5.私のことを覚えているかしら?
連邦と呼ばれる国家は、四色の精霊人――エレメンタルたちの領土的野心と民族主義からくる圧力に対抗するために成立した、非エレメンタル国家による通商・軍事同盟に端を発する十三ヶ国による連合体だ。
ただ、実質的には枢軸国と呼ばれる国力の大きな三ヶ国が主導権を握っている。
すなわち。
狼の精霊の末裔であるガルーの国家――ジェヴォーダン王国。
竜の精霊の末裔であるドラゴニュートの国家――ガウロン神聖帝国。
森の精霊の末裔であるエルフの国家――アールヴ王国。
終戦後の占領統治においても、主にこの三ヶ国の軍隊が四重帝国の主要都市に進駐した。
武装解除して降伏した四重帝国の軍人たちは捕虜として収容所送りにされたが、多くの兵士たちは段階を追って復員していった。
戦犯指定により処刑された者と、これから処刑をまつ者を除いては。
「ラスティ・フレシェット、乗れ」
帝都郊外にある捕虜収容所。
ラスティは投降後、戦犯魔術師としてここに拘束されていた。
一日で終わる簡易な裁判と、その判決である銃殺刑をまつだけの身だ。
連邦は多くの兵士を復員させたが、魔術師だけは別だった。一人残らず戦犯指定され、連中はエレメンタルの力の系譜を徹底的に根絶やしにするつもりのようだった。
「どういうことです?」
意味がわからず、ラスティは眉間に皺を寄せた。
収容所に拘束されてから一ヶ月ほど経ったこの日、彼は手錠をしたまま施設の外に連れ出され、目の前には黒塗りの車がとまっていた。
四重帝国――現在は占領帝国になった――を代表する大企業であるカムラン重工の、よく見知った車だった。
それに乗れと言われている。
「乗れ。助手席のほうだ」
「いや、だから――」
彼を連れてきた看守は、それ以上はなにも言うつもりはないようだった。
無言で手錠がはずされる。
「……」
ラスティは意味がわからず、車のドアを開けた。
運転席にいた女を見てぎょっとする。
「ようこそ、ラスティ・フレシェット少尉」
煙草を咥えているガルーの女は笑った。
野戦服ではなく、きっちりと折り目のついた漆黒の軍服姿だった。
銀灰色の長い髪にも、白い肌にも、いまは泥も血もついていない。
「私のことを覚えているかしら?」
「……そうだね」
最後に戦場で出会って、殺されかけた女を忘れるわけがない。
ましてや、終戦を告げた女を。
「ふふ。結構。ファル・ソルベルグ中尉よ」
ファルと名乗ったガルーの女は、煙草を窓の外に投げ捨てると軽く敬礼をした。
「連邦ジェヴォーダン王国陸軍第101魔術兵旅団戦闘団第506突撃浸透大隊E中隊」
ラスティは答礼することもできず、ただ困惑した。
連邦ジェヴォーダン王国の突撃浸透大隊と言えば、強力なガルーの魔術師で編成されたエリート部隊だ。
彼らは何重もの分厚い塹壕線を、ガルーのタフさと機動力、マギア・クラフトの火力でもって錐状の穴を開けるようにして同時多発的に突破する。
無数の小さな穴を穿たれた戦線はズタズタに引き裂かれ、後続の部隊がそこに殺到するに至り崩壊する。
四重帝国の軍人たちは、それを群狼戦術と呼んで恐れたものだった。
「乗ってくれる?」
「僕になんの用なのさ。というか、捕虜を収容所の外に連れ出すなんて」
「世の中には、例外なんていくらでもあるものなのよ」
それはそうなのだろうが。
自分が例外を適用されると人は戸惑うものだ。
ラスティが助手席に乗り込むと、彼女は慣れた手つきで車を発進させた。
軽快なエンジンの音が響き、未舗装の道を走るがたがたという衝撃が車体を揺らした。
窓からの風景は、長閑と言っていい田園だった。
ここは帝都郊外に広がる穀倉地帯の一角だったが、あっさりと降伏したとはいえ帝都防衛戦の影響は至るところに見て取れた。
野戦砲の着弾跡がそこかしこに見え、マギア・クラフトによって破壊された軍用車両の残骸が踏み荒らされた麦畑のいたるところに鎮座していた。
田園を切り裂くように真っすぐに伸びる道は、帝都にまでつながっているはずだ。
等間隔に並ぶ電柱は戦争の影響でなぎ倒されていたが、申し訳程度に修復されてどうにか機能しているようだった。
「君はこの女を知っているでしょ」
ガルーの女はしばらく無言で車を走らせていたが、唐突にそう言った。
上着のポケットから取り出した写真を渡してくる。
隠し撮りされたと思わしき写真だ。
「大尉……」
そこに写っていたのは、ラスティのよく知っている女だった。
「そう。エアリアル・バスカーヴィル大尉。狐の隊旗と黒ベレーの魔術師ども――〈領域横断特別任務作戦部隊〉、あるいは四重帝国陸軍参謀本部の幕僚たちの呼び名に倣えば〈ファイヤフォックス・タスクフォース〉の指揮官であり、天才的な魔術師。そして――」
ファルは言った。
「君の上官だった女」
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