14.戦犯魔術師制裁機関へようこそ
田園地帯を切り開く帝都への道は、延々と続いているかのようだった。
咥え煙草のままハンドルを握るガルーの女は、どこかで聞いたことのある歌を口ずさんでいる。確か――戦場で聞いたラジオからよく流れてきていた。名もない兵士が離れ離れになった恋人に向かって、いつもの街灯の下でまっていてくれと願う、もの悲しい歌だ。
「リリィは、無事だったのか……」
ラスティは自分に確かめるかのようにつぶやいた。
「ええ。連邦の帝都侵攻の際には、友人の家族と一緒に帝都から脱出したようね。彼女は学内では結構な人気者みたい。家柄も、資産もない、辺境の村の戦災孤児だった女の子が、帝都の名門私学で大したものだわ」
「そうか……そうか……」
支援者である大尉がいなくなり、なんの身よりもない彼女には頼れる者など誰もいないと思っていた。
この戦火を生き延びることなどできないと。
だが、それは思い違いだったようだ。
バスカーヴィルは彼女に、不自由なく幸せに暮らす機会を与えてはくれたが、その機会をどう活かすかは彼女自身の問題だ。
彼女は、自分の力で、自分の居場所をつくったのだ。
僕のことを、彼女は覚えているだろうか。
不意にそんなことを思い、ラスティは苦笑した。
孤児院のあった村が四重帝国の兵隊に焼かれたあの日から、彼女には会ってない。顔も見ていない。様子を聞いたこともない。
大尉が言ったように、僕は彼女の人生にとっての裏方でしかない。
だから、彼女が覚えている必要はないのだ。
彼女が生きていることが、それを支えていることが、ラスティ・フレシェットのささやかな生きがいなのだから。
「早晩、学校は再開する。けれど、エアリエル・バスカーヴィルはもういない」
デシーカは単刀直入に言った。
「君の力を私に貸してくれるなら、私が彼女を助けましょう。バスカーヴィルがそうしたように」
「僕に――なにをしろというんだ」
「占領軍総司令部がいま、とりわけ戦犯魔術師を危険視していることは?」
「噂程度には」
「ふふ。結構。私は来月の一日付で、原隊から占領軍総司令部参謀第二部情報総務課に出向することになっている。参謀第二部の主な任務は、占領帝国内での諜報活動、検閲、エレメンタル語文書の翻訳、マギア・クラフトの技術情報収集」
ガルーの女は運転席側の窓を開けると、短くなった煙草を投げ捨てた。
すかさず新しい煙草を咥えて火をつける。
「そして、情報総務課長は、連邦ガウロン神聖帝国陸軍のシルビア・ウォン少佐が務める」
その名前には、聞き覚えがあった。
「〈ウォン機関〉の?」
「ええ、そう。さすがに有名ね」
連邦ガウロン神聖帝国陸軍の〈ウォン機関〉は、〈終末戦争〉において諜報・宣撫工作・対反乱作戦・秘密作戦などに従事した特務機関として有名すぎるほど有名だった。
長い戦争の間に名前が独り歩きし、半ばフィクションとして捉えられている。
「有名すぎて、都市伝説だと思ってた。子供だって知ってるさ」
「私だってそう思っていたわ。けれど、実在しないと思っていたら実在する。特務機関なんて、そういうものでしょ」
「そういうものかな……」
そう言われれば、そうなのかもしれないが。
なんにせよ。
情報総務課とやらが、その名前のとおりの組織でないことだけは間違いなさそうだった。
「情報総務課は〈ウォン機関〉の一部の機関員と、連邦の各部隊から少佐がリクルートしてきた魔術師のみで構成される」
ガルーの女が、新しい煙草を咥えて火をつけた。
「戦犯魔術師を専らに狩る組織よ」
言葉に合わせて吐き出された紫煙が、再び車内に広がる。
「戦犯魔術師の問題は、早晩、深刻になる。すでに戦犯支援組織の地下ネットワークが構築されて、過激な反連邦活動が始まりつつあるもの。魔術師という、エレメンタルを象徴する力をもつ存在は危険なの。目に見えるかたちで集まれば、大衆をその気にさせてしまう。下手をすれば泥沼の内戦になる。占領軍総司令部では早急に皆殺しにすべきだという勢力と、そんなことは不可能だから融和的に取り込んで思想的に親連邦にしていくべきだという勢力にわかれている」
