第2話 サークルオブライフ
「だめだー。もうだめだよー。潰れるんだー。借金のカタに泡のお風呂で働かされるんだー」
「そんなことして返せる額じゃないんで、逆に心配しなくていいと思います。」
週が明けて月曜の昼、社長が談話スペースのバランスボールにしがみついてぱたぱたしている。
昨年は某雑誌の企画「次の日本を動かす経営者30人」に選出された、敏腕若手女性経営者(34歳)の姿である。いつも通りといえばいつも通りなので、社員が不安がっていないことだけが救いだ。
あの月曜日から今日で1週間になるが、先週は設立以来一番の忙しさで土日もなかった。弱音を吐きたくもなるだろう。
厄介事その1。航空機リースの中途解約交渉は主に私の仕事で、かなり大変だった。リース契約というのは本来10年単位の長期で結ぶもので、突然の解約は契約書上認められた権利とは言え、猛烈な反発を貰った。各社とは航空機リース以外にも仕入や宣伝周りで多くの継続取引があり、致命的に仲違いするやり方は避けたい。結局機体以外の色々な仕入契約をリース解約日まで延長するなどの妥協をすることになった。コストカットの難易度が上がったとみるべきだろう。
厄介事その2。次に難航したのが出資先探しだ。当社に出資したい投資家が多いと言っても、それは適切な手続きや検討期間を経ることが大前提であって、数十億円単位の調達を1ヶ月で完了させるのはかなり無理筋だ。また当社は社長の方針で中長期の事業計画を作っていない。「先のことなんてわからないし、形にしちゃうと固執するからね。うちは小さいんだから、波が変わった時に少しでも固執したら危ないよ」と言って、外向けの体裁を整えるための適当な計画すら作ることを嫌った。その趣旨には私も同意しているが、事業計画は普通出資を募集する時の必須ツールであり、無視できない問題だ。
結局先週10社以上を回ったが、検討の時間をくれという回答や何をそんなに急ぐのかと訝しむような反応が多く、確度が高そうな資金調達は1件1円たりとも進んでいない。
厄介ごとその3。最も重要でありかつ難しいのが、旅客航空に代わる事業の模索だ。航空機や空港設備を活用する方法は貨物輸送くらいしかないが、これは大手も拡大するだろうから勝ち目がない。社長がライトフライヤーの前に設立したのはフィットネス系のモバイルサービスだが、会社ごと綺麗さっぱり売ったので何も残っていない。現状事業は白紙である。やはりカレーしかないのだろうか。
「移動が制限されるような状況でレジャー産業やってもダメだからなぁ……あっ、飛行機の活用法思いついたよ矢倉さん。スカイダイビング夜逃げとかどう?」
「一人でやってください。どこに降りるんですか」
「森。ボルネオあたりの」
「スローライフというか、サークルオブライフって感じですね」
そんな状況が動いたのは同日夕方のことだった。先週打診した先のひとつ、投資ファンドのIMキャピタルが面談を申し込んできたのだ。私の古巣である。
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