分の立ち位置を見失ってどんどんと進み、風が吹き始めたら……ジ・エンドだ。分かるか? お前は勇者パーティの過酷な旅についていこうとしている。お前には無理だ。勇者パーティにまおうはいらないんだよ!」


「俺も同意見だな。舞風まいかぜ 舞桜まおう……お前はあまりにも弱すぎる。自分の現状を受け入れろ。勇者は優しく、まともなやつだから、わざわざ時間をかけて接しても使えなかったお前を殺そうとしていない。ガラが悪い奴にかかれば、そのまま引き入れておいて、わざと見殺しにするようなこともある。これだけで済んでいることがマシなほうだ。これ以上食い下がらないでくれ。すまん……正直言って…………迷惑だ」


 ずっと沈黙を保っていたウォード・ウォーレンがついにしゃべり始めた。舞風まいかぜ 舞桜まおうは彼のやさしい言葉を待っていた。彼は雑用として舞風まいかぜ 舞桜まおうをこき使ったりはしなかったし、口数が極めて少ない彼から発せられるねぎらいの言葉は舞風まいかぜ 舞桜まおうの劣等感を和らげていた。話の趣味が話し込んで、パーティメンバーのマークや姫宮ですら、彼がこんなにしゃべっているのを驚いていたくらいだ。もはや親友と言ってもいいくらいではあった。そんな彼の言葉は舞風まいかぜ 舞桜まおうの心をいともたやすく折った。


「勇者らしく今ここでまおうを切り伏せてもいいんだぜ。まおう退治の予行演習さ」


 マーク・ガルシアが軽口をたたくが、舞風まいかぜ 舞桜まおうは気にしない。それよりもウォード・ウォーレンに言われたことが衝撃的なのであった。

「め……い……わ……く?」

「ああ……そうだ迷惑…………だ」

「はは、そうか。迷惑か……今まで……ありがとうございました。俺のために時間を使って下さって……ありが……とう……ございました」

 

舞風まいかぜ 舞桜まおうは目に涙をためつつお辞儀をして去ろうとする。

「おい、待てよ」

 マーク・ガルシアが舞風まいかぜ 舞桜まおうの肩を掴んで引き止める。


「俺は早急に去りますよ。命だけは助けてください」

「はん、まおうに敬語を使われるとはむずかゆいな。おらよ」

 マーク・ガルシアは金属音がする小袋を舞風まいかぜ 舞桜まおうに手渡す。


舞風まいかぜ 舞桜まおうは戸惑って、マーク・ガルシアを見る。憎たらしいほどきれいな瞳をしている。さっきまでの誹謗中傷をしていた者の瞳とは思えない。

「手切れ金だ。あやがいうようにつつましい生活をするなら、結構な時間は生活できる。これは雑用の正式な報酬だ」

「いえ、結構です。そのお金はグハッ」

 マーク・ガルシアは舞風まいかぜ 舞桜まおうの腹を殴打する。

「勇者様が金をやるっていってんだ。能力もねえ雑魚が人の、それも勇者でもある俺の善意を踏みにじってんじゃねえよ。おら、握りしめて、さっさとお家へ帰りな。それで、親孝行でもするんだな。金をやるのはウォードが提案したことだ。俺は反対したが、つよく願うものだから、どうせ大きな金額ではないしということで与えるものだ。無駄遣いするなよ。 おら、さっさと消えろ」

 

 舞風まいかぜ 舞桜まおうは勇者をひと睨みして駆け出し、部屋を出る。

 クソッ! クソクソクッソが! なんなんだ。今まで誹謗中傷とか軽蔑のまなざしすらなく、普通に良き友人として接してきたのに、裏ではあんなことを思っていたのかよ。人をコケにしやがって。腹がいてえ。俺をこうしてあざ笑うために行動してきたってのか。ウォードもウォードだ。なーにがマークが優しい奴だよ。目の前でやっていることが見えねえのか。結局はウォードもクズ野郎だったんだ。あいつらは勇者パーティとはいえども、結局俺を凪の魔術師だと馬鹿にする連中と同じような奴らだったんだ。いつか絶対に復讐してやる。

 


 家が見えてくる。父さん母さん、そして4歳の弟には勇者パーティの臨時メンバーとして活動していることを自慢げにどや顔で話していた。

「あら、お帰り舞桜まおう。夕飯できているわよ」

「ごめん。ちょっと今元気がないわ。部屋にこもる。あとでちゃんと説明するから1人にしてほしい」

 母さんとは目を合わせずに、下を向いて頼む。顔向けができない。

「そう、とりあえずご飯は置いておくから、気が向いたら取りにいらっしゃい。ゆっくり休んでね」

「ありがとう。じゃ、また」

 そういって自室へ戻る。荷物を下ろし、片づけをする。マークからもらった小袋が出てくる。あいつらのクソみたいな顔が浮かんでくる。その袋を掴んで、ゴミ箱に投げ捨ててやろうと思うが、家庭は貧乏でも裕福でもなく、あれば非常に大助かりといった様子だ。金額を確認するために袋を開ける。

 

 袋の口を下に向け、一気に下に落とすと、大量の金と1枚の紙が出てくる。紙は折りたたまれていた。気になってその紙を開いてみる。

「マーク・ガルシアより、酷いことを言ってすまない。君はまだ伸びるかもしれないし、伸びないかもしれない。性格も良い奴だし、俺との趣味もあって楽しい旅ができそうなのは確実だった。ウォードに至っては……まあいいか。彼のことは彼が自分で何かを示すだろう。まだお前の実力は未知数だが、すくなくとも今の実力ではお前は確実に死ぬ。俺は勇者だが、自分が立ち向かう勇気はあれど、友人を死地に向かわせる勇気なんて持ち合わせてはいない。だからといって、いつ芽が出るかわからないお前を待っているわけにはいかない。俺は勇者であり、すべての人に期待をかけられている。旅を続けなければならない。ここに金を用意した。どう使ってもいい。元気でな」