ガルーの女の言葉は、どこか他人事だった。
どうでもいいと言わんばかりの口調だった。
「とはいえ――私にそんなことは関係がない」
ラスティの胸中を察したのか、ガルーの女は声を押し殺して笑う。
「エアリエル・バスカーヴィルを殺すまで、私はカラーズの魔術師どもを狩り続けるだけだわ。地の果てまでも追い立てて、徹底的に」
「それで、僕が餌なのか」
「ふふ。それに、猟犬でもある。私は戦犯支援組織のネットワークに、あらゆるコネを使って欺瞞情報を流す。〈バスカーヴィルの魔犬〉が生きていて、連邦の戦犯魔術師狩りの組織に潜入しているという情報をね」
ひどい話だ。
それを信じた反連邦活動をしている連中からは、コンタクトを取ろうとしてくる者もいるだろう。
だが、当の〈バスカーヴィルの魔犬〉は戦犯魔術師を本当に狩る側になっている。
「取引の対価は同胞の魔術師殺しか。大尉が食いつくその日まで」
「君がいやなら、収容所に引き返してもいいけれど」
ラスティはすぐには答えなかった。
その代わりに、すっかり忘れていた他愛もない話を思い出した。
「……戦中、部隊の仲間からこんな話を聞いたよ。そいつの田舎には、新しくつくられた墓地に最初に埋められた者は、天国にいけないという言い伝えがあるんだ」
「へー、でも、それだとせっかくの新しい墓地を誰も使えない。誰だって最初に埋葬されたくはないもの」
ガルーの女が、唇を尖らせて抗議めいた声をあげた。
ころころと表情の変わる女だ。
「だから、犬を殺して埋めるのさ」
ラスティは皮肉げに笑った。
「最初に埋められた犬は天国にいけず、墓地を永遠にさまよいながら死者を葬送し続ける墓守になる。そういう話さ」
「まるで、どこかの誰かのような話ね」
ガルーの女は、煙草の灰を窓の外に落とした。
それ以上は、なにも言うつもりはないようだった。
二人を乗せた自動車は、延々と伸びる帝都への道を走り続けていた。
ガルーの女から目をそらし、外を見る。
窓には自分の顔が映っていた。
収容所暮らしで、すっかりやつれた子供の顔だ。
そう、子供の顔だ。
自分になにができる。
大尉が認めたマギア・クラフトの才能と、血と泥に塗れた戦場での経験を使って、彼女の不自由のない幸福な生活を守ること以外になにがあるというのだ。
ラスティは深く深く嘆息をした。
「ひとつ、条件がある」
「条件交渉とはいい傾向ね。取引だもの」
大尉みたいなことを言う女だ。
条件なんてものは、なんでもよかった。
ガルーの女が、彼女を助けてくれるというのなら。
ラスティに選択の余地などない。
だが、これが取引だというのなら、この女が少しは頭を悩ませることでも突きつけてやったほうがいい。
「煙草をやめてくれない? 苦手なんだ」
「へ?」
それを聞いたガルーの女は、きょとんとした表情を浮かべたあと、声を出して笑った。
愛嬌のある顔だった。
ひとしきり笑ったあと、彼女は咥えていた煙草を窓の外に投げ捨てた。
「ちょうど禁煙しようと思っていたところ」
続けてダッシュボードに置いてあった煙草の箱を握り潰し、ライターと一緒に窓の外に放り出す。
「これでいい?」
「そうだね」
「ふふ。結構」
ガルーの女は、満足そうにうなずいた。
「ラスティ・フレシェット少尉。君はもう、この道を戻らなくていい」
アクセルが踏み込まれ、自動車が加速する。
「歓迎するわ」
このまま帝都に連れていくつもりなのだろうか。
「占領軍総司令部参謀第二部情報総務課――」
彼女はそこまで言って、言葉をとめた。
「いえ」
獣の笑みを浮かべて、言い直す。
それはきっと、占領帝国となったこの国の歴史書に、永遠に記される名前に違いなかった。
「戦犯魔術師制裁機関へようこそ」
戦犯魔術師制裁機関 北元あきの @KITAMOTO_Akino
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