第3話 巨大感情オブウォールストリート
「牧田さんのところかぁ……私あの人苦手なんだよね。矢倉君仲いいよね?代わりにやっておいてくれない?」
「辞めて社長の所に来たのにいいわけないでしょう。元上司ってだけです。大事なんでちゃんと出てください」
IMキャピタルは、元々アメリカの投資ファンドでエースを張っていた伊央さん……牧田伊央が独立して作ったファンドだ。東京が拠点で人数は少なく、ほぼ全ての投資を彼女が判断している。資金規模もスピード感も、今回の要求を満たしうる数少ない相手だ。なおIMキャピタルの新卒第1号は私であり、転職を決めた時には2時間にわたるお小言を頂戴した。その後、彼女は青崎社長が立ち上げたITベンチャーに投資を検討していたため、気まずい会合が何度か行われている。
そういう経緯で気が重い面もあるが、CFO(最高財務責任者)の立場で考えると彼女からの連絡は非常に有難かった。伊央さんは社長を気に入っているので、社長の一見突飛に見える判断や説明不足気味の喋りにも聞く耳を持ってくれるだろう。
ミーティングは当社のオフィスで行われた。今、社長のごまかしがない説明を聞いた伊央さんが、ものすごく難しい顔をしているところだ。今度ばかりはダメかもしれない。
「唯一の事業は撤退予定、事業計画はおろか次の見通しもなし、秋には資金が枯渇予定……と。それで数十億を投資してくれとは随分ですね」
「うちにはBtC*のバリューチェーンを組んで効率化するノウハウと、東南アジア市場の分厚い知見があります。会社として小回りも効きます。もう1つか2つパーツが揃えばこの状況下でもビジネスが作れそうなんですが、牧田さんも一緒に考えてくれませんか?例えば今の投資先で一緒にやれそうな所とか。牧田さんの選球眼を信じてお願いです」
伊央さんが目を見開いた。
「一緒に……そうですね。私も青崎さんを信じていますし、青崎さんと仕事ができるのはとても嬉しいです。じゃない。我々はあくまで投資家ですが、出来る限りの協力はしますし、ビジネスになると判断した暁には資金面のサポートをします」
……やはり社長には甘々だ。一緒に働いていた時は、厳しい判断をしたり計画の甘さを詰める彼女を沢山見ていたのでギャップが酷い。
「良ければこの後ランチを挟んで、午後からは弊社の投資先を見ながらディスカッションをしませんか?」
「いいですね。是非やりましょう!」
「予約してきます!!」
見たことない笑顔と早口でお店に予約の電話を入れている。前から思っていたが、伊央さんが社長に向けている感情は、投資先(候補)の社長に向けるそれではない気がする。普段は割と堅物なのに、相手への個人的興味があるとなればこうしてストレートに感情を出せる彼女のことが、正直羨ましい。
なんだか辛くなってきた。銀行と約束があることにして、ランチは外させてもらおうかな……。
*BtC:ビジネスtoカスタマー。会社でなく一般消費者を相手にする商売。対義語はBtB(ビジネスtoビジネス)
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