姫宮ひめみや あやより。まずは酷いことを言ってごめんなさい。特につつましく生きろなんていうのは嘘。君は私には計り知れない。MPと魔力は絶対に比例するものだ。私の魔眼をもってしても、君は普通の人にしか見えない。結構興味があって、私は君についてきてほしかったが、マークと特にウォードが大反対をしてな。まあ、理由は分からないでもない。主観を抜きにしても、荷物持ちなら、もっと適任もいるし、今の君では勇者パーティにふさわしくないだろう。私が書くスペースはウォードに譲ることにする」


「ウォードより。本当に申し訳ない。俺はお前を気に入っている。だからこそ、お前を連れいてくわけにはいかなかった。勇者の旅には忍耐力が必要だ。憧れが強かったというのもあるだろうが、マークと姫宮の無茶ぶりにもよく耐えていた。あとは急成長を願って2カ月の時間をつぶした。こんな屈辱的な思いをさせたのにおこがましいが、もし、お前が勇者パーティへの憧れを捨てきれない、あきらめたくないのならば、中央大陸に渡って、エー国の首都に行って、そこの学院の魔術科で力をつけてほしい。俺はさっさと卒業してしまったが、戦士科ではそれなりに力を付けられたつもりだ。姫宮ひめみや あやも結構色々と学べたらしい。金銭面では援助も受けて、この金を合わせれば、学院で留年なしに入学から卒業の4年間は暮らせるはずだ。まあ、他の費用がかかるから、結局は何かしらで金を工面する必要があるが。俺はお前が勇者パーティに大きな憧れを抱いていたのも、必死で努力していたのも知っている。筆記試験ならば容易に突破できるだろう。俺は22で、マークと姫宮は26歳だ。お前はまだ若く、潜在能力も非常に期待できる。別に普通に暮らしてくれてもいい。勇者パーティでありながら、こういう風に卑怯なフォローをするのを許してくれ。またこう書くのも卑怯なのはわかる。お前の性格上、これを見たら、確実に学院に行くだろう。また、お前が強くなったときに会おう。なんとなくお前なら強くなれる気がする。再開したときは芝居でもしよう。お前が好きな演技というやつだ。俺もうまくできるようにしておく。俺が『強くなったな。勇者パーティにぜひ来てくれ』お前は『魔王様に勇者パーティが頼みごと? やーだね。今更頼まれても、もう遅い』とな。ああ、でも、辛かったらやめていい。お前もマークと同じく優しい奴だが、お前の場合は戦いに向いてはいないかもしれない。魔法や勇者だけでは世界は成り立っていない。旅でそう実感したよ。では、達者でな」

 

……くっだらねえ。本当にくだらない。俺は駆け出した。

「母さん、ちょっと用事あるから、出てくる。すぐに戻って来るから」

 返事を待たずに家の外へ出て、先ほどの酒場へ戻る。酒場に入ったら、ちょうどよくウェイターが手を開けていたので、話しかける。


「すみません、勇者パーティってまだこの酒場にいますか? 」

「いえ、貴方が去っていった後すぐに帰りましたよ」

「そうですか、ありがとうございます」


 そう言った後走っていく。次はよく拠点として利用していた場所に行く。そこはもぬけの殻だった。そういえば昨日今日とやけに俺をここから遠ざけていたな。

 もしやと思って、港を目指す。港について、そこのチケット売り場の人に話しかける。

「勇者パーティってここに来ましたか?」

「いえ、教えることは……て、あれ、舞風まいかぜ 舞桜まおうさんですよね。勇者パーティなら30分前の便で中央大陸へ向かいました。えーと『またな』と一言伝言を頼まれました」

 

 もう遅かったか。これこそウォードが言っていた「もう遅い」というやつじゃないか?逆算して考えるが、1度家に戻ってから、直行でここまで来ても間に合わなそうだ。前々から計画していたのだ。

 

「またな」……か。

 

 夕焼けが海を照らしている。その光景はひどく感動的に見える。海の匂い、潮のにおいが鼻をつく。少し泣きそうだ。決めた、俺も中央大陸の学院に行って、強くなろう。あの憧れの勇者パーティと肩を並べて共に旅をするために。

 

 

 

 

 

 

 












「許可証を提示してください。」

 許可証を渡す。受付には研修中の文字が目立つ名札をした好青年がいる。

「あ! 凪の魔術師 舞風 舞桜様! この前の大会見ていました。ファンです。僕は違うんですが、妹が舞風 舞桜様のような魔術師になってみたいと騒いでいるんですよ。もしよろしかったらサインをいただけますか? あ、仕事中なのでこれは内緒で」

「ああ、サインくらい全然かまいませんよ。他にも人がいて待たせるとかありませんし、少しくらい大丈夫でしょう。えーと何か書くものとかいてほしい場所を」

「この帽子2つのここにそれぞれお願いします!」

 

 魔術師がよくつけている帽子だ。特に魔法の効果が上がるとかはないが、ファッションとして好まれている。また、自信が魔術師であるというのを匂わせることもできる。

「えーと君の名前と妹さんのもだよね、妹さんの名前は?」

「ファンです! あと、こっちにはイルデとお願いします」

 さらさらッと書いてやる。

「ファンって、あれ、じゃあ大会見ていましたといった後の『ファンです』は名前を言ったのかですか?」

「あ、いえ、そっちは名前じゃなくて普通にファンです」

「ははは、そうですか。はい、どうぞ。じゃ、俺は行きます。お仕事頑張ってください」

「はい! 凪の魔術師様も良い旅を」

 

 

 あれから5年がたった。中央大陸に行き、学院の魔術科へ通った。そこで多くの苦楽を経験し、大きな成長を遂げた。最終的には学院内大会を優勝し、勉学も魔法の実力もぶっちぎりの1位で学院を首席卒業した。覚醒も覚醒、大覚醒。いや、超覚醒といってもいいな。俺はは規格外の強さを誇るとされ、俺を比較する際の相手として姫宮 綾の名前もあがるくらいだ。まあ、謙遜抜きに圧倒的に姫宮の方が強いと思うけれど。

