パルスベルク城塞攻略戦(4)
秘密の抜け穴とやらは実在した。
城塞の建つ断崖に面した教会堂の壁面、そこには曰くありげな懺悔室が据え置かれている。聖職者が守秘義務を神に誓って入室するはずのその小部屋こそが、淀んだ金欲と性欲を抱えた俗人どもの通り道となっていたのである。
二枚の扉を潜ると、白いレンガで舗装された、開けた通路が奥へと続いている。オイルランプで光源を確保すると、ソロヴィヨフたちはエリーゼの先導のもと、暗闇へ歩を進めていった。さほど歩かないうちに百数段の螺旋階段が現れ、それを踏破した先には、鉄梯子がかかった一室へと辿り着いた。
先だっての偵察を買って出たトカチェンコ准尉を制し、ソロヴィヨフは自ら梯子に手をかけた。ジルキンの目が光っている手前、臆病風を吹かせるような行為で彼を刺激したくない。梯子は赤さびにまみれてはいたが、見た目よりずっと頑丈で、少なくとも昇降中にへし折れるようなことはなさそうだった。最上部に到達すると、ソロヴィヨフは天井部が観音開きの鉄扉になっていることに気づいた。二、三度拳でこれを静かに小突き、徐々にこれを押し開けていく。
蝶番の軋む音を立てながら、やがて戸は重々しげに口を開いた。槍の代替にすぎない小銃ではなく、腰のリボルバーを意識しながら、意を決してソロヴィヨフは梯子を上りきった。
反射的に身をかがめて、周囲の様子に目を配った。心臓が高鳴り、鼓動が早まる。鼻孔を抜ける鼻息が熱く、激しいものになっていくのを感じた。
そこは城館の真下にひっそりと位置する、地下室のようであった。部屋一面に息の詰まるような湿気が充満していて、とがった黴臭さが鼻をついた。徐々に目が慣れていき、煩雑に積み上げられた木箱の数々がはっきりと見えてくる。糧秣庫か、穀物庫か。木箱の中身は想像に頼るほかないが、いずれにせよこの保存状態に晒されている箱の中身が役に立つようなことはないだろう。修道院内で見せられた城壁内の見取り図を、頭の中で必死に広げる。地下施設は、弧を描くように建てられた城館の緩やかなカーブに沿ってつくられている。ここは弧を一直線に結ぶ地下通路の北端に位置する部屋だと、ソロヴィヨフは判断した。
ゆっくりと部屋を出て、通路を確認する。天井は狭く、またその道幅も非常に窮屈なものである。こんな場所では銃はおろか、銃剣で立ち回ることだって不可能だ。それでも潜入の初歩で敵に発見されなかったことを幸運に思うべきだ、ソロヴィヨフがそう胸をなでおろした、その時だった。
「何してんだ、あんた」
変声期を終えたばかりの声が、ソロヴィヨフの背にかけられた。振り返ると、一人の年若いあばた顔の兵がそこに立っていた。
「そこになんかあるのか? 侯爵が何詰め込んだか忘れてるゴミ貯めだろ」
「い、いや、何でもない。何でも」
咄嗟に絞り出した言い訳の帝国語には、微妙な訛りが入っていた。見つかった。バレるか?始末する? どうやって? 銃剣はダメだ、障害物が多すぎる。リボルバーは? 跳弾して部下にでも直撃したら目も当てられない。それなら、どうする。
怪訝な顔を浮かべた兵は、逡巡するソロヴィヨフを横目に部屋へと足を踏み入れた。
「ごきげんよう……フクク……」
「あんた、教会の」
若い兵は、目の前の女が由緒正しい修道騎士団の一員だと、装束を見て一目でわかったようだった。初年兵ぐらいしか掃除や見回りに訪れないこんな地下の片隅に、どうして彼女のようなエリートがいるのだろうか。その疑問の答えを探しているうちに、手槍の先端が彼の喉をかき破った。絶叫が彼の口からが放たれるのを、女騎士の皮手袋がこれを抑え込んだ。
俊敏な立ち回りで兵の背後に回り込んだエリーゼは、喉笛に致命傷を穿った手槍を大きくねじった。ばちゃりと石床に鮮血が零れ落ち、それと同時に新兵はくずおれた。
息一つ荒らげず、エリーゼは手槍を小銃の先端に再び取り付けた。やがて何事もなかったかのように、一連の俊敏な殺人行為をただ眺めていたソロヴィヨフの耳元に向けて囁いた。
「ここで銃はいけません。跳弾の可能性がありますし、それに銃声は兵たちをなにより警戒させます。パルスベルク城塞の地下茎は、あちこちに張り巡らされています。どこから反響した発砲音を聞きつけられるか、わかったものではありませんので……フクク」
先ほどと変わらず、エリーゼはにんまりと笑みを浮かべていた。くっきりしたえくぼの上で爛々と輝く双眼は、無感情で説明的な口調からは想像もできないほど、研ぎ澄まされた戦意を孕んでいた。
「しかし、いいところに現れてくれましたわね。城内の家畜から血を抜く手間が省けました」
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