 この5年間で魔王側にも動きがあった。魔王の封印が早く解けて、魔王軍と人間軍の戦争が行われそうになり、多くの民が絶望しかける。がしかし、3人が所属する勇者パーティが魔王軍の幹部を撃破。そして、戦争がおこらないまま今に至る。なぜか魔物が激減して、今では魔王軍がなりを潜めている。何かとんでもないことを画策して、に裏で何かをやっているという噂があるが、勇者パーティがある限り、安全だろうということでみんなの心の平安が保たれている。俺はこれから勇者パーティがいるという街へ行くのだ。

 魔王領は中央大陸の最北端だ。土の色が紫色になったところからは魔物が活発化してくる。大陸の最北端は南からしか入れない。北東西の方角からは険しい山があるからだ。土の色が普通な範囲で最北端の街に勇者パーティ、マーク、姫宮、ウォードがいる。彼らには実力ではまだ劣るだろうが、それでもかなり強くなった方だ。


 またの再会を期待して、歩みを進める。ある程度歩いて、身体の調子がいいことを確認した後、魔法を使う。

 風属性魔法と水属性魔法をうまく使うことによって高速の移動を可能としている。燃費はあまりよくなく、戦闘時において、相手を翻弄するために使うものだ。これを戦闘時の短時間ではなく、長距離移動のために長時間使用することは普通不可能だが、膨大なMPをもつ俺にこそなせることだ。


 道中、冒険者が獣型魔物と対峙しているのをみかける。結構苦労しているようだ。だが、ぎりぎりになるまでは助けない。彼らも命を賭して戦っている。成長しようと日々努力しているのだ。

ピンチは成長を促す。これは自論だ。

前衛が崩れて、敵が後衛の魔術師に食らいつこうとしている。魔術を発動しようとしているのを魔物が察知をしたのだろう。魔術師は間に合わないと踏んで別の簡単ですぐに出せる魔法で牽制をするが効果はない。中衛は牽制の動作で安心していて間に合いそうにない。

……ここらが限界だな。今いる空中から風属性魔法を飛ばす。レディアントウインドブレード、俺の十八番だ。煌めく風が魔物を両断する。魔物の牙が魔術師の命を刈り取る数瞬前に、魔物は死んだ。ぎりぎり過ぎたのか魔術師は失禁をしてしまっていた。

「危なかったですね」


 風属性魔法を操り後衛の魔術師に声をかける。そして魔術師が失禁していることに気が付き、隠す用のタオルと拭く用のタオルを手渡す。

「あれ、貴方は……それにあの魔法ってもしかして」

 魔術師が驚愕と言った表情で俺を見る。

「凪の魔術師です。はい、あれはレディアントウインドブレード。俺の得意技ですね。思った以上にうまい牽制魔法の切り替えを見て、ぎりぎりのところまで待たないといけないと思いました。恥をかかせて申し訳ありません」

「い、いえ。あの魔法をまじかで見れただけでも、あ、たまたま魔物が来るときに思わずその方向、斜め上の方を見ていたので、魔法が見えていました。とても綺麗でした」

「死ぬ直前でも目を閉じなかったのは本当に素晴らしいと思います。頑張ってください」

「はい!」

後衛の魔術師は元気よく挨拶をしている。その瞳には憧れも垣間見えた。


近づいてくる足音が2人分聞こえる。


「ごめんなさい。ありがとうございます……本当に助かりました」

 中衛をしている青年が酷い動揺を目に宿して、声をかけてくる。多分自分が動けなかったせいで全滅していたかもしれないと気が付いているのだろう。


「どうやら分かっているようですね。気がつけている分ましですよ。前衛さんはもう少し重心を下にして力を加えないと、受け流されたとき前につんのめりになってしまいます。今回は後衛の魔術師さんが魔法を発動する直前でたまたまそっちに行きましたが、そうでなかったら、危なかったのは貴方です。後衛の魔術師さんはよくやっていましたね。あそこで魔法をそのまま完成させるのではなく、牽制に切り替えた判断力は素晴らしかったです。貴方たちには結構筋があると思います。あとバランスが悪いですね。前衛か中衛を1人増やした方がいいです。ま、助けたついでのぱっと見のアドバイスです。これを鵜呑みにするというより、自分たちで頑張ってみてください」


 中衛は脱力してその場で座り込む。前衛はさっそく重心を低くというのをイメージトレーニングをしていた。後衛は目を輝かせている。


 それを見て、まだ覚醒して急成長する前の自分を思い出す。

「俺は凪の魔術師と言われていますが。これは実は蔑称だったんです。そして、こんな忠言をされたこともあります。『凪は無風の状態だ。進むのも戻るのも自由だ。だが、自分の立ち位置を見失ってどんどんと進み、風が吹き始めたら……ジ・エンドだ』と言う。あの勇者マーク・ガルシアから言われたんですよ。これから成長が楽しくなったりすると思いますが、自分が今いる場所をしっかりと確かめずつ、一歩ずつ丁寧に歩みを進めましょう。勘違いしたり、慢心するとあっさり死にますよ」

「あ、ありがとうございます! 凪の魔術師さんはやはりすごいですね! 凪の魔術師様に救って頂いたこの命大切にして私たち頑張ります」

「はい、頑張ってください」


 旅の初日にいきなり人助け……少しだけ驚いた。あんなに弱かった自分にも立派に人助けはできるのだ。こうやって人にものを教えたことはないが、いい気分だ。もちろん自分が気分良くなるためだけに無責任にほめたり、助言したつもりはない。今日出会ったファンといい、後衛の魔術師といい、あの俺が憧れを抱かれる側か……この妙なずっしりとした感覚に安堵を覚える。

 勇者パーティと一緒に旅をしているときに、あいつらと再会して語り合うという光景が頭に浮かんだ。うん、よし、やっぱ早く勇者パーティと会いたいな。

 


あの人助けをした旅の初日から、2週間たった。高速で移動していたし、戦闘中とか困り果てているという人と出会うということはなかった。その頃にはもう目途が立って、あと4日もすれば目的地に着く見込みだ。明後日には次の街は2番目に北の街につく予定であり、いくらか情報収集をするつもりだ。そこは最北の街よりも大きく、それなりに活発である。

 

 2日たって街につき、情報収集をする。勇者パーティはたまにここまで足を運ぶようだが、今はやはり最北の街にいるようだ。とりあえず、今日のところはそこで泊まる。明後日、いや、明日だな。一日早い計算になるが早く会いたい。

 

 俺と別れてから、勇者パーティはさらに活躍していった。1度学院のある首都に来たようだが、自分から会いに行こうとはしなかった。会おうと思えば会えただろうが、そこで会うのは違うだろと思った。実力をつけてから会うと決めていたからだ。そのときは全くの無名だった。確かあの別れから3年後だったから、まだほぼ無名と言ってもいいだろう。1年次から筆記試験では抜きん出た成績をしていたが、知名度として1番重要な実戦能力はまだついていなかったのだ。

 まるで遠足前夜の子供が抱くような興奮をする。自分のステータスを確認する。

舞風まいかぜ 舞桜まおう 種族:人間 性別:男 年齢:21歳 職業:魔術師 レベル74

 HP 35758 MP9999

 力 2380

 耐久力 5850

 魔力 7532

 器用さ 6553

 素早さ 7323

 

 火属性魔法 レベル80

 水属性魔法 レベル51

 風属性魔法 レベル99

 地属性魔法 レベル45

 聖属性魔法 レベル86

 闇属性魔法 レベル67

 回復魔法  レベル56」




「あり? 旅の初日には闇属性魔法レベル48だったよな……あれ、相当闇属性魔法が扱いやすい。ま、色々と空からのいい景色とか、新鮮な経験をしたからなのかな。他に身体におかしいところはないしな。ま、一応頭の片隅に置いておこう。

 それはともかく、本当に成長したよな。俺に会って、俺の魔法をみたら、あいつら驚くかな。やっべ少し涙が出てきた。ははは、コミックの登場人物かよ。恋煩いみたいじゃないか。へへ、今更もう遅いだっけ……あの、ウォードが一芝居打つなんて芸の細かいことできるのか?」

 本当に楽しみだ。

 

 最北の街についた。そこは火の海だった……なんという作り話にありがちな展開はない。街の門でひと呼吸する。さあ、ついに勇者とご対面だ。

 情報収集をする。が、突然の来訪者に勇者の所在について尋ねられたら、警戒するだろう。しかもここは最北端の街。魔王軍が動き始めたら、一番最初に戦場となるのはこの近くなのだ。うかつだった。

 町人に囲まれて、素性を明かせと騒がれる。

「どうかしたか!?」

 聞き覚えのある声がした。マークの声だ。

 

 その声に俺と勇者の間にいた街の人は左右に割れる。その結果、俺とマークが対面することになった。お、姫宮とウォードもいる。

「やあ、久しぶり。覚えているかい? 凪の魔術師 舞風 舞桜だよ」

 そう言って駆けだす。

「お、おおおおお、久しぶり!」

 マークも俺に気がついたようで、笑顔で俺に駆け寄って来る。

 

 あと1秒で抱き合えるような位置につくと、いきなり胸が苦しくなり、頭が痛みだす。

「ぐう……あ……頭が……」

 やばい。立っていられない。地面に突っ伏して頭を抱えて、痛みを抑えようとするが、効果はない。マークは必死な声色せいしょくで「大丈夫か」とに声をかけてくる。本能的になにかがやばいと思う。このままマークを俺の近くにおいては駄目だ。

「ハ、離れてくれ。オ、俺から離れてくれ。頼む、勇者。タ、頼む。街の人や姫宮、ウォードも離れさせてくれ」

「何が起こっているんだ」

「いいから、速く!」

 

 マークはすぐに退き、直後叫ぶ

「みんなとにかく何も言わずにここから離れろ! 緊急時の蔵に退避しろ」

 

 マークは遠目から心配そうに俺を見る。ウォードと姫宮を一度抑えて、指示する姿も見えた。

 

 その様子をみて、安心する。直後魔力が自分から失われる感覚がするとともに爆発が起きた。土煙が落ち着いた後、勇者たちの方を見る。無事なようだ。近くにあった建物は壊れているようだが、すでに退避したあとで人を殺した感覚もなかった。

「クク、クカカカ。おい、魔王、お前は魔王だろう? なぜ勇者を殺す邪魔をする。なぜ人間を殺す邪魔をする」

 俺がしゃべったつもりはない。俺とは別の存在が無理やり俺を動かし、俺に話しかけているようだ。気持ちが悪い。

「俺は舞風 舞桜だ。舞う桜とかいてまおうなんだ。魔物の王と書いて魔王と言うわけではない!」

「まあいい、お前は魔王だ。私の転生の器としてはちょうどいい」

 

 体が苦しくなる。

「どう……いうことだ」

「この魔王である我がこの身体を乗っ取ると言うことだ」

「させない」

「カカカ、すまんなあ。もう終わっている。なぜか意識は残っているようだが、身体の制御権はもうほとんど我のものだ。それにしても素晴らしい魔力量だな。しっくりくる。青髪は我の転生先として十分な力だったが、勇者を邪魔していてな。そこで運がよくお前が現れてくれた。クカカカ、最高に気分がよい。さて、勇者を殺そう」


「魔王? まだ寝ているんじゃなかったのか」

 マークは俺、いや魔王へ問いかける。

「カカ、あの身体はもう駄目だ。自害して、今の身体に転生させた。しかもこいつはまおうだ。傑作だろ。魔王の転生先の人間の名前がまおうなのだからな。」


「マーク、あいつは確かに舞桜、舞風舞桜だ。根本的な魔力の質はあのときの彼のものだ。けど、別のものが紛れ込んでいる。おい、お前! はやく舞桜を返せ!」

 姫宮は火属性魔法をまおうに向かって放つ。


「クカカカ、おいおいおい、久しぶりに会った友人にすることが殺す気の魔法を放つことか? 随分と勇者パーティ様は怖いものだ。まるで魔王だな。カカ、いや、魔王は俺か」

 また俺の魔力が勝手に使われる。気持ちが悪い。魔王は風属性魔法で軽々と放たれた炎弾を相殺する。


「人間にしてはやるな。そしてこの身体。良いものだ、本当に。魔法とはこう放つのだよ」

 まおうは炎を噴射する。が、姫宮は水属性魔法を使ってこれを相殺する。

「で、どう放つの?」

 あっさりと魔王の攻撃を止めた姫宮は心底馬鹿にした様子でしゃべる。

「クカカカ、やるな人間。この魔王に2度も魔法を使わせて命があるどころか無傷とは」


「その口で魔王を自称するな。その身体は舞風舞桜のものだ。あいつは魔王なんかじゃない」

 さっきまで遠くにいたウォードがおそらく激怒した様子で向かってくる。彼が怒っているところを見たことはないが、一般人は見ただけで、失禁したり、気絶するほどの形相、雰囲気をしていた。


「先ほどから調子に乗っているな。人間どもよ。これはただの児戯よ。これくらいで調子に乗るな」

 魔王は向かってきたウォードに対して今までとは日にならないほどの魔法をぶつけようとしている。また魔力が大きく失われる感覚がする。気分が悪い。

「やめろ!!」

 全力を注いで阻止をしようとする。コンマ数秒遅らせることができた。ウォードは回避できて、マークと姫宮がいるところに戻ることができた。


「ぐう、小癪な。まずはこの愚かな小僧の意思を封じ込め、この身体の制御を完全に我のものにすることから始めよう。まず魔王領に戻らんとな。新しい身体に、この空気、あまりなれないものだ」

「おい、魔王。勇者を前にして逃げるのか? 人間ごとき相手に逃げるのか?」

「挑発には乗らん。さらばだ」

「逃げてんじゃねえよ」

 マークは金色のオーラに身を包んで魔王に急接近する。すぐ後ろには赤色のオーラを纏ったウォードが、そしてその後ろでは青色のオーラを纏った姫宮がきた。

 

 直後1体の鳥型の魔物が間に割って入る。勇者はすかさずその魔物を切り伏せる。数秒して3体の魔物がきた。

「久しいな。む、知らん顔もおるか。遅いではないか。何をしていた?」

「封印が解かれてもなお眠っている魔王様が急変したと言うことで、周りに気を向かせることができず。それで感知が遅れてしまいました。申し訳ございません」

「そこに勇者がいるだろ。はやく仕事をしろ。挽回せよ」

「四天王が1人ガスト、勇者どもを抹殺してまいります」

「おい、痴れ者。だれの前で『王』を自称している。この魔王の前でまさか『王』を自称するとはな」

「ま、魔王様、ガストは魔王様の封印が解かれると同時に魔王様が召喚した魔物です。まだ若くて……それでも、魔王様をお守りすると励んでいました。どうかお慈悲を」

「お前は四天王なのか? 」

「い、いえ……」

「貴様ら随分と丸くなったものだな。我が生み出したものとはいえ、やはり、魔物に意思はいらぬか。意思、本当に騒々しいものよ」

 魔王は右手を前に出す。そして3体の魔物と勇者に切り伏せられた魔物はがしゃべる間もなく消滅する。

「ふむ、雑魚魔物とはいえ、力が戻ってくるものよ。魔物を新たに生み出すだけもったいないものなのかもしれぬな」

 魔王はそういった後歩き始める。勇者なんてどこと吹く風だといわんばかりに、目の前にいる勇者に背を向けて歩き始めた。


自分の体を別のまがまがしい存在がつかっているというのが本当に気持ち悪い。そして魔王が感傷をかけているせいか酷い眠気を感じる。

「おい、舞桜を返せよ!」

 マークが金色のオーラを纏って、魔王に声をかける。

「我が魔王だが? 」

「ふざけるな!お前の方じゃない。舞風舞桜の方だ!」

「今、我は久しぶりに外の空気を吸っている。ここは魔王領じゃないし、1度城に戻って寝たい気分だ。久しぶりの外と無能な部下、いまは普通の気分だ。我の邪魔をするな」

「いや、行かせない」

「クカカカ、我の動きを封じたとして、舞風舞桜を取り戻すすべはあるのか? お前がすぐに斬りかかってこないのは舞風舞桜が無事に戻って来るかわからないだろう。」

「それは……」

 マークはいいよどむ。

「勇者ともあろうものが不甲斐ない。笑わせてくれる。こうして我の機嫌を取ろうというのか?」


「私は魔術の天才よ。私が見つけてみせるわ。あんたを封印して、元の舞桜に戻すすべを見つけるわ」

「できぬな。今、舞風舞桜は眠っておる。我が帰った後、舞風舞桜を私の体の中から消そう。眠ったまま死ねるのだから、こいつも幸せだろう。そうしたら、カカカカ、もう終わりだ。む、ここで一人削っておくのも悪くないか。先ほどから一々煩わしい女、貴様を消してやろう」


 魔王は右手に魔力をため始める。マークが止めようと斬りかかるが、左手で受け止める。勇者が全力で放った斬撃は魔王の左腕すら切断できない。魔力を放つ。紫色の魔力ビームが姫宮に向かって伸びていく。姫宮は必死な顔をして何とか耐えているが、時間の問題だろう。そこにウォードが割って入った。

「おっと、勇者よ。止めようとしてもいいが、たとえ腕を切り落としただけではこの魔法は止まらないぞ。空口から胴体を切り裂いて、我を殺さないとな。舞風舞桜もその場合は確実に死ぬがな。」


 ビームを食い止めているウォードが体勢を崩しかけるも、何とか持ちこたえる。

「ちょっと、ウォード、あんた魔法防御苦手でしょ。早くどきなさい」

「大丈夫だ」

「いいから」

「大丈夫だ」

「友情ごっことかしている場合じゃないの。あんた、死ぬわよ。早くどきなさい」

 

 ウォードは頑なにどこうとしない。

 

「ハハハ、友情、素晴らしくつまらないものだな。右手だけでは今の調子ではやれないが……そら、今から追加の魔法を出してやろう。貴様らごときでは耐えられぬだろう。2人とも地獄へ送ってやろう」

 魔王は前に出した右手に左手を合わせる。ビームが消えてすぐに紫色の玉が勇者パーティを襲う。

 マークは瞬時にウォードの隣に位置し、共に魔力を受け止める。姫宮はしゃべろうとするが、それを瞬時にやめ、魔力を相殺する壁を幾重にも作る。だが、それでも足りなくて、魔力がはじける。マーク、ウォード、姫宮はこの一撃で無傷の状態からボロボロになる。戦闘中だというのに3秒経っても動けていない。それに対し魔王は余裕しゃくしゃくといった様子だ。


「これをくらってもまだ息があるのか。ふむ、これは大きな危険分子だ。だが、絶好の機会だ。この身体には膨大な魔力量がある。そして気分も調子もいい、これなら究極魔法も放てるだろう。光栄に思うがいい。我の至高の魔法で死ねるのだからなあ」

 30秒に渡って魔王は魔力をため始める。勇者パーティは動かないといけないと分かっていながらも動けない。 

「めろ」

「お、目覚めたか」

「やめろ、その魔法を発動するな」

「クカカカ、まおう、気分はどうだ。見ているといい。勇者が死ぬ様を、魔王の我が、魔王のお前が勇者を倒すのだ」

 友人を殺す魔力が自分の中で練り上げられている感覚が気持ち悪く、ひどくおぞましい。


マーク、ウォード、姫宮が俺の名前を呼んでくれている。

「俺は舞風舞桜だ。魔王ではない」

「クカカカ、どうだ、魔王ではない舞桜よ。お前が勇者パーティをこれから殺す。貴様の記憶を読み取ったよ。こやつらと旅がしたかったのであろう? お前にお前が憧れていた勇者パーティはお前が壊す。クク、クカカカ、ハーハッハッハッハッ。自分は魔王ではないといったお前が勇者を殺すのだ。滑稽にもほどがあるだろう。ああ、やはりお前は魔王だ。この魔法を放ったとき、お前はどんな感情を抱くのだろうな。楽しみだ。魔法が完成した。なんとも愉快な待ち時間であった」

「やめろ、やめてくれ、頼む」

「今更、もう遅い! さあ、食らえ。究極魔法 極天ごくてん!」

 

 魔力が魔王から解き放たれようとする。

「やめろおおおおお!! ……なんてな」

「む、なぜだ! なぜ魔法が発動しない! 動けない」

「貴様! 何をした」

「ざまあみろ、バーーーーカ! 」

「言えーーー! まさか貴様、このまま我を封印する気か」

「マーク! 姫宮! ウォード! 今こそが好機だ。魔王をまおうをこいつを俺を殺せ! 今、こいつは動けねえ。魔力による肉体強化もない。そして、俺を殺せば、魔王も死ぬことになる。延々と続いてきた魔王の物語を今終わらせる時だ。俺に遠慮なんてするなよ。今ここで魔王を倒せば、何万何千何億、いや、何兆もの命が救われる。もう魔王におびえる生活もなくなる。どのみち俺は死ぬ。だったら今ここで殺してくれ!」

「そんなことできるわけが……お前は俺たちと旅をするために頑張ってきただろう……なのに」

 マークがそういって、躊躇う。ウォードがマークを制止する。舞風舞桜に向かって剣を構えながらよろよろと歩いてくる。

「ウォード、ありがとう」


 ウォードは俺の言葉に呼応して雄たけびを上げる。

「マーク! 行くわよ!」

「でも……」

「行くわよ!」

 姫宮は目に涙をためている。

「ああ、そうだな。ウォード、俺も行く!」

 マークは歩き出す。姫宮は魔法の詠唱を始める。

 

 ウォードは赤いオーラを纏い、姫宮は青いオーラを纏う。マークは金色のオーラを纏っている。走ることもままならないくらいにはボロボロだが、万全の状態のときよりも力強そうだ。ああ、安心して死ねる。


「ハハハハ、魔王、気分はどうだ。見てなよ。俺が、そしてお前が死ぬ光景を。これが死が向かってくる光景だ。転生できると思うなよ。勇者が全力で魔王を切るんだ。もうおしまいさ。

 魔王が短気で愚かで馬鹿でよかったよ。力を持っただけのただのよわよわしい生物だよ。お前が『王』を自称するなんて滑稽にもほどがある。魔王様よお、さんざん力を振り回すのはいいけれど、お前は馬鹿もさらしていたんだよ。お前が消滅させた部下が今いれば、こんなことにはならなかっただろうな。あのときに勝ちを確信したよ。俺はな膨大な魔力量を誇るがゆえに、魔力暴走を起こすとひっじょーにやばかった。だから、自分の魔力暴走を防ぐ安全策を用意していたんだよ。そして俺はマークとウォードと姫宮、それにお前の愚かさを信用したよ。その結果、上手くいった。究極魔法を使用しようとしたお前は俺の安全策に引っかかってこんなありさまだ。城に戻って寝る予定だったのだろう? 俺を消した後人間を滅ぼす予定だったのだろう? どうだ、本来の実力を出せずに、見下している人間ごときに負けるのは? どうだ、俺の人生をあざ笑っていたら、いつのまにか自分の死が確定するのは? なあ、教えてくれよ。お前には俺の感情がわかるかもしれないけれど、俺には分からないんだ。なあ、どんな気分だ。教えてくれよ。ああ、そうだ。お前には今の俺がお前に対して抱いている感情がわかるよな。俺はなぁ、今心の底からお前を見下して笑っているよ。俺を選んだのが間違いだったなあ、ざまあみろ! ハハハハハハハハハハ」


「貴様ごときが! 貴様ごときが! 貴様ごときが! ただのまおう・・・・・に魔王である我がしてやられる? あってはならぬ。こんなことあってはならないのだ。分かった、今お前が私を開放してくれれば、私はまた別の器に移る。そうしたら、お前にも魔王の隣を歩かせてやろう。お前も子供の頃や学院時代の最初の方は凪の魔術師と言われ、蔑まれてきただろう。中には家族をバカにしたりするやつもいて、お前は怒りながらも、何もできなくて悔しがっていただろう? どうだ、復讐をしたくないか?」


「魅力的な案だな」


「そ、そうであろう!」


「今更もう遅い! ついに感情まで読み取れなくなったか。確かにぶっ殺してやりたいよ。だがなあ、人間の法律で人殺しは駄目だとされている。人間の倫理観の問題でもある。だが、勇者パーティや学院の友達をそんな形で失望させたくねえ。俺は魔王じゃねえ。舞風舞桜だ! 本当にお前は馬鹿なんだな、愚かな魔王。器がちっちゃいんだよ。四天王を名乗るのが許せない? お前は俺の夢を奪ったんだぜ、本気でこんな案を提案したのか? 乗るわけねえだろ。何か気分でもいいのかしゃべりに集中するし、そしてくだらないまおうネタを何度もこする。魔王のくせに俺から身体の制御権を完全に奪えない。魔王ごときが器の超でかーいこの舞桜様に勝てると思うなよ。ああ、でも、憎くもあるが、感謝をしているよ。馬鹿で愚かでありがとう。そしてみじめに死ね、クソ野郎」



「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 魔王は叫ぶ。叫び続ける。だが状況は全く変わらない。

 

 ウォードとマークはすんでのところまで来ている。切りかかるタイミングを見計らっているのだろう。魔力的に姫宮はすぐに詠唱が終わるだろう。

「俺の身体がうるさくてすまんな。実はあまり時間がない。さっくりと殺してくれ。ああ、マークが最後にとどめを刺してくれ。ま、なんとなくわかるよな。結構辛いんだ、この安全策。無駄な口上とかいいから、さっさと終わらせてくれ。ああ、そうだ、笑っていてくれると嬉しい」

 

 ウォードはじっと俺の顔を見る。俺は笑顔で返した後、首を横に振る。

「う、うおおおおおおおおおお」

 ウォードは俺をけさがけに斬る。

 

「風弾」

 風の弾が俺にあたる。勇者パーティの臨時メンバーとして活動していた時に俺が唯一使えていた魔法だ。アドバイス貰ったこともあったっけ。姫宮に向かって親指を立てる。姫宮は泣きながら崩れ落ちる。ま、仕方ないか。


「さて、ごふっ。マーク、頼む。お前が斬るのは舞風舞桜ではない。愚かな魔王だ」

 マークは剣を虹色に光らせて、正眼に構える。そして、振り上げ、振り下ろされる。世界がスローに感じる。ああ、もう死ぬのか。マーク、そんな悲痛な顔をしないでくれよ。まあ、友人を切るときに笑えと言う方が無理あるか。

 

 勇者が魔王を切り伏せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハハハ、神様が見ていてくれたりしたのかな。ちょこっとだけ時間をもらえたよ」

「舞桜! 助かったのか?」

 マークが希望の光を目に宿して、俺に問いかける。

「んーにゃ、ダメだ。あと少しで死ぬ」

「そうか……」

「あ、魔王は死んださ。最後にはまともな言葉すら吐かなくなってな。いやーいっぱい暴言吐けて楽しかったな。あ、姫宮、回復魔法はもういい、これくらいで十分だろう。残念だけど俺はもう……それなら俺との会話に集中していてほしい」

 姫宮は魔法を止める

 


「あんたがあんな言葉遣いをするとは思わなかったわね」

「ハハハ、みんなと一緒にいたくて、猫をかぶっていたからね」

 

「それでもお前は俺の1番の友達だ」

「ああ、学院時代を合わせても、ウォードが1番の友達だな」

 

「ふう、そういえばよ、俺を殺すとき笑ってくれって言ったよな。なんだウォードのあの真剣な顔つき、姫宮は泣き崩れるし、マークはきつそうな顔をしていたし。ひ、ひどいぜ」

「そんなのできるわけないでしょ!」 

「はははは、知っていた。無理な願いだよな。でも流石に泣き崩れるのはな」

「だって……」

「冗談だ。からかった。すまんな」

「それにしても、そういう冗談を言うのも何か慣れないわね」

「俺の前ではよくいっていた」

「本当に仲良しだったよな。お前と舞桜は」

 

 

 

 

 

 

「俺さーマジで頑張っていたんだぜ。学院の最終学年で大覚醒も大覚醒。ぶっちぎりの首席卒業で、いまじゃ首都では凪の魔術師というのは偉大な呼び名だぜ。蔑称じゃねえ。世の男たちは俺と姫宮どっちが強いか議論なんていうのまで行われているくらいにな。ま、俺の方が実力ないのは知っていたけれど、聞かれたときにはあえてノーコメントにしたよ……はー、せっかく会えたのにな。お前らと旅がしたかったよ。もっと俺の素の部分と言うのを見せてやりたかった」

「今見てるよ」

「マーク、それは俺がかっこつけているだけさ。本当の俺はもっとださい」

「いや、かっけえよ。お前こそが勇者だ」

「ああ、あと普段のお前はそんな感じだろ。かっこつけている時はもっと痛かったはずだ」

「マジで!? ま、それはともく俺はまおうだぜ。というくだらないこともおいておこう。みーんな勇者さ。もし仮にマークやウォード、姫宮、誰か1人の命引き換えに……てなったら、俺は何もできないよ。立派な行動さ。んで、俺は頑張って考えて、超グレートMax馬鹿な魔王を出し抜いた。みーんな勇者だ。あれ、俺は舞桜まおうで勇者……最強じゃね? あ、そうそう、あのクソ野郎、同じ発音だからって何回『まおうネタ』をこするんだよ。しがない劇場にもあんなんじゃ出れねえぞ。魔王戦のシリアスな空気をぶち壊すなっての。はーあーあー、俺の楽しみを奪ってくれたクソ野郎は最高にみじめに死んだから、まあ、満足……じゃねえ。ああああああああああああ、くっそおおおおお。みんなと旅がしたかったよ。みんなで笑って和やかな雰囲気で死のうと思ったけれど、無理だ。涙が止まらねえ。あーくっそ悔しいなあ」

「「「……」」」

 

「もうすぐ死ぬっていうのにすすり声ばかりが聞こえるな。誰も言葉を発俺のせいで泣かせちまってごめんな。いや、俺のために泣いてくれてありがとう……か……。俺もギザな奴だぜ」

「あんたって……そういうのはもういいから!」

「ああ、ごめんな姫宮。その涙は他のところに取っておいてくれ。さて、どうしてもやりたいことがある。3つだけな。無茶なお願いにはならないから協力してくれ。まず1つ目! マーク、姫宮、今ここで即興的な結婚式を開いてくれ。もう、魔王は倒したし、魔物ももういない。平和な世の中が待っている。ならいいだろ、枷はないはずだ。マーク、勇者だろ? 言い訳ももうなくなったし言っちゃえよ。姫宮、2カ月という短期間しか一緒にいなかったが、分かっていたぞ。互いに隠しているつもりだろうが、俺とウォードにはバレバレだ。お前ら両想いだからな。へへ、ちなむと俺とウォードが友達になるきっかけはお前らのへったくそな恋愛だ」

「ななななな、おい、マジかよ」

「え、バレていたの? ウォードは知っていたの? ててて、てかいきなり結婚って……」

「マーク、はやくしろよ。どうせくっつくんだから、な、今見せてくれ」

 

「姫宮、俺はお前のことが好きだった。魔王は死んだ。いろいろな過程をすっ飛ばすけれど、俺と結婚してくれ」

「……は、ははははい。喜んで! ……こ、ここ、これで満足?」

「マークも姫宮、おめでとう。これで2人の板挟みから解放されるんだな。恋愛相談、ぶっちゃけ本当に面倒くさかった。マークも姫宮もあほすぎて……」

「親友、大変だったんだな」

「ああ、大変だった」

「いー、あんたたちムカつくわね! なんで茶化すのよ!」

「ごめんな。ウォード。でも、今までありがとう」

「大丈夫、マークはまだマシだった。姫宮は……」

「ちょっと最後まで言いなさいよ! 舞桜、馬鹿にしてるよね。笑うな」

「ハハハハ、ま、よかった。あと2つだ。今はもう夜だよね。しかも俺好みの満点の夜空だ。街の人はまだ非難していて静かだし、最高のタイミングだな。明かりを消してほしい。次のやりたいことは寝っ転がって、満点の夜空を眺めながら、語り合う。これがしたかったんだ。話すことは限られてくるけれどな」

 

 

 

 

「そこで姫宮は相談してきた。どうやったら、マークの風呂を覗く手伝いをしてほしいと。俺は本当に悩んだ」

「ちょっとウォード、あんた新婚夫婦の仲を壊そうとしてない? そう言うのは黙っていていいの! 」

「え、結局俺覗かれたの? 」

「協力しなかったら、ガラスに小さい穴をあけて覗いていた」

「だーかーらー」

「まじか。でもなぜか少しかわいいと思えてきた」

「本当!?」

「ああ」

「舞桜、分かったか、大変さが」

「アハハハ、十分にな。てか、ウォードってそんなにおしゃべりだったっけ? ああ……そうか、そうだよな。この話は置いておこう。それで変態さんの姫宮は他にどんなことをしたんだ?」

 

 

 

 

 

「結構話せたね。ああ、満足だ。最期にやりたいことを言うわ。ウォード、あれをやろう。あの手紙の奴、おぼえているだろ」

「あまり…………やりたくない」

「でも、俺は結構楽しみにしていたんだぜ。頼むよ親友」

「分かっ……た。じゃ、じゃあ…………強く……なったな。勇者パーティに……グスッ、ぜ、ぜひ来てくれ」

「舞風 舞桜様に勇者パーティが頼みごと? やーだね。今更頼まれても、もう遅い!…… よし、こんな感じか? おい、ウォード泣くなよ。俺まで泣きそうになる。せっかくの演技が台無しだ。はあ、演技に関しては結構俺すごくね。いくら馬鹿とはいえ魔王もといクソ野郎ですら演技でだませたんだからな。はーそう思ってみると、今日は本当に疲れた……な。じゃ先に寝るわ。また、俺を置いていかないでくれよ。とはいいつつ、俺を置いていった場合を考えて一言二言三言くらい言っておこう。みんな元気でやれよ。俺を忘れて楽しく生きろなんて言わない。たまには俺を思い出して泣いてくれてもいいぜ。でも、元気に生きろ。こんなもんかな。いい夢を見たいもんだな。みんなのとびっきりの笑顔を見せてくれ。

 姫宮……よし、笑顔だな。うん、変態行為もほどほどにな。

 マーク……無理してのプロポーズ最高だったぜ! イケメンはやっぱ映えるな。ずりいよ。楽しい楽しい新婚生活を! 

 ウォード…………ありがとう。達者でな。愛しているぜ、親友

 じゃ、みんな。お休み!」

 

 夢を見る。だだっ広い草原で、みんなボロボロになりながらもなんとか敵を倒す光景を見る。。魔王軍幹部を倒したことでの祝勝会で、20を超えたことで飲めるようになった酒を飲みつつ、酔ったウォードの介抱と姫宮にダルがらみされているマークの介抱をする自分の姿を見る。ウォードと俺でマークを姫宮から守る一幕を見る。首都での結婚式を終えて、4人で旅のことを懐かしみ語らい合う……夢を見た。あくまでも夢だ。決してかなうことのなかった夢だ。だが、満足だ。まだまだやりたいことも、話したいこともあったけれど、最低限はできただろう。あのとき魔王と同時に死んでいたらできなかった、どうしてもやりたかったことができた。

 

 はー、でも、やっぱり旅をしたかったな。

 

 凪の魔術師、舞風 舞桜は極めて優れた風属性魔法を操る魔術師だ。姫宮 綾は彼を自身より偉大な魔術師と評し、マーク・ガルシアは彼を自分より勇者の名がふさわしい男と評し、ウォード・ウォーレンは彼を親友と評した。彼の死は多くの人に悲しみを与えたが、勇者パーティや彼の学院時代の友人たちが語る彼の生き様は多くの人を魅了し、希望を与えた。

 

 もう二度と魔王がもたらす悲しみの風はやってこない。長い……とても長い戦いを凪の魔術師と馬鹿にされたり、まおうのくせに魔王打倒をめざすと馬鹿にされていた舞風 舞桜は「勇者 舞風 舞桜」として永遠に語り継がれるのであった。

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馬鹿にされたまおうが魔王を倒すまで~「凪の魔術師さんには才能がない」「勇者パーティにまおうはいらないんだよ」「正直言って、迷惑だ」と言われて勇者パーティ追放された俺、超覚醒。今更誘われても、もう遅い~ 空海 陸(そらみ りく) @soramiriku

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